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情報収集(2)

 それからダイキリのペンの先は貴族蔵の方に向かう。


「貴族蔵は、貴族が自分の大切にしている領民たちのために作られた場所です」


 そう言ってから、ダイキリは少し困ったような顔をした。


「一言で言えないのがこの貴族蔵なんです。自分の民のために貴族たちが考えた、本当にたくさんのお金の仕組みがあります。今日は代表的なものをお伝えしましょうね」


 そう言ってから、ダイキリはペンで「融資」「貯蓄」「保険」と四つを並んだ。その四つの文字だけで大体理解したが、それは言わないことにする。

 それなりにこの世界の金融に商品がそろっているらしい。その三つがあるなら「投資」の分野もあっておかしくないけれど、そもそもこの貴族世界に「株式」の概念や「外貨」の概念があるとは思えない。


「それぞれ、このスッコチ家が民に販売している商品となります。融資はお金に困った民に貸してあげるのがメインですね。王族蔵の支度金と同じものですが、より身近な存在です」


 小さく頷きながらメモを取りながら考える。つまりうちの家でも銀行業のようなことをしていることか、と納得する。


「貯蓄はお金を預けておく仕組みです。物によっては預けておくと増えたりするので多くの民が利用していますね。保険は、万が一お父様が亡くなってしまったときにお金をもらえる仕組みです」


 並んだ商材はどうやらシンプルなものばかりのようだ。全体像が見えたので小さく頷けば、ダイキリは嬉しそうに目元を下げた。

 ダイキリが書いてくれた図式と自分の書いたメモを見ながら、これを使って私にできることはあるかと考える。


 私に与えられた時間は十年。

 十分な時間にも思えるけれども、金融でどうにかするには時間が短いともいえる。

 できることから、やっていこう。


「お嬢様は本当にご優秀でいらっしゃいますね。特にここ一週間の熱心さには感服いたします」

「……いえ」

「何か、ございましたか?」


 心配するようにダイキリが私の瞳を覗き込む。

 幼児教育が始まる三歳からずっと私の教育係として傍にいるダイキリのことだ。私の変化には気が付いているのかもしれない。

 けれど、私はそれをどうして言葉にすればいいのかわからない。

 ダイキリはいつも優しく、そして熱心に私にいろいろなことを教えてくれる。


「私も、スコッチ家だから」


 なんとか口にできた言葉はそれだけだった。

 二度ほどダイキリはゆっくりと瞬きしてから、ゆっくり私に微笑んだ。


「でも、お嬢様は、アイラ様ですからね」


 その言葉の意味はよくわからなかったが、とにかく小さく頷いて返した。

 五歳の私にも、三十年生きた私にも、まだまだわからないことは多い。




 ***




 その後ダイキリからいつものように国の歴史とスコッチ家の歴史を学び、事前に決まっていた予定は全て終わった。

 ふわ、と欠伸が零れるが仕方がない。五歳になったばかりの身体は、まだ四歳までのお昼寝文化からまだ脱し切っていない。

 約三十年間の人生を記憶していながら、今この世界では五歳であるというのは感覚としてまだ慣れない。


 基本的に教育係のダイキリの授業は午前中だけ。

 来年からは順当に行けば、王国の貴族向けに作られた学校の初等部に入学することになる予定だ。感覚で言うと小学校にあたるけれど、授業というより教わる人数の増えた家庭教師に近い。


 そう思いながらとことこと昼の時間に合わせて食堂へと向かう。

 何も言わずともロイグが私の後ろにとことこと付いてきた。いつものことなので気にすることもないが、今日は食堂に入る前に「お嬢様」と声をかけられた。


「本日は、ご主人様もいらしております」

「そう」


 珍しい。

 公爵家の当主ともなればどうやら随分と忙しいらしく、昼の時間帯に家にいることなどめったにない。母とは一緒にいることが時折あるが、昼に父の姿を見た記憶はここ数ヶ月記憶にない。

 食堂に入るとロイグが言っていたように一番奥の席に父が腰かけていた。父も少し驚いたのかかけている眼鏡を少し持ち上げてから、ゆっくりこちらに微笑んだ。


「アイラ、お昼かい」

「はい」

「良ければ一緒に食べよう。今日は帰りが遅くなる予定だったから会えてよかった」


 父が何かを命じるよりも先に、傍にいた男性の従者が父の正面の椅子を引いた。

 それに従って、ちょい、と椅子にお尻を乗せる。若干高い椅子に座ると足が少し浮く。


「今日はホッカイ島の方に行ってくるんだ。お土産に美味しいものを買ってくるよ」

「お待ちしてます」


 小さく頭を下げたところで、目の前にオムライスのような食べ物が差し出された。

 前世だろうがこの世だろうが、卵好きは変わらない。父の目をちらりと見れば「食べろ」と言うがごとく小さく頷かれたので気にせずスプーンで口の中に放り込む。

 バターライスの上に厚い卵焼き、その上にケチャップに似た甘いトマトソースたっぷりかけられている。中のバターライスはパラパラとしており、口の中にトマトの酸味とバターの濃厚な風味がいっぱいになる。鼻に抜ける爽やかな風味が何から来ているかはわからないけれど、なんとも優しい味がする。

 美味しい。

 シンプルに美味しい。


「アイラの笑顔を見るには、食事が一番かな」


 少し困ったように目の前のお父様が眉を下げて笑った。

 首を小さく捻ると、私の少し後ろに控えていたロイドがこらえきれなかったかのように「ふふ」と吹き出すように笑った。


「ロイドもそう思うかい?」

「はい。普段は表情をほとんど変えられないお嬢様ですが、お食事のときは楽しそうです」

「僕もそう思う」


 そう言って父は笑いながら、おそらく赤ワインだろうグラスを微かに傾けた。

 楽しそう、だったのだろうか。スプーンを持っていない左手で自分の頬を触る。人より表情が少ないと言われることは確かに多い。

 挨拶時に笑え、と指導もされているが、どうにもうまく表情を作ることができない。生前の頃からそれは変わらないのだから不思議なものだ。


 ゲームの中のアイラもそうだった。全然関係がないというのに、不思議なものだ。

 ほとんど笑顔も見せないことで、学園の中では「氷の女王」というニックネームが蔓延していたのを憶えている。あまり取り巻きを作ることもなく、孤高の存在として描かれていた。


「お土産には気合を入れないとね」

「旦那様、それであればぜひホッカイ島名産の美味しいホタテをお嬢様に」


 ロイドがにっこりと笑顔でそう呟く。なんだか気恥しくなって「ロイド」と声をかけるが、ロイドは「何ですか?」とでもいうように笑顔を返してくるだけだ。

 お父様に食いしん坊のようなイメージを持たれているとは思っておらず、どうにも居心地が悪い。


「そうだね。小さいころからアイラは貝が大好きだから」

「ありがとう、ございます」


 恥ずかしさにうまく言葉が出てこず、目の前のオムライスをつついた。

 やっぱり、非常に優しい味がした。




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