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第5章

第5章



 瑠璃は、十龍の水晶内部に秘められた『十匹の龍』が形成する古地図のパズルを解明する。浮かび上がった古地図には、三地点に六芒星ろくぼうせいが記されていた。

 この三地点は、いったい何を意味するのか?

 三つのポイントのうちの一つは、ちょうど昨日訪れたばかりの地点、明らかに日光東照宮を示している。二つ目は加賀国を、三つ目は日向国を指している。

 いずれも日光東照宮に匹敵するパワースポットだと思われるが、縮尺も曖昧で大雑把な地図のため、瑠璃自慢のスーパーコンピューターの最新鋭暗号解析AIを駆使しても、情報量が少なすぎて、詳細ポイントをそれぞれ一箇所に絞り込むことは難しい。

 とはいえ、瑠璃に慌てる様子は少しもなかった。

 高性能のステルス小型ドローンによる、零の2000GTの追尾は今もなお、継続されていたのだ。

 大型モニターに映し出された高速道路を走行中の2000GTは、関越自動車道を北上し続けていた。

「やっぱり、お次は北陸ですか」

 暗号解析アルゴリズムAIがリアルタイムに、これまでの零の行動データやドローン座標をインポート、解析結果を表示している。

 そしてついに、数ある候補地の中から石川県白山市の山間にある白山しらやま(め神社を二番目のポイントだと特定する。

 AIは、その神社に奉納されている『地天(ちてん)(たい)』という宝物が、十龍の水晶との関連度が高いとの仮説を導き出したのだ。

 瑠璃は、今度も零を先回りするべくドローンに搭乗、白山比め神社へと向かった。


 瑠璃が神社境内に到着したのは夕刻過ぎ。人の気配はない。

 標高二千七百二メートルの白山の山麓に鎮座する白山比め神社は、光と影が織りなす幻想的な雰囲気が漂い、夜の帳が下りようとしていた。

 薄闇に紛れて、本堂奥の宝物殿へと忍び込んだ瑠璃は、AIからの情報通り、展示パネルの向こうに、目的の『地天泰の卦』を見つけた。

 そもそも『卦』とは占い道具であり、現代のタロットカードのようなものである。

 『地天泰の卦』には、ヒノキの細長い板に、吉凶を占う卦の文様が漆で描かれており、上部に短い横棒が六本、下部に長い横棒が三本並んで配置された図柄である。

 その意味は、『泰、小往大来、吉亨』(たいは、しょうゆきだいきたる、きちにしてとおる)となり、 訳せば『天が下に降り、地が上に昇ってくる』。吉凶でいえば吉、である。

「どうせこれも、目指すお宝への道しるべの一つなんだろうけど……」

 そう呟きながら、瑠璃が、地天泰の卦に手を伸ばしかけたその時、

「そこまでだ」

 薄暗かった宝物殿全体が眩しいまでに明るくなる。

「?!」

 ハッと身構えた瑠璃は見た。背後に零が立っているのを。

「神代零……遅かったじゃない」

 零の到着を待っていた瑠璃だったが、彼女にはどうしても知っておきたい疑問点があった。

 十龍の水晶の暗号を解析できたのは私だけのはず。それなのに、なぜ零はこの地を特定できたのか?

「十龍の水晶なしで、よく、あなたも地天泰の卦に辿り着けたわね。さすがだわ」

 瑠璃はブラフを掛けた。

「オレも礼を言う。君がここに現れたということで、信長が桃太郎だったという仮説が正しかったんだと、自信を持てたよ」

 零は、まんまと瑠璃の駆け引きに引っ掛かった。

 信長が桃太郎? 

 この男、何を言っているの?

 瑠璃は、零の発した『信長が桃太郎だった』という言葉に衝撃を受けた。だが、零には決して心の内を感づかれてはならない。

「ちょっと油断したわ。あなたも、信長と桃太郎の関係性に気づいていたなんて」

 瑠璃は、さも自分も推理済みであるかのように、悠然と微笑んだ。

 一方の零は、瑠璃の強気な笑顔を見て、彼女がいかにして信長=桃太郎説に導かれたのか知りたくなった。

「……あの水晶にはどんなカラクリが?」

 零は単刀直入に尋ねた。

 予想通りの質問だ。

 瑠璃は、零もまた、情報を盗み出そうと仕掛けてきたのだと察した。

 ――敗北。

 クオン瑠璃の一番嫌いな言葉である。

 負けるもんか。

 瑠璃は心の中で念じた。

 逆にこの男から、盗めるだけの情報を全部盗み取ってみせる。

 しかし……。

 下手にウソを重ねて自分の手の内を明かしてしまえば、勘のいい神代零のことだ。瑠璃がこの先の情報を何も掴めていないのだと察してしまうだろう。

 それだけは、なんとしても避けなければならない。

 瑠璃は一か八かの作戦を発動させる。

「そんなに十龍の水晶が気になるんなら……いいわ。あなたにあげる」

 瑠璃は、事もなげに言い放った。

「え?」

 零はさすがに絶句する。

 やった。動揺してるわ。

「十龍の水晶は好きにして……そうそう、あなたの手元には、片割れの台座があるんでしょう。四百何十年かぶりに一緒にしてあげましょうよ」

 と言いながら瑠璃は腰のボディバッグから十龍の水晶を取り出すと、無造作に零に投げて渡す。

 慌てて零が、十龍の水晶を受け取る。

「いいのか?」

「いいわ。だって、その水晶の謎は全て解読済み……つまり、もう用無しってこと」

「……」

 零は、思いも寄らぬ展開に、ニセモノか、はたまた罠が仕掛けられているのではないかと用心しつつも、虎穴に入らずんば虎子を得ずとばかりに、例の一番小さなつづらを取り出すと、その中の台座の上に注意深く十龍の水晶を嵌め込んだ。

 ピッタリと台座に収まる十龍の水晶。推理通り、武田の洞窟で発見したお宝は、十龍の水晶の台座で間違いないようだ。

 期待とともに、しばらく水晶と台座に注視するが、なにも起こらない。

「……」

 無言のまま思案中の零。

「あら、残念。十匹の龍が飛び出してくるかと思ったけど、なにもないのね」

 瑠璃が大袈裟にがっかりしてみせる。

「コレ、本当に十龍の水晶の台座なの? あなたの推理が間違ってるんじゃ……」

「この水晶こそ本物なんだろうな? 十龍の水晶は台座と一緒に、日光東照宮の百瀬総代に返す。それでいいな?」

 零が、瑠璃に念を押す。

 瑠璃は、期待外れな展開に肩をすくめながら、

「好きにして」

と投げやりに答えた。

 零は「案外、素直なんだな」と独りごちると、台座をつづらの中に戻し、十龍の水晶と別にして、ショルダーバッグに仕舞い込む。

「それにしても、ちょっと拍子抜けね……今度の地天泰の卦には、どんな秘密が隠されているのかしら? また次の目的地の地図とか?」

「その可能性は半々だと思う」

「半々? どういうこと?」

「地天泰の卦に隠された暗号が、三つ目の道しるべの地図か、それとも、振り出しの日光東照宮に戻る地図なのかは、今の時点では分からないということだ」

「どうして?」

「オレたちは日光東照宮の十龍の水晶を一つ目の道しるべにして、ここに辿り着いた。だが、十龍の水晶が一番目でなければならない必然はなかった」

「確かにそうね」

 瑠璃は、十龍の水晶の内側から浮かび上がった十匹の龍が創り出した古地図を思い出していた。

 零の推理通り、あの古地図には三箇所に六芒星が記されていたが、ここ、白山比め神社を明確にピンポイントで指し示したわけでも、三つの順番が書かれていたわけでもなかった。

「十龍の水晶、地天泰の卦、そしてまだ見ぬ三つ目の道しるべ……どれが最初であれ、二番目であれ、三番目であれ、それぞれがそれぞれの地点を示すように暗号を隠しておかないと、後から探し出す方は困ってしまうからな」

「なるほどね……この、三地点の仕組みを作った人、頭いいわね。現代の最先端AIだって敵わないかも」

 武田の洞窟内のカラクリ武者や、十龍の水晶の緻密な仕掛けの数々……。

 瑠璃は、昔の日本人の想像を絶する知恵と創意工夫に一層想いを馳せた。


「幼稚な推理合戦はそこまでです」

 突然、宝物殿の入り口から声が聞こえてくる。

 反射的に反応する零と瑠璃。

 またしてもアーリオだ。

 首から下のキャソックが闇と同化し、薄気味悪い。

「……」

 零の表情が一瞬で強張り、モックネックの首筋部分を神経質そうにさするのを、瑠璃は見逃さなかった。

 神代零がこれほど緊張する相手なのかと思わず身構える瑠璃。

「さすがは、トレジャーハンターZEROと、トレジャーハンタービューティーと名高いスィニョリーナ・クオン瑠璃。わずか二日で、二つ目の道しるべに辿り着くとは……」

 アーリオがゆっくりと近づいてくる。

「誰、この(ひと)?」

 瑠璃が、アーリオを胡散臭そうに見遣りながら、零に尋ねる。

「ジャン・アーリオ。表の顔はバチカンの司祭様だ」

 零はうんざり顔で答えた。

「表の顔? じゃあ、裏は?」

 瑠璃が当然の疑問を抱く。

「……異端査問官、だそうだ」

「異端査問官?」

 瑠璃は思わず聞き返す。

「魔女狩りで有名な、あの?」

 零の言葉に瑠璃が眉間にシワを寄せ、露骨に嫌悪感を示した。

 無理もない。中世ヨーロッパならいざしらず、現代の、それも日本に異端査問官がいること自体、にわかには信じられないのも仕方ない話である。

「私の正体などどうでもよろしい。さぁ、プロフェッサー神代……まずは、あなたの手にある、その水晶と台座をお渡しなさい。もちろん、地天泰の卦も私がいただきます」

 アーリオは、さも当然のように、零に両手を差し出した。

「なにか勘違いをしていないか? アンタがオレに命じたことは、信長の宝とやらを見つけ出すことだったはずだ。この十龍の水晶は日光東照宮のモノ。持ち主に返すのが筋だろう」

 零は、アーリオの申し出を拒絶する。

 アーリオは、「仕方ありませんね」と大袈裟に溜息をつくと、片手で十字を切り、はっきりと零と瑠璃にも聞こえる声で呪文を唱え始める。

 それは当然イタリア語である。しかし零にはこの言葉が理解できた。

「パラケルススの命により我は汝を召喚する……天の王よ。ベララネンシス、バルダキシンスス、パウマキア、アポロギアエ・セデスによって、最も強力なる王子ゲニィ、リアキダエ、およびタタールの住処の司祭によりて、また第九の軍団におけるアポロギアの第一王子によりて……アドナイ、エル、エロヒム、エロヒ、エヘイエー、アシェル、エハイエー、ツァバオト、エリオン、イヤー、テトラグラマトン、シャダイ……」

 まさしくそれは、中世の黒魔術の呪文だった。

 呪文に従うように、零の首に巻き付けられた鎖がギリギリと音を立て、締め付けていく。

「?」

 呼吸できなくなった零がその場に崩折れた。

「零!」

 瑠璃は見た。零に嵌められた十字架の首輪を。

「?」

 瑠璃には、その首輪に見覚えがあった。中世ヨーロッパの魔女狩り研究の書物で見た記憶があったのだ。

「まさか……パラケルススの鎖?」

 この瞬間まで、魔女狩り伝説の中の、架空の小道具とばかり思っていた瑠璃はうろたえ、立ちすくんだ。

 その一瞬の隙を突いて、アーリオは、倒れ込んだ零が抱え込んでいる十龍の水晶と台座を収めたショルダーバッグごと奪い取ろうとする。

「させるかっ」

 我に返った瑠璃がアーリオめがけ、強烈なハイキックを繰り出す。

 しかしアーリオは、瑠璃の行動を読んでいた。

 わずか数センチの間合いで、その蹴りを避けるや、今度はアーリオが後ろ回り蹴りで、瑠璃の腹部を狙う。

 バク転し、しなやかにかわす瑠璃。

 その間、零は、パラケルススの鎖の呪縛で、激痛に苦しんでいる。

 そして耐えきれずに倒れ込む。

 倒れた衝撃で、ショルダーバッグが開き、中から十龍の水晶がコロコロと転がり出てしまう。

「し、しまった!」

 叫ぶ零。しかし、手を伸ばそうにも、パラケルススの鎖の呪縛は更に強く零を苦しめる。

 絶妙なタイミングを見逃さず、アーリオは転がった十龍の水晶と台座の入ったショルダーバッグを手に入れた。

「何やってんのよ!」

 瑠璃の怒号が飛ぶ。

「彼は今、無力です。責めないでほしい」

 アーリオが憐憫の眼差しを向けて説教を垂れ、十龍の水晶を自らのリュックに収める。

「呪縛を解く方法はないの?」

 瑠璃が零に叫ぶ。

「諦めなさい。私には決して逆らえないのです」

 呼吸さえ出来ず、のたうち回っている零に代わって、アーリオが答える。

「なにそれ?」

「パラケルススの魔法によって、彼の命は私の手の中にあるのです」

「魔法なんてあるわけない! どうせリモコンで操ってるんでしょ!」

 瑠璃はそう吐き捨てながらも、戦闘モードのまま、アーリオの動きに対峙している。

 アーリオは、十龍の水晶の入ったリュックを背負い、台座入りショルダーバッグを斜め掛けにして、瑠璃との間合いを保ちつつ、ジリジリと地天泰の卦が展示されている展示パネルへと近づいていく。

「地天泰の卦だけは渡さない!」

 瑠璃は、華麗にジャンプし、その態勢のまま、アーリオより一瞬早く、展示パネルの前に立ちはだかる。

「いいんですか? 地天泰の卦を渡さなければ、今ここで、プロフェッサー神代は、頭と胴体が離ればなれになってしまいますよ」

 瑠璃は零に目を向けると、苦悶の瞳から伝わるものを感じた。

「……」

 零が弱く頷く。

 よもや、この現代において、数々の魔法や黒魔術で魔女狩りを指揮し、中世ヨーロッパの科学を急速に進化させると同時に、恐怖で人々を支配したとされる伝説の錬金術師、パラケルススの魔法を見せつけられることになるなんて……。

 瑠璃は心の中で逡巡していた。

 魔法など実在するはずはない。零の首に嵌められた鎖は、最新テクノロジーで作られたニセモノに違いない。当然、解除する方法があるはずだが、残念ながら今は不明だ。でも、たとえニセモノだとしても、現代の技術をもってすれば、人間の首を切断することなど、訳ないことだろう。

「……」

 瑠璃が構えていた拳をゆっくりと下ろす。

「良い判断です……それでこそ、トレジャーハンタービューティー。私も、美しきあなたの体を傷つけたくはありません」

 アーリオは満足げに頷くと、悠然と展示パネルに近づき、手出しできない瑠璃を横目に、地天泰の卦を手に入れる。

 皮肉なことに、セキュリティシステムは、ここに一番乗りで侵入した瑠璃が真っ先に解除済みだった。

 地天泰の卦を持ったアーリオが、仰々しく十字の印を解く。

 零の首に巻き付けられたパラケルススの鎖が少し緩む。

 やっと息ができるようになった零は、荒く過呼吸気味にむせこんでいる。

「では皆様、またお会いしましょう……あ、そうそう。プロフェッサー神代……あなたにかけた呪いはまだ解かれてはおりません。死にたくなければ、残り4日の間に、信長の宝を見つけてくださいね」

 そう言うと、アーリオは、十龍の水晶と地天泰の卦を手に入れ、闇の中へと消えていく。

「天下のトレジャーハンターZEROも地に堕ちたものね! 全部あなたのせいよ。敵の罠にまんまとハマって! その鎖がなければ、バチカン男に、二つの宝と台座を奪われることもなかったんだから……これ、超特大の貸しだからね!」

 瑠璃は、零に吐き捨てるようにボヤく。

 ようやく呼吸も正常に戻り、ヨロヨロと立ち上がった零は、

「借りはすぐに返す」

とグイッと背伸びをしながら強がった。

「負け惜しみはみっともないわ」

「ヤツは、信長と桃太郎が同一人物だという推理にまだ辿り着いちゃいない」

 零は自信を取り戻すように言い放った。

「まぁ、だからこそ、このオレにこんな首輪つけて、お宝を掠め取ろうとしているのだろうが」

「あなたは全部解読できたの?」

「大体な。この白山比め神社にやってきて確信した……信長の宝とは桃太郎の財宝、つまり鬼ヶ島から奪い取った鬼の財宝なのだと」

 零は強い眼差しを瑠璃に向けた。

 瑠璃はまだまだ半信半疑だ。

「でも、お宝へと導いてくれる二番目の手掛かりとなる地天泰の卦は、アイツの手に落ちちゃったのよ」

「心配ない。すでに三番目の道しるべが何であるかは分かっている」

「早く言ってよ!」

 瑠璃は素直に喜んでしまった。

「そういう君だって、ある程度は掴んでるって言ってたよな?」

「意地悪な人ね。全部お見通しなんでしょ?」

 瑠璃は苦笑しつつ、自分が知っている情報の全てを正直に告白した。

 ――武田の洞窟で出会った直後から、零を調査し、正体を探り当て、小型ステルスドローンで監視していたこと。

 ――十龍の水晶の表面に水滴を噴きつけて、最新鋭のAI解析によって、水晶内部から十匹の龍が浮かび上がり、日本全国の古地図が完成したこと。

 ――古地図には、三箇所に六芒星が記されていて、日光東照宮以外では、加賀国と日向国のパワースポットとだけしか判別できていなかったこと。

 ――その上で、零の運転する車を小型ステルスドローンで監視し続けた結果、ここ、白山比め神社に辿り着けたこと。

 ――目指すお宝が織田信長の財宝であることや、信長=桃太郎という零の推理については初耳だったことも。

「まるで別人だな。どうした心境の変化なんだ?」

 零は、急に素直になった瑠璃の心中を推し量っている。

孫子そんしの兵法。同舟(どうしゅう)共済(きょうさい)よ」

「素直に、呉越同舟って言えば?」

「日本ではそっちの方が伝わりやすいか。とにかく私、アイツだけは許せない」

 瑠璃は、妙にサバサバした様子でざっくばらんに本音をぶちまけた。

「……勝つつもりなんだな、今も」

「当たり前じゃない。私、敗北っていう言葉が一番嫌いなの。特に、ダーティーなヤツに勝つためには何だってする。だからあなたと手を組むことに決めたわ」

「オレが断ったら?」

「あなたは断れないはずよ。超特大の貸しがあるもの」

「……そうだったっけ?」

 零はトボケてみせるが表情はいつになく暗い。

「私がここまで手の内をさらけ出すことって、滅多に無いんだからね……だから、あなたも私に、全ての情報を共有する義務があるの」

「強引だなぁ」

「当たり前でしょ」

 果たして本心なのか、芝居なのか……瑠璃のどこか憎めないチャーミングな言動に、零は久しぶりに心を許せる相手に出逢えたような気がしていた。


 零と瑠璃は宝物殿を出た。

 あたりは静寂と闇が支配している。

 ふと零が空を見上げた。

「……今夜は月が綺麗だ」

「月?」

 思わず瑠璃も空を見上げる。細く尖った月が見えた。

「お月見している暇なんてないでしょ。それに、今夜は有明(ありあけ)(づき)じゃない。どこがキレイなのよ」

 有明月とは、新月を迎える数日前の下弦の月を指す呼び名だ。

「とにかく、その首輪をとっとと外して、次の目的地の九州に向わないと」

「パラケルススの鎖を外せるというのか?」

 驚いた零が瑠璃に向き直った。

「どうやって?」

「もちろん、ここじゃ無理。私の研究室じゃないと……私を信じて!」

「分かった、急ごう」

 零は瑠璃の瞳に吸い込まれるようにそう言うと、神社境内の入り口に停めてあった愛車TOYOTA2000GTへと駆け寄った。

「少し狭いが我慢してくれ」

と、瑠璃を助手席へ案内しようとするが、

「素敵なクラッシックカーだけど、ちょっとスピードがね……」

 手にしたスマホを操作する瑠璃。

 すると、森に隠してあった人間搭乗型ドローンが四つの回転翼を音もなく回転させながら浮上してくる。

「あれに乗って!……2000GTは後で誰かに取りに来させるから安心して」

「一体、君は何者なんだ?」

 日光東照宮で見た時は、騙された直後ということもあり、零は、ドローンで去っていく瑠璃の姿もまたトリック映像なのかと半信半疑だった。

「人が乗れるドローンが本当に実用化されているとは……でも、法律とか色々面倒なんじゃないの? 目撃者にSNSで拡散されるとか……」

「特殊なステルス技術でレーダーや肉眼では捉えられない仕組みになっているの……これで信じたでしょ? ウチの技術なら、パラケルススの鎖も外せるって」

 瑠璃は零にウインクをして、地上数十センチを浮遊するドローンへと飛び乗った。


 瑠璃が操縦するドローンに搭乗した零は、初めての空中散歩に少年のように興奮している。

「まるで浮いているかのような乗り心地。ほとんど音もしない……ははは……これぞ、まさに、(つき)(くも)()所車(しょしゃ)だな」

 零の独り言を瑠璃は聞き逃さなかった。

「月雲の御所車?……」

「そう……竹取物語のラスト、かぐや姫を迎えに、月の使者たちが乗ってきた乗り物だ。雲の上に浮かぶ御所車だよ」

「……」

 瑠璃が女神のようなオーラを漂わせて、零を見ている。

「……オレは、竹取物語が絵空事じゃないことを証明するために、トレジャーハンターを続けている」

「え……?」

 零の言葉に瑠璃が射抜かれたように反応する。

「……冗談と思うかもしれないが、オレはいたって真剣だ」

「……私も」

 瑠璃は、零に何か言いたそうに口を開いた。

「ん?」

 零が振り返る。

「ううん……信じるわ」

 瑠璃は、それだけを答えた。

 零は、瑠璃のせつなげな表情に何かを察したのか、話題を変える。

「白山比め神社は室町時代前期に火災で焼失した……その後、戦国時代になって、私財を投じて再建した武将がいる。誰でしょう?」

「いきなり何よ……前田利家まえだとしいえでしょ。バカにしないで」

「じゃあ、利家の幼名は?」

「犬千代でしょ! それくらい、調べてきたわ!」

「白山比め神社を再建した前田利家は、織田信長の家来だった男。幼名は犬千代。十二支で戌は何番目になる?」

「子丑寅……えーと、十一番目ね」

 瑠璃は、干支の順番を頭の中でリフレインさせながら答えた。

「地天泰の卦というのも、六十四ある卦の中で十一番目に数えられる」

 六十四(ろくじゅうし)()は、中国から伝わった儒教の基本経典である易で用いられる基本図()(ぞう)である。

八卦(はっけ)、すなわち、乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の八つの図象を縦軸と横軸に並べ、八×八の六十四の卦の中、地天泰は、十一番目に位置する図象となるのだ。

「……偶然じゃないわね」

「あぁ。偶然なんかじゃない。 だからこそ、地天泰が奉納されている白山比め神社をターゲットに推理できたんだ」

 零は更に続ける。

「最初の手掛かりだった十龍の水晶を奉納していた場所は日光東照宮。徳川家康の霊廟れいびょうだ。家康もまた信長の家来だった男。家康が初めて信長と同盟を結び、信長に忠誠を誓ったのが永禄四(1561)年であり、この時の干支は酉だ。その後、家康が関八州へ移封され、江戸城主となった折、家臣の松平清宗(まつだいらきよむね)を、関東平野の最北部にある八幡(はちまん)山城(やまじょう)の守りにつかせるのだが、その際、わざわざ、八幡山城を(きじが)(おか)(じょう)に改名させたと言われている」

「家康は『雉』を意味する訳ね」

「十二支の酉は、干支で数えると十番目。奉納してあった宝の名前が十龍の水晶……」

「数がピッタリ合いすぎて、怖いくらい」

 ここに来て瑠璃はようやく、零の推理の核心が見えてきた。

「なるほどね……桃太郎が信長だとして、その家臣の、前田利家が犬で十一。鳥は徳川家康で十。となると、猿は……」

「その答えは、歴史好きなら誰でも知っている」

「豊臣秀吉!」

 瑠璃は、思わず大きな声を出してしまった。

「でも、秀吉が猿だなんて、簡単すぎない?」

「そうかな? 周囲の者たちも皆、秀吉を『猿』とあだ名をつけて呼んでいたことは、数々の書物や文書に書かれてある事実だ」

 零の言う通り、秀吉の生涯を綴った伝記『太閤(たいこう)素生記(そせいき)』にもハッキリ、秀吉は幼少時代、実の父親からも『猿』とあだ名されていたと記されている。

「肖像画だって猿に似てるし」

 瑠璃は教科書に出ていた秀吉の肖像画を思い出しつつ頷くも、

「ふふふ。それで秀吉が猿、利家が犬で、家康が雉……こじつけすぎじゃないの?」

 と未だ半信半疑の様子。しかし零は真剣である。

「十二支の申は、干支で数えると九番目。ということは……」

「第三の道しるべは、日向の国にある豊臣秀吉ゆかりのパワースポットに祀られている、九のつく何か……」

 ようやく瑠璃も話にリアリティを感じてきたようだ。

「アーリオに奪われた地天泰の卦にも、その場所を示す詳しい手掛かりが隠されているんだろうが、オレたちは既に、秀吉と九という数字、そして君が十龍の水晶で特定した日向国……三つのキーワードを掴んでいる」

 零は自信ありげに瑠璃を見た。

「もう、その場所の詳細も見当がついてるんでしょ?」

「あぁ。高千穂峡にある()()神社。まさに日向神話の聖地……君もお得意のAIに解析させてみたら?」

「高千穂峡かぁ……だから、バチカン男が地天泰の卦を強奪しようとしても、やられっぱなしだったわけね」

 やけに楽しそうに、瑠璃が零の傷口に塩を塗りつける。

「ハイハイ。おっしゃる通り、この首輪のせいで、手も足も出ませんでしたよ」

 零が忌々しそうにぼやいた。

「大丈夫かな……先に、アイツに横取りされちゃうってこと、ないよね?」

 不安げな瑠璃に、零はドローンのコックピットから空を見上げ、

「あぁ。心配いらない。月がオレたちの味方をしてくれている」

と珍しく抒情的なセリフを吐く。

その視線の先には、有明の月が所在なさげに浮かんでいた。




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