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第1章


桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた黍団子、一つわたしに下さいな。


やりましょう、やりましょう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりましょう。


行きましょう、行きましょう、貴方について何処までも、家来になって行きましょう。


そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。


おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。


万万歳、万万歳、お伴の犬や猿、雉子は、勇んで車をえんやらや。


                 尋常小学唱歌(明治44年)作詞者不明 












第1章 



 暗闇の中、突然上から、眩しい光が差し込んできた。

 どうやらそこは洞窟の内部のようだ。

 自然に造られたものではないことは、高さが約二メートル、幅が約一・五メートルの空洞が均一にずっと奥まで続いていることからも簡単に推測できる。

 そんな洞窟の天井にポッカリと開いた穴が次第に大きく広がっていく。

 その都度、パラパラと砂と土がこぼれ落ちる。

 やがて、スルスルと一本のワイヤーロープが真下に降ろされ、ロープを伝って、一人の人物が洞窟へと降りてくる。

 その人物は、ためらいもなく着地、ポケットからLEDマグライトを取り出し、その灯りを頼りに、奥へと進んでいく。

 どれぐらい歩いただろう。三百メートル近く進んでも、洞窟の先は見えない。

 ふと足が止まる。洞窟は大きな岩石によって塞がれてしまっている。

 そこから先は行き止まりのようだ。

 岩は何百年も誰も触っていないことを証明するかのようにびっしりと苔で覆われていた。

 その人物は、一瞬、小さく首を横に傾げると、何かを思い描くように呟いた。

「苔……岩……」

 その声は甲高く、清らかだ。女の声である。それもかなり若い。

「どうして、この岩にだけ苔が?……周りの地面にも岩にも、苔なんて生えてないのに」

 女は続ける。

「苔むす岩といえば、元亀元年、京を目指し、秋葉街道の難所・青崩(あおくずれ)峠で武田信玄が座り勝運を祈ったという『腰かけ岩』。あの伝説の岩も確か、苔にびっしり覆われていたはず。ということは……」

 マグライトの灯りが正面の岩に照らされ、その反射で、ようやく、彼女の姿もおぼろげながら明らかになる。ピッタリとした新素材レザーのボディスーツを身に纏った絶世の美女だ。その名をクオン瑠璃るりという。

 瑠璃は、腰に巻いたボディバッグからスマートフォンを取り出すと、背面のカメラ部分に特殊なレンズを装着した。

 スマホ画面に、行き止まりのはずの巨岩の向こう側に空間が存在することを示すデータが浮かび上がってくる。

「やっぱりね」

 そう呟いた瑠璃は、巨岩の手前に、ちょうど人一人が腰掛けることができる大きさの岩があるのを見つけた。この岩も、びっしりと苔むしている。

「コレが腰かけの岩だとするなら、信玄公と同じようにすればいいわけね」

と呟きながら、巨岩の手前の小岩に腰かけた。

 すると、いきなり腰かけ岩がグググと鈍い音を立て、地面へと沈んでいく。

「やった!」

 と瑠璃が喜んだのも束の間、腰かけ岩が沈みゆくのと同時に、巨岩が下から支えていたはずの洞窟の天井部分までもが下に下にせり下がってくるではないか。

「?」

 瑠璃が必死に天井岩を支えようとするが、びくともしない。

「なにこれ! 聞いてない!」

 このままでは、沈んだ岩とせり下がる天井岩との間に挟まれてしまうと思われた寸前、何者かが背後から瑠璃の体を強引に引っ張った。

 ズシーンという鈍い音と共に、せり下がった天井岩と、地面にめり込んだ腰かけ岩とがピッタリと合わさった光景に身震いしつつ、瑠璃は背後を振り返った。

「誰?」

 間一髪、助け出された瑠璃が身構える。

「青崩峠の苔むす岩に着目したのは見事だが、それだけじゃあ、トラップは解除できない」

 男は、地面に沈み込んだ腰かけ岩と合体した天井岩を見つめながら、腕を組んだ。

 対峙する2人だが、暗闇の中では、お互い、その姿を認識できてはいない。さっきまで瑠璃が手にしていたマグライトは、腰かけ岩と天井岩との間に挟まれ、ペチャンコに潰れてしまった。

 マグライトの胴体部分の尻尾だけが虚しく瑠璃の視界に入っていた。

「何者なの?」

 瑠璃の問いに男は答えない。

「……」

 代わりに男は、手にしていた赤外線ライトで、今や、自分たちの目の前にまでせり堕ちて露わになった天井岩の側面部分を照らす。

 すると、自然物の岩石だと思われていた岩の表面にうっすらと亀裂が浮かび上がる。亀裂は縦横無尽に張り巡らされているようだ。

「亀裂?」と瑠璃。

 本当に偶然できた亀裂なのだろうか?

「それに妙にキレイ……変ねぇ。仕掛けが発動されるまでは、ただの洞窟の天井岩だったはずなのに」

「これは人工的に彫られた亀裂だ……そして、この亀裂は暗号になっている」

「暗号?」

「暗号を解けば、この岩が封じている奥へと進むことが出来るはず……」

 天井からせり落ちてきた岩もまた、巧妙にカムフラージュされた隠し扉だったのだ。

「でも亀裂が暗号だなんて……想定外ね」

 瑠璃は小さく舌打ちする。

 綿密に計画してきたはずだった。だが、これほどまでの仕掛けやカラクリが施されていたとは予想できていなかった。

 やはり現場でなければ分からないことは多い。

 とはいえ、素直に準備不足を認めてしまうと、負けを意味する。それだけはどうしても避けたかった。

 瑠璃は、ボディバッグに戻してあったスマホを取り出すと、さっき取り付けたレンズとはまた違う特製レンズをカメラ部に装着し、岩の側面の亀裂を撮影する。

 そして独自に開発されたらしい特殊アプリを起動、画面に亀裂が3D化された上で赤くくっきりと浮かび上がって見える。

 男が感心したように、その画面を横目で盗み見る。

「見ないでよ」

 男の視線を遮る瑠璃。

「君一人で解読できるんなら、どうぞ……それより、そのスマホ、すごいな」

「外付けレンズを交換するだけで、レーザー式空間透視装置にも、赤外線照射機にも、パルス探査装置にもなるの」

 瑠璃は素直に自慢しつつ、アプリを操作し、解析を試みるも、エラー表示になってしまう。

「ご自慢のアプリも、暗号解読機能だけはついてないんだな。残念だ」

 男が嫌味を言う。

「そういうあなたは、解読できるの?」

「……」

 男は答えない。

「もったいぶらないでよ」

 瑠璃はイライラして、男をせっつくが、

「別に、勿体つけてるわけじゃない」

「フン。どうせあなただって、まだ解読できてないんでしょ!」

 瑠璃が小馬鹿にしたように尋ねた。

「おかしな口のきき方だな。そっくりその言葉、返させてもらう。アンタだって、こんな洞窟の奥までハイキングに来たわけじゃあるまい。宝探しに来たのなら、用意周到な準備をしておくのがセオリーだろ」

「……」

 瑠璃は返す言葉がなかった。悔しい。何も言い返せないのは、彼女の性格上、耐え難い屈辱だが、敵かもしれない見ず知らずの男に手の内を明かさぬよう必死で我慢した。

 スマホライトのおかげで、ようやく暗闇の中で目が慣れてきて、瑠璃は目の前にいる男の姿を認識できた。

 長身で細身の男がそこにいた。

 二十代後半から四十代前半までの男のようだ。スマホライトでは、お化け屋敷のように陰影のコントラストが激しくて、顔の造りや表情までは判別できない。

 おそらく、向こうの男にも、こちらに対して同じように不気味に映っているに違いない。

「この洞窟は、武田軍の隠密部隊だった百足(むかで)衆が掘ったものだ」

推理を自問自答するように男が語りだす。

「武田軍が誇る百足衆は、戦場においては伝令部隊として活躍していた。その数は十二チーム編成で、総勢一千名にもなったとされる。彼らは優秀なスパイであったと同時に、極めて優れた特殊技術者集団だった……その特殊技術というのが」

「金鉱掘り……それぐらい、歴史好きなら小学生だって知ってるわ」

 男は瑠璃の回答を無視して続ける。

「武田軍がなにゆえに、戦国最強とも謳われた騎馬軍団を編成することができたのか? 武田信玄がなにゆえに、何度も何度も、上杉謙信をはじめ、周辺諸国の大名たちと連戦できたのか?」

「今度はなに? こんなところで歴史の授業をしてくれるっていうの?」

 突然、自慢気に語り始めた男に、瑠璃はうんざりしたように溜息をつく。

 バカにしないで。そんなことぐらい、あんたに言われなくたって百も承知。だからここにいるんじゃない。

 心に思った毒舌だったが、あえて声には出さないでおいた。

 瑠璃の心の内など、全く関知しないかのように男は少し早口に自説を続ける。

「その答えはただ一つ。金山衆とも百足衆とも呼ばれる金銀の採掘を専門とする山師集団を抱えていたからに他ならない。特に、百足衆が黒山金山で採掘した砂金の量は、一説には、当時の日本国内に流通していた金のおよそ半分を占めていたとさえ言われている……均一な高さと幅を保ったまま真っ直ぐに掘り進められている洞窟の形状を見ただけで分かった。当時の日本において最も優れた掘削技術で掘られた坑道だとね……この洞窟はまさしく、その百足衆が堀った隠し金山だ」

 そして……、

「だとすれば……そうか。そういうことか」

 男は何かを閃いたらしく、地面の砂を拾い集めると、やおら、天井岩の側面に刻まれた亀裂の上にふりかけた。

 だが、なにも変化はない。

「何してるの?」

 瑠璃が尋ねるも、男は、砂を両手ですくっては、何度も亀裂の上にふりかける。しかし、一向に変化は見られなかった。

「粒子か……」

 男は悔しそうに呟く。

「ねえ! さっきから、砂遊びなんかして、一体なんなの?」

「ファンデーション持ってるか?」

「いきなり、何?」

「いいから、貸してくれ」

「あのね、人にモノを頼む時の礼儀ぐらいわきまえなさいよ!」 

 瑠璃は苛立ちを隠そうともせず、ボディバッグから化粧ポーチを乱雑に取り出すと、

「どうせ謎解きに必要なんでしょ。ホラ!」

 ポーチの中のファンデーションケースを男に手渡した。

 男はそれを受け取るや否や、いきなり地面に叩きつける。

「な、何するのよ!」

 わめき散らす瑠璃を無視して男は叩き落としたファンデーションケースの蓋を開け、手にした赤外線ライトでケースの中を照らす。

 中のファンデーションは粉々である。

「信じられない! 昨日、買ったばかりなのに……ったく、どんなしつけされて育ったんだか……」

 男が粉々に砕いたファンデーションは、瑠璃の最近のお気に入り、ゲラン社のランジェリー・ド・ポー・コンパクト・マット・アライブだ。

 男は、怒る瑠璃など眼中にないようで、

「よし。これならいける」

と頷くと、息を止めてファンデーションの粉を、丁寧に天井岩の側面の亀裂にふりかけた。

 するとどうだ。きめ細やかなファンデーションの細粒が亀裂の溝へと隅々まで入り込み、ある紋様を浮かび上がらせた。

 それは、十二匹の百足が下から上へ、這うように描かれた異様な紋様だった。さっきまで無数の亀裂だと思われていたものは、百足の一本一本の足が絡み合って見えていたものだった。

「やったぞ!」

「なにこれ……気持ち悪い」

 顔をしかめる瑠璃。

 男は興奮気味に、無数の亀裂、いや、まさに無数の百足の足足を食い入るように凝視している。

 やがて――、

「右3、左2、そして右1、左4……」

「どういうこと? 暗号、解けたの?」

 驚く瑠璃に男は得意気に答える。

「砂金の微粒子はきめ細かい。ちょうどファンデーションの細粒並にな。この亀裂は、武田の百足衆が自分たちの獲物である砂金を使うことでしか解読できない暗号だったのだ」

 そう言いながら男は、無数の百足の足にしか見えない亀裂のある部分を指さす。

「十二匹の百足のうち、一番上の百足とその隣の百足以外は、別々に這っているように見える。だがこの一番上の二匹だけは、足と足とを交互に交差させている。それも数本の足と足だけ……な、分かるだろう?」

 男の指した部分、確かに、百足の足らしき紋様がある部分だけ、隣の百足の足と交差している。

「なるほど! この交差した足の部分を数えたら、右3、左2、そして右1、左4ってなるわけね」

 瑠璃もようやく謎解きに参加できた感じがして、怒りも収まった。

 男は、天井岩と腰かけ岩が合体してできた一枚岩の真正面に立った。

 そこには、ちょうど、スタート地点を示すかのように両足を乗せるだけの、地面にわずかに窪んだスペースがあるのを男は見逃さなかった。

 そして導き出された暗号通りに、右に3歩、左に2歩、右に1歩、そして左に4歩歩いた後、砂金に見立てたファンデーション粒子が隅々まで行き渡るように、天井岩石の亀裂を指でなぞる。

 ギギギギギ。

 錆びた金属と石が擦れ合う鈍い音を軋ませながら、天井岩が再び上へ上へとせり上がっていく。更には、その奥に鎮座していた巨岩までもが、観音開きのように、真っ二つに縦に割れ、奥へと空間が続いているではないか。

 その奥、五メートルほど向こうに、明らかに人の手によって造られた金属製の重厚な扉が赤黒く錆びた状態で存在していた。

「やった! きっと最後の隠し扉よ!」

 思わず瑠璃が叫んだ。

「……」

 男は不気味な気配を察して、隠し扉を見据えたまま黙考している。

武田勝頼たけだかつよりが、織田信長に討ち取られる直前に、百足衆に命じ、密かに隠したとされる莫大な量の武田の埋蔵金が……そしてあの幻のお宝も、ついに」

 興奮して我を忘れ、隠し扉へと近づく瑠璃。

 だが意外にも、瑠璃が辿り着く前に、扉が勝手に開いた。

 その瞬間!

「伏せろ!」

 男が瑠璃の体を抱え地面へと倒れこむ。

「セクハラ!」

 ちょうど胸の部分に手をあてがわれた瑠璃が、男を突き放そうとするが、

「我慢しろ。死にたくなければ、な」

 男は瑠璃の耳元で囁いた。

「な?」

 驚いた瑠璃が恐る恐る顔を上げると、突如開いた隠し扉の向こう側に、何体もの鎧兜姿の者たちが立ちはだかっているのが見えた。

 しかも鎧武者たちは、今にも構えた矢を放とうとしているではないか。

「い、生きてるの? 人形?」

「さすがは百足衆。何十年何百年も後に盗掘されることを計算に入れた防御の仕掛けを施しているとは」

 男が赤外線ライトで鎧兜の武士の一人を照らす。

 数百年もの長い年月を経て、朽ち果てかけてはいるが、鎧と兜には、朱色の漆が赤く塗られている。

 瑠璃は、スマホの特製アプリを起動させ、カメラを鎧武者たちに向けると、画面に鎧を構造分析したデータが瞬時に映し出された。

「鎧を赤く染めた塗料の主成分は赤色硫化水銀……これって、武田の赤備えの鎧の染料、辰砂(しんしゃ)の成分名よね確か」

「その通り」

「武田の赤備えの鎧……彼らはいったい……」

「等身大のからくり人形だ……だが……」

 男が地面にあった拳大の石を拾い、空中に放り投げる。

 すると、いきなり石めがけ、武者人形たちが一斉に矢を放つ!

「?!」

 思わず息を呑む瑠璃。

「空気中のわずかな乱れをセンサーが感知して、侵入者を攻撃する仕掛けのようだな」

「四〇〇年以上も前に、こんなセンサー式のからくり人形が……信じられない」

「古人の知恵を侮るとしっぺ返しをくらうことになる。銅板の熱伝導率の高さを利用した精巧な仕掛けだ。江戸時代初期のからくり人形の内部にも同様の仕掛けが使われている」

 男はそう言うと、数百年ぶりに目醒め、全ての矢を放ち終えて再び深い眠りについた武者人形たちを、敬意の眼差しとともに確認して立ち上がる。

「あ……そうそう」

と思い出したように振り返って、

「胸のサイズに合わないボディスーツはどうかと思うな。その胸、まだまだ成長する年頃だろうし」

 バシッ!

 乾いた音が洞窟に木霊する。

 男は赤く腫れた右頬をさすりながら、隠し扉の奥へと入っていく。どうやら気を許した相手には、心に思ったことをすぐ口に出さずにはいられない性格のようだ。


 男の持つ赤外線ライトと瑠璃の多機能スマホのLEDライトだけを頼りに、二人は慎重に奥へと進んでいく。

「百戦錬磨で知られる百足衆のことだ。からくり武者人形の他にも侵入者対策を仕掛けているに違いない」

 男の読みは正しかった。

 突如陥没する床、壁から迫りくる手裏剣、飛び出す横槍や落とし穴…と、幾重にも張り巡らされたトラップを間一髪でクリアしながら、二人は最奥地へと到達した。

(ほこら)?」

 瑠璃が呟く。

 その言葉通り、高さ一メートルほどの、霊気を漂わせる石の祠が祀られていた。 

 祠の扉はなく、中が丸見えになっている。その中には、2つのつづらが並んで鎮座していた。

 なぜかそれぞれ、大きさが違っている。右側のつづらの方が大きく、小学生のランドセルサイズ。左側のつづらは、更に小さく、セカンドバック大だ。

 両方のつづらとも、蓋は閉まっているが、鍵のようなものは見当たらない。

 瑠璃は興奮の面持ちで、祠の前に立ち、2つのつづら両方に手を差し伸べようとするが、ふと気づいて手を止めた。

「毒虫とか、浦島太郎の玉手箱みたいに老人化ガスが噴き出すなんて勘弁してほしいわ……これにも、トラップが仕掛けられていると思う?」

 背後の男に尋ねる。

「どうしてオレに聞く?」

「利用できるものは利用しないとね」

「……ない……ようだ」

 注意深く周囲を探査した男の言葉に、瑠璃は安心したように頷くと、2つのつづらに向き合った。

「どっちがフェイクかしら」

 瑠璃は再度、男に尋ねた。

「いや……」

 男は慎重に両方のつづらを調べ、涼しい顔で答えた。

 瑠璃は勝負師の表情に戻り、両手で2つのつづらの蓋に手をかけ、一気に2つ同時に開けた。

 大きなつづらと小さなつづら、どちらのつづらの中身も、財宝が満杯に詰め込まれていた。

 大きなつづらには国宝級の貴重な刀剣や武具・神具・仏具が、小さなつづらには金銀の延べ板や宝石類が眠っていたのだ。わずかな赤外線とLEDの灯りの反射だけでも、その輝きは眩しく、きらびやかに見えた。

「ついに武田の財宝を見つけたのね!」

 直感的に一瞬、違和感を抱いたが、眼前の宝物に瑠璃は心を奪われていた。

「……」

 一方、男は2つのつづらを黙って見ている。

「その目、山分けしろって言ってるみたいだけど?」

 瑠璃が男のほうをチラと横目で見つめた。

「別に。オレは武田勝頼が遺言に記し、百足衆に託した暗号を解読し、その答えが正しかったことが分かっただけで満足なんでね」

「冗談。そんな欲のない人間、いるはずない」

「……」

「いいわ。あなたのお陰で命拾いしたんだもん。じゃあ、山分けね。どっちを取る?」

「……」

 男が無言なのをいいことに、瑠璃は大小、両方のつづらを見比べていたが、やがて、ニコッと笑うと、

「私は小さい方をいただくわ。ほら、昔話によくあるじゃない。大きなつづらにはゴミや不浄なものが、小さなつづらには本当のお宝が」

「舌切雀だな」

 瑠璃は「それそれ」と言いながら、小さい方のつづらを手にする。

「あなたは大きな方を遠慮なくどうぞ。昔話と違って、ゴミじゃないから安心ね」

そして促されるまま、男が大きなつづらを手にしたその時だった。

 バチバチッ!

 男の首筋に、青白い火花が弾けた。

「……な、なにを……」

 振り返ろうとした男だったが、そこにもう一度、青白い火花が散る。

 瑠璃が隠し持っていた、これまた特別仕様の大出力超小型スタンガンで男を2度も感電させたのだ。

 男はそのまま意識を失う。

「私、子供の頃からずっと不思議に思っていたことがあるの。舌切雀で、どうしておじいさんは、大きなつづらと小さなつづら、両方とも持って帰らなかったのかしらってね」

 瑠璃は倒れこむ男にウインクすると、大きなつづらの上に小さなつづらを乗せ、「悪く思わないでね」と投げキッスを送りつつ、重い獲物を両手で抱えて立ち去っていく。

 どれぐらい時間が経っただろうか。3分? いや5分。

 スタンガンの電撃ショックから目覚めた男が、よろよろと立ち上がった。

 男は、祠の中の大きなつづらと小さなつづらが2つとも無くなっていることを確認する。

 だが、その表情に焦りはない。それどころか、少し笑っているようだ。

「やれやれ……彼女は舌切雀をちゃんと読んでなかったのか……」

 おもむろに祠へと近づくと、2つのつづらが置かれてあった地面を調べ始める。

 するとどうだ。

 二重床となっていて、隠し蓋で塞がれていた。

 隠し蓋を慎重に剥がすと、その中に、小さなつづらより更に二回りほど小さな、弁当箱大のつづらが収められていた。

「宇治拾遺物語に記されている舌切雀の原本では、大中小、3つのつづらから一番小さなつづらを選ばせたとある……百足衆は、なぜ2つのつづらに、あえて何も罠を仕掛けなかったのか?……その答えは本当の宝を隠したかったから……つまり、これが正解」

 男は満足気に呟くと、無邪気に微笑みながら、3つめのつづらの蓋を開けて数百年ぶりに封印を解いた。

「こ、この中身は……」

 中身を見て、男は言葉を失った。

 この男こそ、物語の主人公、神代かみしろれいである。



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