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第7章

第7章



「何としてでも、異端査問官より先に、3つ目の道しるべを手に入れてください……吉報をお待ちしております」

 百瀬は幾度も零と瑠璃に懇願し、雑務の山積する日光へと戻っていった。

「さてと。いざ出陣、って感じかな」

 瑠璃が零を連れ、敷地内のドローン格納庫へ向かう。

 庫内では、タイミングよく整備ロボットが作業を終え、ドクター・マシュウがドローンの最終チェックをしていた。

「マシュウ、どう?」

「お嬢さま。完璧な仕上がりです」

 如才なく頭を下げたマシュウの背後には、零が初めて搭乗した二人乗りの人間搭乗型ドローンより二回りも巨大な新型マシンが異彩を放っていた。

「昨日のヤツじゃないんだ」

 零は、人間工学に基づいた美しいデザインの大型ドローンを、しげしげと見回している。

「昨日の機材は二人乗りプロトタイプR2ベータって型式なんだけど、コンパクトで音も静か、一番使い勝手がいいお気に入りのドローン。でも、最長航続距離が四百キロしかないから、九百キロ先の高千穂峡までは、途中で最低でも二回、バッテリー充電するか交換するかしないといけないの……それに比べ、この新型は五人乗りプロトタイプR5イプシロン。最長航続距離一千キロ、最大巡航速度も五百七十キロは出せるから、一時間半で着いちゃう。飛行音が少しうるさいのだけが難点ね」

 零は、瑠璃がスラスラと(そら)んじるドローンの詳細な諸元データを心地よく聞きながら、愛車TOYOTA2000GTを思い浮かべた。

「それにしても……クオン・ワールド・インクって、とんでもない会社だな」

 世界中の航空機メーカー、自動車メーカー、そしてNASAをはじめとした有力諸国の宇宙開発機関が、人間が安全に搭乗可能なドローン開発に(しのぎ)を削っている。しかし、今なお、公開できるレベルのプロトタイプは発表されていない。それなのに、零の目の前には、二種類の完成された人間搭乗型ドローンが実在している。しかも昨夜、自らも搭乗して、素晴らしい乗り心地と安全性を体感したばかりだった。

「別に大したことはないのよ。パパが、たまたま、誰よりも一足早く、水素燃料電池の小型化と高濃度高電圧の実用化に成功しただけ……他社が出遅れているのは、リチウムイオン電池に固執しているからダメなだけ」

 夢の公害ゼロ電池と称される究極の水素燃料電池ならば、理論上は、容量も電圧もリチウムイオン電池の何万倍にもすることができるという話を、学術書で読んだ記憶があった。

 瑠璃によると、さらに驚くべきは、父・リチャード・クオンの豊富な資金を背景にした強い政治力だ。

 人が搭乗するドローンを実際に飛ばすとなると、本来なら航空法等の法令違反に問われかねないが、『当局の高度実証実験機材』に選定され、SNS対策の電磁シールドも装備して、万事抜かりはないとのこと。

「つくづく敵に回したくない父娘(おやこ)だな」

 思わず唸り声を漏らす零であった。これなら男女二人の密室旅であっても、間違いは起こるまい。


 ドクター・マシュウに見送られ、瑠璃の操縦する大型ドローンR5イプシロンは、助手席に零を乗せ、格納庫から颯爽と離陸する。

 二人乗りドローンR2ベータより、少しうるさいと瑠璃は言っていたが、コックピットは高純度サファイアクリスタル製の風防ドームで密閉されているため、飛行音を感じることはなく、快適に空の旅を楽しめそうだ。

「自動運転モードにしたから、私、少し仮眠取らせてもらうわ。零も今のうちに休んでおいた方がいいわよ」

 瑠璃はいつの間にか「零」と呼ぶようになっていた。

 名古屋上空を通過したあたりで、瑠璃は、操縦席の大型タッチパネルを操作し、自動運転モードに切り替えると、助手席も一緒にフルフラット状態に倒した。

「おいおい、大丈夫なのか?」

 クオン・ワールド・インクの科学技術力を信用しているとはいえ、操縦桿から両手を離し、シートに横たわって眠りにつく瑠璃をよそに、零は心細げだ。

「高度五百メートルの空は、車道より百倍安全よ。いきなり飛び出してくる人も猫も対向車もいないんだから」

「……確かに、鷹にでもなった気分で妙にリラックスできる」

「一度経験したら、もう飛行機には戻れないよね」

 二人とも昨日から全く寝ていないとはいえ、異様な興奮状態のためか、目を閉じつつも、なかなか寝つけなかった。

「ずっと気になっていたことがあるんだが……」

 零が寝物語を切り出す。

「そもそも……君は、武田の、黒山金山の洞窟に何を求めて、現れたのか?」

 世界最大の複合企業、クオン・ワールド・インクの継承資格を持った創業者の娘であり、金目当てでないことは本人も認めた。その上、第一発見者という称号や名声にも全く興味がない様子。学術研究を極める気もないらしい。

 ならば、なぜ?

「私は……」

 瑠璃は、何かを告白したそうに零の顔色を見て逡巡するが、

「……秘密」

と言葉を濁す。

 そんな微妙な雰囲気を醸し出す瑠璃の煮え切らない様子に零は、小一時間前に、モニター越しに挨拶を交わした瑠璃の父、リチャード・クオンとの会話を思い出していた。

 目白の屋敷を発つ直前、わずかな時間ではあったが、立志伝中の人物と大型モニター越しに瑠璃から紹介され、会話する機会があったのだ。

 大画面に映し出されたリチャード・クオンは、まさに分刻み、秒刻みで頭をフル回転させている様子で、慌ただしく数人の秘書たちに指示を送りつつ、初対面した零に対し、流暢な日本語で物腰柔らかく、丁寧且つ礼儀を尽くした挨拶をしてくれた。

「娘が大変お世話になっております。なにか困ったことがあれば、ご遠慮なく、この私に申し付けてください。今後も一層のご活躍を応援させていただきます」

 超一流の人物の人心掌握術は凄い。

多少の慇懃無礼さが気になったものの、好感触を得た零であったが、リチャードが、零の隣に控えている自分の娘に、一切視線を合わせなかったことが気掛かりだった。

 瑠璃も瑠璃でいつもの覇気がなかった。

「親父さんに認めてもらおうと、トレジャーハンターに?」

 瑠璃の心の内を気遣いながら、直球で尋ねてみた。

「……私のことなんかよりアンタはどうなのよ。零だって、金や名誉じゃないんでしょ?」

 これ以上の詮索を避けたい瑠璃が切り返す。

「……」

 零も何も答えない。

「ほーら。やっぱり、零だって、答えたくないのよ。おあいこよ」

 瑠璃は、最初に零と出逢った時に感じた『似た者同士の匂い』がフラッシュバックした。

「オレには……」

 零がポツリと口を開く。

「……ずいぶん前から、探しているモノがあるんだ」

「探してるモノ?」

 一段とトーンを落とした零の語り口に、瑠璃は思わず身を起こす。

「……かぐやの羽衣(はごろも)って知ってる?」

 瑠璃が息を呑む。

 空気が一瞬にして強ばる。

 零と瑠璃の間に緊張が走った。

「竹取物語の?」

 瑠璃の声が少しかすれている。

「いまはとて 天の羽衣 着る時ぞ……」

 瑠璃が目を閉じ、短歌を詠み始める。

「……君をあはれと おもひいでぬる」

 下の句を零が詠み継ぐ。

「竹取物語のラスト、月に戻ることになったかぐや姫は、近衛兵や武士団を派遣してまで、かぐやの帰郷をやめさせようとした帝に、空を自在に飛べる天の羽衣と不老不死の薬を渡し、今の句を詠み、月へと旅立っていく」

「……」

「かぐや姫が形見に置いていった天の羽衣と不老不死の薬を使えば、姫との一切の記憶が消滅してしまうと聞き、帝は、ならば必要ないものだとして、その二つを、日本で一番標高が高く天界に近い山の山頂で燃やした」

「……」

 無言のままの瑠璃。

 零は問わず語りに続ける。

「そのいきさつから、日本で一番高い山を不死の山、帝が大勢の(つわもの)を連れて山頂に登ったことを掛けて、富士山と呼ぶようになった」

「……」

「まぁ、最後の富士山のネーミングの由来は蛇足なんだが、オレは、ずっと前から、このかぐやの羽衣が実在し、まだどこかで眠っているんじゃないかと、探し続けている」

「富士山の山頂で燃やしちゃったんじゃないの?」

 わざと素人判断っぽく瑠璃が素っ気なく言う。

「帝が富士山で燃やしたのは、不老不死の薬だけだった……とオレは見ている」

「……」

「その後、現在に至るまで、かぐやの羽衣を実際に見た者はいないとされている。しかし、実に千年以上も前から、時の権力者が持てる力を総動員して、その存在を求め続けてきたということは……」

 零が徐々にヒートアップして説明を続けようとするのを、いきなり瑠璃が素っ頓狂に明るい声でかぶせて、

「そっかぁ。零も、武田の財宝の中に、かぐやの羽衣が隠されているかもって考えてたんだ。私の推理もあながち間違っていたわけじゃなかったんだね」

と、はしゃぎだす。

「……君も、かぐやの羽衣を?」

「うん。存在を信じているし、私もずっと探してるの」

 瑠璃が宣戦布告とばかりに告白した。

「でも君は、非科学的なものには否定的な立場だったはずだろ」

「かぐやの羽衣は、重力バランスを変えることができる化学繊維……不老不死の薬は、生物の老化を遅らせる遺伝子テクノロジーの成果……どちらも実に科学的よ」

 瑠璃は挑戦状を叩きつけた後の戦士のような笑みで零を見た。

「それに……私もトレジャーハンターの端くれだもん。夢は信じなきゃ」

「……」

「トレジャーハンターZERO……神代零、あなたは……かぐやの羽衣の存在を信じているのね」

 瑠璃は、零の瞳の奥を見つめて真顔で呟いた。

「あぁ……オレは……信じたい……」

「信じたい?」

「信じなければ……彼女が」

「彼女? 誰なの?」

 零は、胸の奥底に秘めた面影を振り切るように身を起すと、コックピットから目に飛び込んでくる夕景の美しさに心が洗われる想いがした。

 瑠璃は、初めて零に女性の影を感じて、なぜだか胸が苦しくなり、思わず瞼を閉じた。

 ふたりは束の間の眠りについた。



 R5イプシロンが高千穂峡を越え、山間の狭野神社に辿り着いた時には、もう、日が暮れかかっていた。

 瑠璃は、タッチパネルを操作して、一番安全なエリアをAIチェック、ドローンを無事着陸させる。

 零は、注意深く狭野神社の境内を見回した。

 まだアーリオは来ていないようだ。

 月は出ていない。

 今宵は新月、狭野神社の宝物殿が月に一度だけ開放される夜である。

 いよいよ、『九重の鉾』拝借作戦開始だ。戦略は綿密に練ってある。

 神社の神職や氏子たちに対しては申し訳ないと心の中で謝りつつ、零は、ドクター・マシュウ特製の無味無臭で副作用ゼロの即効性催眠ガスを、社殿の空調システムに混入させ、参拝者と神職全員を眠らせた。

 瑠璃は、慣れた手付きでセキュリティシステムを解除し、そのまま宝物殿へと忍び込む。

 そして誰の妨害にも遭うことなく、三つ目の道しるべである『九重の鉾』は、呆気なく瑠璃の手に落ちた。

 もっとも、他の二つの宝物同様、目的達成後は返却するつもりだ。

 九重の鉾は、全長三十センチ幅八センチ厚さ三センチの青銅製の銅鉾である。

 ちょうど、大相撲の行司が持つ軍配を細長くしたようなデザインだ。

 そもそも軍配とは、正式名称を『軍配(ぐんばい)団扇(うちわ)』といい、本来は、軍師と呼ばれる武将が合戦の際、率いる大軍を向かわせる方角や時間を見極めるために、時に陰陽道を駆使し、時に六十四の卦で吉凶を占い、時に天候と湿度と風を分析するために使った占術道具である。

 戦国時代の軍師として有名な黒田くろだ官兵衛かんべえ竹中たけなか半兵衛はんべえには、それぞれ、軍配を手にした印象的な肖像画が残されている。

この『九重の鉾』もまた、太閤秀吉が、薩摩の島津義弘に特別に命じて鋳造させた青銅製の軍配だったのだ。

 九重の鉾を手に入れた瑠璃と零が、軍配の形をした鉾をじっくりと調べている。

「見て。鉾の表面に、狐の絵が彫られてあるわ。それも……」

「九つの尾を持つ伝説の九尾(きゅうび)の狐!」

 零の言葉通り、鉾の表面には、九つの尻尾を広げる妖狐ようこが刻まれている。

「九尾の狐といえば、日本では、平安時代に鳥羽上皇の寵愛を受けたにもかかわらず、上皇を呪い殺そうとして、陰陽師にその正体を見破られ、ついには石に変えられてしまった妖女・(たま)藻前(ものまえ)伝説で有名だが、元来中国では、天下泰平をもたらす神獣・霊獣として慕われた存在だった」

「零の推理通りなら、この鉾に秘められた暗号によって、十龍の水晶が祀られていた日光東照宮、もしくは、地天泰の卦が祀られていた白山比め神社、いずれかの場所が解明されるはず……または、全く別の何かを示すか……そういうことよね?」

「今のところは……」

「でも、どっちにしたって変じゃない?」

 瑠璃が、今までずっと引っ掛かってきた疑問を零にぶつける。

「十龍の水晶、地天泰の卦、そして九重の鉾、三つの道しるべの一つ一つが、それぞれ別の二つの道しるべの隠し場所を指している可能性については理解した……でも、だとすれば、どの順番で三つの道しるべを手に入れたとしても、ゴールは別にあるってことよね?」

「あぁ。ゴールはここじゃない」

「この仕掛けを作った人は、私たちに何をさせたいのかしら?」

「……それをオレもずっと考えている」

 零もまた、同じ袋小路に迷い込んでいた。

 結界とは、そもそも神道において、何かを封じ込めるために区切った聖なる領域と俗なる領域の境目を指す。

 そして結界が破られた際は、その封じ込めた『なにか』が世に放たれてしまうと信じられてきた。

「日光東照宮、白山比め神社、そして高千穂峡……いずれも、風水的にも、地球の磁場の影響からみても、相当に強い霊力漲(みなぎ)るパワースポットばかりだ。これほどまで強い霊力を駆使して封じ込めなければならなかったモノとは一体、なんなんだ? 今、オレたちが謎解きをしている三つの道しるべを手に入れたその先に、なにが解き放たれるというんだ!」

 零が苛々と頭を掻きむしる。

「何かがおかしい。誰かの掌の上で踊らされているような……」

 零と瑠璃の第六感が風雲急を告げていた。


「あなた方は、そもそもの謎に秘められた真実も理解できないまま、よくもまぁ……」

 暗闇の中から、突如、(あざけ)る声が聞こえてくる。

 アイツだ。アーリオの声だ。

「やはり現れたか……残念だったな。九重の鉾は、すでに我々が手に入れた」

 零が、遅れてやってきたアーリオをけしかける。

「哀れな子羊のために一つだけ教えて。地天泰の卦に隠されていた暗号は、どっちの場所の手掛かりだったの? ここ? それとも日光東照宮?」

 瑠璃が実力を推し量るようにアーリオに尋ねた。

「暗号など、解いてはいませんよ」

「え?」

 予想外の返答に瑠璃が絶句する。

 反射的に零に目を向けると、零もまた息を呑んでいる。

「私は、日本に派遣される前の段階から、三つの道しるべの封印ポイントを知っていました。徳川家康ゆかりの十龍の水晶は日光東照宮に、前田利家ゆかりの地天泰の卦は、白山比め神社に、そして豊臣秀吉ゆかりの九重の鉾は、ここ、高千穂峡狭野神社にある、と」

「な、なにそれ! ふざけないでよね!」

 瑠璃が大声で怒りを顕にする。

 無理もない。

 こっちは、零と二人、丁々発止のやりとりを重ねながら、一つずつ謎を解き、ようやくここまで辿り着いたのだ。それなのに、バチカン男は、最初から、三つの宝物の封印場所を知っていたというのか。

「異端査問官のあなたに問う。ならば、何故そのことを黙っていた? 自分一人で行動して目的を果たせばよいものを、わざわざ時間がないとケツを叩いて、面妖な魔法でこのオレを操ってまでして、宝探しをさせた意味を教えてもらおうか」

 零は静かな口調ではあったが、アーリオに向けて全身に怒りをたぎらせている。

「プロフェッサー神代、残念です……この期に及んで、そんな質問を投げかけているようでは、あなたはまだ、この三つの結界の恐るべき真実に気がついていないのですね。本当に残念です」

 九重の鉾が、瑠璃の右手に握られていることを目視したアーリオは、全く動じることなく、零たちの前に立ちはだかる。その上で、胸元で十字を切りつつ、

「プロフェッサー神代……最後のチャンスです。彼女から、九重の鉾を奪い取って私に渡すのです。でないと……」

 アーリオがパラケルススの呪文を唱え始める。

「パラケルススの命により我は汝を召喚する……天の王よ。ベララネンシス、バルダキシンスス、パウマキア、アポロギアエ・セデスによって、最も強力なる王子ゲニィ、リアキダエ、およびタタールの住処の司祭によりて、また第九の軍団におけるアポロギアの第一王子によりて……アドナイ、エル、エロヒム、エロヒ、エヘイエー、アシェル、エハイエー、ツァバオト、エリオン、イヤー、テトラグラマトン、シャダイ……」

 しかし。

「……でないと、どうなるんだっけ?」

 零は平気な顔でその場に立っている。

「どういうことだ?」

 焦るアーリオに、零は、これみよがしにネックシャツをめくり、首の周りを見せた。

 絶対に外せないはずの十字架のペンダントと鎖が、なかった。

「パラケルススの鎖を? どうやって外した?」

 アーリオは予想外の展開にうろたえる。

 一方の瑠璃は、九重の鉾を右手で弄びつつ、左手で特別製スマホの画面を無表情で睨みつけている。

「……」

「……ねぇ、異端査問官さん。この九重の鉾と合わせて、三つの宝の本当の使い道を知っているのは、あなただけっていうことなの?」

 瑠璃が、品定めするように、猫なで声で尋ねた。

「スィニョリーナ・クオン。その通りです。この後、何をすればよいかも……その九重の鉾は、単体で持っていても宝の持ち腐れ。ここから先は、既に私の手中にある十龍の水晶と地天泰の卦、この三つが揃わなければ意味がないのです」

 アーリオが瑠璃を真正面に見据えて断言する。

「コレ一個持ってるだけじゃ意味がないって聞いちゃったら、進む道は決まってるよね」

 瑠璃は女狐のようにほくそ笑むと、いきなり、

「というわけで、ここからは、私、アーリオさんと手を組むね」

と瑠璃は、まったく悪びれる様子もなくアーリオの元へと駆け寄っていく。

「?」

 この想像だにしない瑠璃の裏切りを前に、驚愕したのは零である。

「クオン瑠璃! 気は確かか!」

 零が叫ぶ。

「ゴメンネ、零。でも勘違いしないで。私は別に、あなたとだけ仲間になったつもりはなくてよ。女は、誰だって自分の利益が最優先な生き物なの」

「相手は異端査問官なんだぞ」

「……だってしょうがないじゃない。信長のお宝を目の前にして、三つの宝物がないと意味がないって知っちゃったんだもん」

 瑠璃の判断と行動は、ある意味、トレジャーハンターの本能としては正解なのだ。

 ――自分も仲間に入れてくれ。自分も信長の宝の正体を確かめたい。

 素直に口に出せたら、どれほど楽か……。

 零は、自分のささやかなプライドが恨めしくなった。

「ありがとう、スィニョリーナ・クオン。私はこれまで、あなたのことを勘違いしていたようだ」

 味方についた瑠璃を、アーリオが手放しで歓迎する。

「それじゃあ、この九重の鉾も、アーリオさんに預けるね」

 瑠璃は全く警戒する素振りもなく、アーリオに九重の鉾を手渡してしまう。

 零は、金縛りにあったように身動きできずにいる。

 アーリオは恭しく受け取ると、準備していたジュラルミンケースの蓋を開ける。

 中には、十龍の水晶と地天泰の卦が、傷つかないように収められていた。

 アーリオは、九重の鉾用に空けてあったスペースに丁寧に収納して、蓋を閉める。

「これで……ついに……信長の封印を…」

 感極まった様子で、天を仰いだアーリオが突如、白目を剥いて、悶絶する。

「?」

 零は再び目を疑った。

 またしても瑠璃が、無防備だったアーリオのうなじに強力なスタンガンを押し付けたのだ。

完全に気を失い、倒れ込むアーリオを見下ろした瑠璃は、さも当然のように三つの宝物が入ったジュラルミンケースを手にする。

 そして……。

「お待たせ……どう? 私の名女優ぶり?」

と、誰もいないはずの後ろを振り返った。

 暗闇から、パチパチパチという乾いた拍手の音が聞こえてくる。

「?」

 零が愕然と暗闇に目を凝らす。

 そこから現れたのは、誰あろう、日光に戻ったはずの百瀬克己だった。

「も……百瀬さん? どうしてここに?」

「さすがは、ミス・トレジャーハンター・ビューティ。名演技でした」

 百瀬と瑠璃が仲良く横に並んでハイタッチするのを見て、零はますます訳が分からなくなってしまう。

 人を信じることを是とする零の人生観からは、到底理解できない者どもだ。

「君たちは……いつから……」

「人を信じ過ぎるのが、零、あなたの最大の弱点……悪く思わないでね。全部、ウチのとっても賢いスーパーコンピューターの、AIが導き出した最善のシナリオなの」

「?」

 零はまだ悪夢の途中のような気分だ。

「百瀬さん、実は、あのレビューの一員なんだって! 零と会う前に知ってたら私、最初から百瀬さんと手を組んでいたはずよ」

「レビュー?」

「ミス・クオン。負け犬の相手はそのくらいで……」

 瑠璃はまばたきのように何度かウインクすると、百瀬の腕に絡みつく。

「どういうことだ……」

 零が魂が抜けたように呻く。

「……かぐやの羽衣を手に入れるためには、異端査問官さんより、レビューのメンバーの方が確実だと判断したまでよ」

「かぐやの羽衣だと!?」

 零は騙し討ちにあった落ち武者の如き形相で瑠璃を見返した。

「ズバリ、信長の財宝とは、かぐやの羽衣だと推理してるの」

「……」

 零は、『身内』から二重に裏切られたショックで呆然と立ち尽くす。

「あなただって、本音は同じでしょ?」

「……」

 零はぐうの音も出ない。

「素晴らしい諜報能力と迅速かつ冷静な判断力! さすがクオン家の血は争えませんな」

 百瀬が肩を竦めてみせた。

「パパの力は関係ない。むしろ、百瀬さんが、『レビュー』っていう、謎の医療組織のメンバーで、信長の財宝を、驚異的な医療変革技術に利用しようと企んでいるというトップシークレットを掴んでいたのは異端査問所の方……私は、パラケルススの鎖の解除と同時に、異端査問所の実力を把握するため、執事の天童に命じて、バチカンから極秘データを盗ませたの……で、自慢のAIに解析させたら、このシナリオができあがったってわけ」

 瑠璃は、ベテラン女優のように、淀みないセリフ回しで大見得を切った。

 ローマ教皇庁のサーバールームに侵入し、天童が入手した機密情報の中に、『レビュー』という組織とメンバーに関する調査資料があったのだ。

「では皆様……また会う日まで。ごきげんよう」

 瑠璃は零に投げキッスを送ると、『三種の宝物』の入ったジュラルミンケースを手に、百瀬と二人、R5イプシロンに乗って去っていく。


 新月の夜で月明かりのない暗闇の中、虚しく取り残されたのは、零と、異端査問官のアーリオだ。

零は、だんだん暗闇に目が慣れてくると、満点の星空の美しさに目を奪われた。

 零の傍らで倒れているアーリオの頬に、どこからか飛んできた黄金虫が止まり、ようやく意識を取り戻した。

「どうして、あなたが?」

 アーリオは、自分が覚醒するまで、零が傍にいて見捨てなかったことに少しは癒やされたが、すぐに現実に向き合って、

「なんとしても……ヤツの陰謀を防がなければなりません……信長の秘宝をヤツより先に見つけ出し、完全に消滅させないと……この世の終末を迎えることになります!」

と、焦燥感に駆られて叫ぶ。

「ヤツ?」

「百瀬です。ヤツこそが、この世を混乱の渦へと巻き込む悪しき者たちの権化……クオン瑠璃は、ヤツに操られているのです!」

 必死の形相で訴えかけるアーリオに、脱出不可能な迷路を彷徨(さまよ)っている感覚に陥った。

 どういうことだ? いったい誰を信じればいいんだ?

 信長の財宝の封印を解き、奪おうとしていたのは異端査問官のアーリオではなかったのか?

「待ってくれ。封印されていた信長の宝を、三つの結界を解放させて暴き出し、奪い取ろうとしていたのは、お前たち異端査問官の方だろう!」

「逆です。その反対なのです! 我々は、悪しき者の魔の手から、いにしえより伝わる数々の秘宝を守るべく結成された正義の組織……百瀬たち『レビュー』こそが悪の秘密結社なのです!」

 アーリオが必死に理解を求める。

「彼は日光東照宮総代なんだぞ」

「その肩書は、あくまでも表向きの隠れ蓑。ヤツの本当の姿は、最先端医療技術を悪用し、世の人々を苦しめ続ける全世界規模の謎の医療組織『レビュー』日本代表……」

「レビュー……瑠璃も口にしていたが……」

「ヤツらは世界的医療メーカーを秘密裏に配下に従え、数々の先端医療技術を悪用しているのです」

「?」

「知っていましたか? 人工中絶された胎児の膵臓が高値で取り引きされている現実を」

「何の話だ? まさか……」

 突然の話題に、零は面食らった。

 ここが勘所とばかり、アーリオは続ける。

「不幸にも人工中絶された胎児の膵臓を、糖尿病で苦しむ患者に移植することで、救うことができる……そこまでは良しとしましょう。しかし『レビュー』は、世界中の貧困層の若者たちを喰い物にして、妊娠、堕胎、移植手術をすべて計画的に行っているのです。まるで臓器工場のように……まさに悪魔の所業です。彼らのしていることは医療なんかじゃない。臓器を育て、出荷する、野菜のようなものとしか考えていないんです。これを神への冒涜と言わずして、なんと言うのですか!」

 アーリオが全身全霊を賭けて、零の魂を揺さぶった。

「それと、今回の信長の宝とどう関わりが……」

「レビューは、信長の秘宝の中身が、我々の先人が信長に与えてしまった黒魔術の秘法であることを知ってしまったのです」

「信長に与えてしまった黒魔術の秘法?」

「我らの先人は、今から約四百四十年前に、大きな過ちを犯してしまいました」

 アーリオは懺悔を始める。

「……詳しく聞かせてもらおう」

 零は、アーリオを信じることにした。

「……我ら異端査問官の先人であるルイス・フロイスとヤスケは、信長に巧妙に画策され、まんまと騙されたのです……騙された挙げ句、決して異端査問官以外に伝えてはならない、門外不出の黒魔術と錬金術の奥義書を信長に盗まれてしまったのです」

「……この世が終わるほどのパワーを秘めた黒魔術奥義ねぇ……オカルトな領域には、これ以上ついて行けない」

「信じてください! 悪用すれば世界が終わる、最終兵器とでもいうべき究極奥義なのです」

 アーリオは絞り出すように言った。

「その後、フロイスとヤスケは、奥義書を奪い返すべく、明智光秀に信長暗殺を依頼しました」

「確かに、イエズス会陰謀説は聞いたことあるが……光秀に信長暗殺をそそのかしたのは、異端査問官だったというのか」

 さすがの零も、鳥肌が立った。

 まさか、本能寺の変を裏で操っていたのが、イエズス会宣教師のルイス・フロイスと、黒人奴隷出身の御側(おそば)(しゅう)のヤスケだったとは……。

 日本史の教科書が全て書き換えられるほどの秘密を暴露され、零は、全身を雷で打たれたような衝撃を感じていた。

 さらに、アーリオの真実の告白は、それだけではなかった。

「まず最初に、フロイスとヤスケが、信長暗殺計画を練って懇願し、結果的に実行したのは明智光秀あけちみつひでです。とはいえ、光秀一人では、魔王信長を確実に殺せるかどうかは疑わしい……そう考えた二人は、保険として、更に、三人の信長の家来にも協力をお願いしていたのです。それが……」

 ここまで聞かされては、零も黙っていられない。

「ちょっと待て! 徳川家康も、前田利家も、そして豊臣秀吉もみんな、本能寺の変が起きることを事前に知っていて、明智光秀に協力していたというのか? 情報が信長に一切逆流せずに?」

 これには、日本史研究者として、零もにわかには信じ難かった。

「おかしいじゃないか。光秀が本能寺の変で信長を殺してから、わずか十一日後に、その光秀を討ったのは、秀吉だぞ……秀吉が裏切ったとでも?」

「光秀は殺されてなどいませんよ」

 アーリオは断言する。

「山崎の合戦で亡くなった明智光秀とされる人物は、影武者です。光秀本人は、秀吉、利家、家康の手により、水面下で厚く保護され、ほとぼりが冷めた後、天海と名を変え、三者の中でも特に家康に仕え続けました。江戸の都市設計や、日光東照宮の造営を指揮したのは天海です。驚くなかれ、日光東照宮、白山比め神社、高千穂峡狭野神社……三武将に縁のある三地点に結界を定め、それぞれに宝物を祀って、『信長の宝』を封印した張本人こそ、天海こと明智光秀なのです」

 零は、アーリオの説明を受けて、これまでの疑問点が少しずつ氷解してゆくのを感じていた。

「そうだったのか……これである程度は納得がいく……信長=桃太郎説に基づくと、信長が存命中は、三人の家臣は当然、主君の宝を律儀に守り続けるに決まっているが、主君亡き後、なにゆえ、誰かが独り占めしなかったのか……特に秀吉と家康は、信長の死後、それぞれ天下を取っている。宝を独占しようと思えばできたはず。それをしなかったのは、三すくみなどではなく……」

 そこまで、名探偵よろしく推理を語っていた零は、思わずハッとなった。

「そうか……封印されているお宝は、皆が欲しがる財宝なんかじゃないってことなんだ」

「さすがは、プロフェッサー神代。名推理です」

 アーリオもようやく同志を得て、満足気だ。

「……桃太郎伝説イコール信長の宝という仮説は、ある意味正しく、ある意味間違っていたわけか」

 零は、アーリオに同意を求めるように、

「桃太郎は信長じゃない。桃太郎は明智光秀であり、信長は、退治して封印すべき鬼だった……これが正解だったんだ!」

 アーリオも武者震いして勇み立つ。

「我が意を得たり。もう、プロフェッサー神代なら、お気づきだと思います。最終決戦の目的地、つまり鬼ヶ島がどこであるかを」

「敵は本能寺にあり……」

 零は史実と連動させて結論を急ごうとする。

 しかし、

「違う。今の本能寺は別の場所だ。パワースポットではない。それに、鬼である信長の怨念を強く封じ込める場所となれば、信長に対して、強大な負のパワーを持った聖地でないと成立しない……」

 導かれる答えは一箇所しか存在しない。

「京都御所から鬼門の方角にあり、開祖・伝教大師でんぎょうだいし最澄さいちょう由来の強い霊力溢れる場所にして、焼き討ちによって何千人もの僧侶や女子供まで惨殺された地……比叡山延暦寺しかない!」

「お見事です!」

「なるほど……はじまりは、江戸の大鬼門、日光東照宮……そして、終わりの地もまた、京都の鬼門……よくできたお話だよ」

「……レビューの百瀬も、目指す宝が延暦寺にあることまでは掴んでいるはずです」

「なんで最初から正直に全部教えてくれなかった? ストレートに協力依頼してくれれば、無用な駆け引きをせずに済んだんだ!」

 零はどうしても心のモヤモヤを吐き出さねば気が済まなかった。

「それは結果論。出来かねる相談です」

「なぜだ?」

「そもそも世界随一を誇る我々の情報網をもってしても、プロフェッサー神代零のデータはごく僅か。トレジャーハンターZEROと同一人物で不可思議堂を営んでいること以外は、謎のベールに包まれた人物だったのです。私があなたの人間性を確かめようと訪ねた時、既にあなたは、レビューの百瀬と出会っていました。……つまり、あの時点では、あなたが百瀬の甘言に惑わされ、レビュー側に協力しないとも限りませんでした。クオン瑠璃のように……」

「それにしたって、パラケルススの鎖攻撃はやりすぎだろ? マジで死ぬかと思ったぜ」

「眠れる獅子を本気モードにさせるための荒療治ですよ。それに、神代零がトレジャーハンターZEROに変身して、自らの力で謎を解き、真実を突き止める姿を、私自身、愉しみたかったのです……実は私、都市伝説としての『トレジャーハンターZEROの大冒険』の大ファンでして……」

 頬を紅潮させて語るアーリオの話をよそに、零は、瑠璃が去り際に、何度もまばたきとウインクしていたのを思い浮かべていた。

「さぁ急ぎましょう! トレジャーハンターZEROの活躍はこれからが本番です!」

 興奮気味のアーリオと共に、零は比叡山へと向かった。



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