2 初めて
ぼけーっと、湯気の立つ紅茶を眺める。これは、私を助けてくれた恩人アドミスが私のために入れてくれた紅茶だ。花の香りがする。
私は、気が付くとベットの上にいて、傷はもう治っていた。不思議に思っていると白い髪の綺麗な人・・・最初は女の人かと思ったけど、声で男の人だと分かったアドミスが入って来て、簡単な自己紹介後にここに連れてこられた。
小さな机に椅子が2脚置いてあるその場所は、台所らしき場所と玄関の扉もある。私が出てきた部屋の他に2つほど玄関意外に扉があるので、そこに入ればこの家は一通りまわったことになるな。
そんなことを考えていると、お茶菓子らしきものを持ったアドミスが向かい側に腰を下ろした。
「熱いから気をつけろ。」
「うん。」
カップを手に取って、息を吹きかけて冷ましてから飲もうとしたが、まだ熱かった。沸かしたてのお湯で入れてくれたから、しばらくは飲めそうにない。
「僕は、おいしいお茶の入れ方なんて知らない。まずくたって文句は言うなよ。」
「まずいって、お茶の入れ方で文句を言うほどまずくなる入れ方なんてあるの?」
「僕もそう思うが、世の中にはうるさい奴がいる。」
その時のことを思い出したのか、顔をしかめるアドミス。
思い出したように大きなクッキーをこちらに差し出してきたアドミスに、礼を言ってクッキーを受け取った。
一口食べると、ほんのりとした甘さが口に広がって、なんだかほっとする。のどが渇いたと思って、熱さを我慢して紅茶を飲むと花の香りが口いっぱいに広がった。
「おいしい。」
「それはよかった。それで、あんたはどうしてこんなところにいるんだ?この森は危険だって、赤ん坊でも知っているはずだ。」
「いや、流石に赤ん坊は何もわからないんじゃない?」
「冗談だ。で?」
真顔で言ってくるものだから冗談などと分かるわけがないと心の中で反論して、考える。
なぜここにいたか?こんな、危険な森になぜ私はいたのか?
女神さまに転移させられたから・・・病院に連れていかれそうな答えしか浮かばない。もしくは、とんでもないうそつきだとか、罰当たりものと言われるような真実だ。
「ここに来る奴は、ろくな奴じゃない。表で生きることができない犯罪者、生きることに絶望し死を選ぶ弱者。あんたは、そうは見えないな・・・」
「まぁ、犯罪者でも死にたいわけでもないし・・・」
「・・・言いたくないなら別にいい。傷も治ったようだし・・・明日にはここを出ていけ。」
「え・・・それは。」
「森の出口までは送ってやる。見たところ戦う力もなさそうだしな。」
「・・・」
「詮索する気はないが、何を言われたとしても明日には出て行ってもらうからな。いいな。」
「・・・わかった。」
私が了承すると、頷いて腹は減っているかと聞いてくるアドミス。私が減っていると答えたら、台所の方で作業を始めた。
窓の外を見れば日が沈んでいて真っ暗だ。今何時なのだろう?時計を探すが、それらしきものはない。
「あの、私ってどれくらい眠っていた?」
「7,8時間だな。あんた、何か食べられないものとかあるか?」
「え、魚は苦手。」
「そうか。安心しろ、この国は海に面していないから、魚なんて出されることはほとんどない。」
「そうなんだ。川は?」
「川は魔物もいるからな。あいつら、自分の食料に手を出されると人を襲うから、よっぽど物好きか腕に自信があるやつじゃなきゃ取らねーよ。」
「へー。」
知らないことばかりだ。明日までに聞けることを聞いておかないと、この世界で生きていくことは難しいと思われる。
お金もないし、まずは働く場所を探さないと。まずは、人がいる場所に出て・・・どうすればいいんだろう?女神さまはそういう所教えてくれなかったな。
「あんた・・・ちょっと立ってみろ。」
「え、はい。」
普通に立った。実は私お嬢様学校に通っていて、そこでは席一つ立つのにもやり方があるんだけど、そんなことは考えずに普通に立つ。常時お嬢様になんて面倒だからならない。制服を着ている時は、優等生のお嬢様をしているけどね。
「・・・微妙だな。」
「え・・・」
「いや、何でもない。座れ。」
お嬢様立ちをしたほうがよかったかもしれない。そんなことを思っていたら、おいしそうな匂いが漂ってきて、わくわくしてきた。
「あんたさ、すごい血を流していたけど、大丈夫なのか?」
目の前に湯気が立った皿を置かれる。野菜炒めのようで、野菜と豆と大量の赤い実がいためられたもののようだ。肉はない。
「あの、この赤い実って何・・・」
「血を作るって言われている実だ。」
「あ、心配してくれたんだ、ありがとう。」
そう言って、アドミスの方の皿を見ると、赤い実は全く入っていない。本当に私のためだけに入れてくれたようで、彼が優しい人だというのが分かった。
「いただきます。」
「・・・あぁ。」
出されたフォークで野菜を突き刺して口に運ぶ。普通においしい。赤い実はどうなんだろうと、口に運んで噛み砕いた。ちょっと固い・・・ん、血の味?口でも切ったのかな?
「血の味がしてまずいだろうが、あれだけ血を流したんだ。全部食べろよ。」
「って、これ赤い実の味!?」
「あぁ。」
「う、これをこんなに食べないといけないの?」
「体のためだ。あんた、服が血を吸って重くなるほど血を流したんだぞ。いくら回復魔法をかけたからって、失った血は戻らないし、普通あれだけ流していたらこんなにすぐ立ち上がれないんだからな。」
「服・・・あ、この服って・・・」
「僕のだ。あの服は穴が開いているしもう着られないぞ。着替えは・・・ないようだし、新しい服を買うまではそれを着ていろ。」
「・・・あ、あの。この服って、どなたが着せてくださったのですか?」
ひどく緊張して、のどがカラカラになる。
この家に来てから、アドミス以外の住人を見ていない。母か妹か彼女か・・・祖母でもいい、誰かいると言ってくれ。
願いを込めてアドミスを見れば、そっと視線を外された。
「僕だ。」
「・・・・・・・・ありがとうございます。」
叫びだしたい衝動を抑えて、顔を真っ赤にしながらもお礼を言った。いや、だって・・・着替えているということは、裸を見られたということだし。それはもう、発狂したいほど恥ずかしいけど、別にいやらしい目的で脱がされたわけではないし・・・あぁ!
もう、忘れよう。うん、明日にはお別れする相手だし!