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4 役立たず



 アドミスと生活することになって、困ったことがあった。それは、着替えるときにパンツを見られてしまったことに気づいたから・・・とアドミスに言ったら、出て行きたいなら追わないと真面目に言われてしまった。いや、その話はいい。もっと困ったことは、私が全く使い物にならないということだった。


 一つ聞きたい。今どきの高校生は家事をするのだろうか?私の場合ノーだ。家事をするくらいなら勉強、バイトするくらいなら勉強というように、勉強と健康を大事にするように言われて、一切家事をしていない。そのツケを今支払う時が来たようだ。


 昼食を作って欲しい。そう言われた私は台所に立って頭を悩ませた。自分に作れるものと言えば、家庭科で作った目玉焼きと卵スープとミートスパゲティだ。しかし、この世界にスープの素やミートスパゲティのたれがあるとは思えない。レパートリーはさらに減り、目玉焼き一択となった。


 卵を探すが、冷蔵庫が見当たらない。戸棚やかごなどを探して見つけたのは、野菜と調味料だが、どちらも見たことがないものだ。

 紫色のジャガイモのようなものや、虹色のトマト。赤と青の粉。赤は、トウガラシの粉かもしれないが、青は何だろうか?


「とりあえず、調味料の味見をして、使えそうなもので味付け、あとは炒めよう。」

 そうと決まれば、赤い粉を手に少しとってなめてみる。しょっぱい。これは塩と同じように使えばいいだろう。同様に味見した青い粉は、ミントのような香りがした。肉の臭みなどを消すものだろうか?


 味を見ながら作った野菜炒め。達成感を感じて上機嫌にアドミスの前に差し出せば、なぜか怒鳴られた。


「こんなもん食えるか!あんたまさか、ゲルベルドが差し向けた暗殺者か!?いや、流石にこんなあからさまに殺しにかかってこないか・・・」

「え、どういうこと?もしかして、毒でも入ってた?」

「・・・この赤いのは、魔物の血を結晶化させたものだ。」

 味が薄かった時のために、料理と一緒に置いた赤の調味料を持ち上げて、アドミスは顔をしかめる。


「ちなみに、それを口に入れるとどうなるの?」

「もがき苦しんで死に至る。それも、口に入れた瞬間だから、ほぼ助からない。死ぬ前に解毒すればいいが、ほとんど解毒が間に合わずに死ぬな。」

「・・・」

 私、あの赤いのなめたんだけど・・・でも、口に入れた瞬間って言ってたから、大丈夫だよね?体を確かめるが、特に調子がおかしいということはない。

 おそらく、少しだから大丈夫だったのだろうと納得し、自分が一歩間違えば取り返しのつかないことをしたのだと知って、頭を下げた。


「ごめん・・・でも、なんで台所にそんなものが置いてあるの?間違って食べたら危ないよね。」

「調合に使うんだ。森の魔物に囲まれた時だとか、毒を使って倒すこともあるからな。まさか、こんな赤い調味料を使う奴がいるとは思わなかった。とはいえ、僕も注意するべきだったな。」

「調味料だと思って・・・」

「赤い調味料なんてないだろ。はぁ・・・もういい。料理は僕がするから。」

「ごめん。」

 作っている間はいい線いったと思ったが、まさか毒物を作ってしまうとは思わなかった。何事もなかったからよかったが、材料は無駄になってしまって申し訳なくなる。


「その・・・調味料を間違えただけだ。だから、悪くはないと思う。いや、食べてないからわからないが・・・」

「実は、あまり料理したことなくて・・・しかも、材料が見たことないものばかりでよくわからなかったんだ。ちゃんと聞けばよかったね。」

「・・・見たことない?・・・そうだな、今度ゆっくり教えてやるから、次は食べられるものを作ってくれればいい。」

「うん、よろしく。」

 ここを出たら、自分で作らなければならないので、料理はできるようにならなければ!でも、できればずっとここにいたいと、甘えてしまいたくなる。アドミスの作る料理はおいしいし、外の料理がおいしいとは限らないし。


 しまった、胃袋を掴まれてしまった!



 そして、洗濯。正直に言って、洗濯機を回すことはできない私だが、だからと言って洗濯板よりはやり方が分かると思う。

 いや、洗濯板って、洗濯物こするだけでしょって、思っていたよ?力強すぎだとか、この布は強めの力とか・・・色々あるようで、ダメ出しばかり食らった。


「あんた、僕に下着を見られたくないんだったら、自分で洗濯はできるようになるしかないぞ。」

「わかっているけど!あ、でもパンツはいてないから・・・」

「それは、僕にあんたのパンツを縫えと?」

「いや、そういうわけじゃ・・・」

「もしかして、縫物もできないのか?」

「・・・」

「はぁ。」

「縫うだけならできるけど・・・パンツの作り方はわからない・・・そういうの作ったことないから。」

 家庭科の授業で、きんちゃくなら作ったことがあるが、パンツはない。

 ちなみに、はいていたパンツは血でパリパリになっていたので、そのまま焼却処分した。服は、アドミスが洗濯してくれたおかげで綺麗だが、上着やシャツなどは穴が開いていてぼろぼろ、スカートもほつれがひどい状態だ。

 こうやって聞くと、初日どれだけひどい目に合ったのかと思う。3回くらい死んでいてもおかしくないほど、ダメージを負い血を流したのではないか?

 今生きているのでそんなことはないと思うけど。


「あんたが来ていたシャツ、あれの穴をふさいでみろ。こういうのは経験が大事だから、数をこなすしかない。」

「わかった、やってみる!」

 やる気を出してシャツの穴をふさいだが、単に穴の開いた部分を糸でふさいだだけなのでひどい出来になった。


「悪かった。穴の縫い方を教えておくべきだったな。まさか、本当に縫うしかできないとは・・・」

「こんな風になると思ってなくて。」

 シャツは、正確に言うと食いちぎられていて、布が一部分ない状態だった。それを縫い合わせたものだから、不格好この上ないシャツの出来上がりだ。


 料理と同じで、縫物も教えてもらうことになった。洗濯は一応任せられたので、合格ラインに達したのだろう。やったね。



 そして、家事の中で一番自信がある掃除を任された。料理、洗濯、縫物と色々やらかしてしまったので、料理以降は最初から様子を見ているアドミスの目が、驚きに見開かれた。


「あんた、それを使えるのか。」

「・・・それって、まさか箒のことじゃないよね。」

 掃除と言われて部屋の片隅に置いてあった箒を掴むと、アドミスに大変驚かれて私の機嫌は急降下していった。

 馬鹿にしているのかと。


 掃除は、学校で毎日していた。掃き掃除は、物をどかして箒で埃を一カ所に集め、塵取りで埃を取って捨てれば終わる。

 その一連の動作を見て、感嘆の声を上げたアドミスに、私は青筋を立てた。


「これくらいできるから!」

「そうだな、そうだよな!それくらいできるよな。もしかして、床の水拭きもできたりするのか?」

「できるよ!」

「そうか、すごいな!」

「・・・」

 笑顔が眩しくて、目が染みる。悲しくなってきたわけじゃない。ただ、アドミスの笑顔が素晴らしすぎただけだ。

 悲しくなんてない。この程度のことができないと思われていたことが、それほど自分が家事ができないという事実が悲しいなんてことはない。


 絶対、家事コンプリートする!

 新たな目標を胸に、アドミスとの共同生活を送った。



 どれくらいここにいられるのだろうか、という不安をいだきながら過ごした数日が過ぎた。もうそろそろ追い出されるかもしれない、というびくびくする数週間が過ぎて、1か月が経つ。

 毎日出される料理を食べて、アドミスが作っている姿を見ることで何となくわかってきた料理。

 毎日洗うことで、その布の特性を理解し始めた洗濯。

 空き時間に教えてもらう縫物。教えてもらうことさえできれば、次から次へとできることが増えて、やっと自分のパンツを作ることができた。

 最も効率よく、綺麗に、そして汚れないようにを意識した掃除は、すでにアドミスを超えて、逆に私が教えることがあるほどになった。


「気持ちがいいな。ここまで家がきれいだったことはない、あんたのおかげだな。」

「それほどでも~」

「調子に乗るなよ、まだ料理が残っているんだからな。そうだ、今夜はシチューの作り方を教えてやろう。あんたには野菜を切ってもらうからな。」

「え、やっていいの!料理だけは手出し不要、黙って見ていろだったのに!」

「なんせ、最初に毒物を出されたからな。・・・洗濯物をしまってこい。」

「え、何突然。」

 洗濯物をしまうには少し早い時間だった。別に乾いていないわけではないが、いつもより早い時間に、しかも唐突に言われたことに首をかしげたが、真剣な顔をするアドミスには従わなければいけない何かがあって、私は素直に従うことにした。


「わかった。」

「気をつけて。」

「心配しすぎ、すぐそこじゃん。」

 飽きれてそんなことを言いながら、私は家の外へと出た。






 玉芽が家を出た後、アドミスはその場で崩れ落ちた。

 何かに耐えるように固く目を瞑って、荒くなった息遣いを正常に戻そうと、深く息を吸って吐く。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・はぁー・・・」

 銀色の髪からのぞく青い瞳は、わずかに輝いている。しかし、アドミス自身は疲れ切った表情で、汗を流した。


「もう・・・限界か。まだまだ教えたいことは、たくさんあるのにな。」

 玉芽が考えなくなった別れの時が、もうすぐ訪れる。それはお互いにとって不本意で、寂しいものだった。





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