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5 死ぬか、殺すか



 なんとか朝食を任せられるほどに家事能力が向上し、今朝は私一人で朝食を作った。簡単な料理なら作れる。そう、とりあえず炒めて味付けすればいいのだ。毒物さえ混じっていなければいいのだ。


「あんた、今日はこれの使い方を教えてやる。」

 朝食を食べている最中に見せられた赤い粉に、私は口に入ったのを飲み込むのをためらった。毒物を食事中に出すのはどうかと思う。


「それの使い方って?」

「それは後でな。洗濯が終わったら出るからな。」

「出るって・・・町に行くの?」

「・・・それは明日だ。今日は森に行く。」

 町に行くのかというのは冗談だった。今までアドミスと町に行ったことはないし、行くときは別れる時だと思っているからだ。だから、私は明日のことを思って気持ちが沈んだ。


 アドミスの好意に甘えて、今まで居候させてもらっていたが、それも今日までらしい。明日にはこの家を出て、私は旅に出なければならないようだ。

 やることもある。いつか、この家を離れ、アドミスと別れなければならないことはわかっていたのに、いざその時が来たとなると不安に押しつぶされそうだ。


「怖いか?確かにこの森は危険だが、外もこの森ほどではないが危険だ。しかも、戦うすべを持たない者にとっては、同じくらい危険で森も外も大差ない。自衛の手段位持っておくべきだからな。」

「わかった・・・」

 これが最後に教えてくれることなのだろうと、寂しさを感じながら頷いた。




 洗濯が終わり、アドミスの服をもらって裾を調節したシャツと紺のズボンをはいて、ローファーで森に挑む。初日に走り回った森は、魔物さえいなければところどころ太陽の光が降り注ぐ、神秘的な森だ。


「あんた、剣や弓なんか使えないだろ?」

「ないよ。実物を見たのなんて、アドミスの剣が初めてだし・・・」

「・・・なら、自衛の手段としてはこれがいいだろう。」

 渡されたのは、赤い液体。おそらく、あの赤い粉を溶かしたのだろうと予測する。


「これは、ワイバーンという魔物の血を薄めて作った毒だ。ワイバーンは地上で最強種として数えられるから、これを超える魔物はそうそういない。ほとんどの魔物には効くはずだ。」

「ワイバーンには効かないってこと?」

「あぁ。ワイバーンや、上位種のドラゴンなんかもな。あと、ダンジョンの魔物にも効かない可能性はある。ダンジョンの魔物は地上の魔物とは違う理で生きていると聞いたことがある。」

「ダンジョンもあるんだ。」

「まさか、ダンジョンも知らないのか・・・もうこれ以上驚かないと思っていたが、あんたにはいつも驚かされてばかりだ。」

「それは、いい意味じゃないよね。いつか、いい意味で驚かせたいよ。」

「そんな日は来ないだろう。それで、この毒物の使い方だが、倒したい魔物の口に入れる必要がある。瓶ごと口に放り込んでもいいが、丸呑みされたらすぐに効果は出ないから、中身を入れるのが一番効果的だ。」

「それって、難易度高すぎじゃ・・・」

「今から付け焼刃で剣を習うよりは、よっぽど役に立つ。だが、確かに度胸は必要だからな・・・今日はその度胸をつけてもらう。」

 そこでタイミングよく、私を初日に襲った魔物が出てきた。彼は、その魔物のことを魔物とは言わない。


「いいところに、キメラが来たな。」

「うわー、本気であれと遣り合うの?」

「できなければ、僕と別れた瞬間に死ぬ。それが嫌ならやれ。」

 手渡された毒物、赤い液体の入った小瓶を持つ手が震える。


「これ、手についたら皮膚が溶けたりしない?」

「馬鹿を言うな。ただの血だ・・・口に入れない限りは無害だ。それは、魔物にとっても同じことだけどな。だから、確実に口に入れろ。」

「わかった。」

 及び腰ながらもキメラの方へと足を進めるが、そんな私をキメラが待ってくれるはずもなく、私の方へと決めらが駆けだす。


「あ、あ、あ・・・」

 どうしよう。そうだ、瓶の中身を・・・瓶のふたを開けないと!

 左手で瓶を握って、右手でふたを取る。きゅぽんっと間抜けな音が出てふたが外れたが、勢いが強すぎて中身が私の手に零れ落ちる。


「わっ!」

「来たぞ。大丈夫だから、タイミングを見計らって口の中に入れてみろ。」

「うん。」

 返事はしたものの、瓶から顔を上げた時にはすぐそばに迫っていたキメラを見て、私は怖くなって数歩下がった。あと5歩でキメラの口が私に届く、そう思ったとき一瞬キメラが止まったような気がした。そして、今までよりも大きく飛び一気に距離を詰めてきた。

 大きく開いた口、たぶん今がチャンスだ。でも、身体が動かなかった。


 痛かった。この世界に来てすぐに追いかけられ、追い詰められ、吹き飛ばされ、組み敷かれて、肩をえぐられた。

 ものすごく痛かった。キメラが倒れても、私は血が多く流れているのを見て死を覚悟して、怖かった。


 そう、恐怖がよみがえって、身体が動かないのだ。


「駄目か。」

 そっと肩に手を置かれ、もっていた瓶の重さが唐突になくなった。そして、迫りくるキメラの口内に、赤い液体が吸い込まれる。

 動けない私に代わって、アドミスがキメラの口に毒の液体を入れた。そして、私をわきに抱えて、その場からさがる。


 私たちがいた場所にはキメラが着地して、退いた私たちをさらに追う姿勢を見せたが、唐突に地面に転がった。


「ガウガガガ!」

「ひっ!」

「毒を口に入れたとしても、その動きが唐突に止まるわけじゃない。できるなら、すぐそばから離れろ。」

 襲ってくる魔物の口に毒を入れたからといって、安心はできない。すぐに離れるべきだということは理解できる。でも、苦しむキメラに何の感情もわいてこないような無表情のアドミスは、怖かった。


「命にかかわることだ。できるまでやれ。」

 血を吐いてもがくキメラをよそに、私の手に握らされたのは小瓶だ。あのキメラを苦しめた毒入りの小瓶。


「・・・アドミス。」

「泣き言は聞けない・・・聞いてもいいが、聞くだけだ。」

「わかっているけど、無理だよ。怖いのもそうだけど、あの速度には反応できない。」

 俯く私の耳に、キメラの断末魔が届いた。それにびくりとする私の肩に、優しくアドミスが手を乗せて、微笑んだ。


「いいか、死ぬか、殺すか。それしか道はないんだ。わかったら、できるようになるまで、やれ。」

「・・・・・はい。」

 気づいたら答えていたが、これは私がこの世界で生きていく上には必要なことだと、ちゃんとわかっている。魔物に襲われて死ぬなんて、私は絶対に嫌だ。

 私は、死ぬためにここに来たわけではないのだから!


 頑張って自分を奮い立たせて、私はイメージトレーニングを重ね・・・るまえに次のキメラが来たので、涙目にながらそのキメラを殺すために、きゅぽんっと、瓶のふたを開けた。




 何度も失敗して、何度も挑戦して、やっとキメラの速さになれ、存在になれて、キメラを殺すことができた。正直に言えば、罪悪感は全くなかった。

 罪悪感どうのこうのと悩む前に、アドミスが小瓶を手渡してきたからだ。


「感覚を忘れないうちに、あと10体やるぞ。」

「・・・・・・はい。」

 達成感もむなしく消えて、あと10体かと遠い目をした私を励ます様に、アドミスは肩を叩いて言った。


「心配するな、失敗したとしても予備はたくさんあるからな。」

 どこから出してくるのか不思議だったが、その言葉通りキメラが10体倒されるまで、私の手に毒の小瓶は手渡され続けた。




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