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2.情報収集(1)






 いつもは午睡を味わおうかと悩む穏やかな休日の昼下がり。ロイグに言われるがまま、庭の木陰に出てきて午後の紅茶を味わっている。中庭に常備されている小さなテーブルセットに腰を下ろす。まだ身長が足りず足が浮くがそれはいつものことだ。

 甘いミルクティはこの時代の私のお気に入りだ。猫舌の私に合わせて人肌程度まで冷められたそれを飲みながら、小さく息を吐き出す。


 さすがに、また死ぬのは。


 記憶が蘇って一週間。

 とは言っても別に記憶が戻ろうが戻らなろうが私の生活は変わらない。

 私はただの『アイラ・スコッチ』であることには変わらない。




 

 私のいる世界である『恋に酔うのは夢か現か』は王道中世系ファンタジー恋愛シミュレーションゲームだ。

 主人公はこの世界では珍しい<感度>と呼ばれる魔法が使えたことにより、15歳でコールアル学園に入学する。

 <感度>は現代風にいうと鑑定に近い能力だった。物質の原料や含有物が何であるか等を判断することができる。その中でも特に得意なものが、飲料物に関するものだった。

 コールアル学園は国が運営するエリート教育施設であり、そこに在籍するのは殆どが有力貴族の子たちばかりだ。この学校を卒業さえすれば王国直営の研究所や軍、魔導士になれると大変倍率が高い学園だ。

 幼い頃から<感度>の魔法が使えることで注目されていた主人公もこの学園への入学が許可される。


 主人公はその学園の中で発生する問題を次から次へと解決させ、さらにその美しさ、優しさ、暖かい心から多くの人間を虜にしていく。

 そしてその事件で発生する問題を起こすのが、この私、アイラ・スコッチだ。


 とはいってもアイラも由緒正しきスコッチ家の人間。安っぽいいじめをすることは基本的には行わない。

 アイラが起こす大きな事件は学園を巻き込んだ「詐欺事件」と「毒殺未遂」だ。


 どちらも直接手を下したわけではないが、間違いなくそれはアイラが指示をし、アイラが実行させたものだ。

 その2つの事件を解決し、真犯人である私を見つけるのが主人公であり、そして彼女に想いを寄せる四人の少年たちだ。

 黒幕として断罪されたアイラは、言い訳もすることなく高笑いをしながらその場から去り、そしてその後さっくりと処刑される。


 アイラがどんな最期を迎えるかはわからない。

 後日談として、主人公が学園で読んだ新聞にアイラの死と、そしてスコッチ家の終焉が描かれるだけだ。





 そう、もし私がアイラ・スコッチとして生きているのがあの世界だとするならば、私はこの後コルアール学園に入学し、そして大事件を起こして処刑される。

 そう、また死んでしまうのだ。

 

 それはごめんだ。

 あの寂しい想いをもう一度繰り返したくはない。


 紅茶をすすりながら考える。

 アイラはなぜ、あれだけの大事件を起こしてしまうのか。

 主人公の淡い恋がメインで、別にアイラをメインで見ていたわけではなかったので正直そのあたりの記憶はふんわりしている。

 机の上の粉っぽいクッキーをかじりながら、自分なら、と考える。


 これだけ裕福で、何一つ困ることがないのだから悩み事なんてあるはずないのに。


 脳内に言葉が勝手に落ちてくる。

 死んだ私が見たら卒倒するだろう生活環境だ。

 ひろびろとした屋敷の部屋はどういった目的でそれぞれの部屋が使われているのか、そもそも私のような幼い子供に対して、あれどけ豪奢な部屋は必要なのか、そもそもこの従者の数はなんだろう。必要以上に多い気がする。


 そこまで考えて、一つだけ思い出したことがある。

 アイラの噂だ。


 そうだ、どうしてすぐに出てこなかったのだろう。

 スコッチ家が「財政難」に陥り没落寸前であるという噂がまことしやかに学園内に流れていたこと。だからこそ、黒幕の容疑者にあげられたのが、スコッチ家長子である「アイラ・スコッチ」であったことを。


 は、と思い上がって腰をあげかけ、それからゆるゆると椅子に戻る。

 財政難、という響きにため息がこぼれた。


 私がどうにかできる問題だとは思えない。

 今の私はまだ幼い五歳の子供で、そして死んだ私だって会社の経営をしていたわけでも、ましてや政治に関わっていたわけでもない。

 ただの、ただのファイナンシャルプランナーだったのだ。

 領地の財政をどうこうなんてそんなこと、私がわかるわけがない。


 それでも。

 すっかりぬるくなってしまったミルクティの残りを思い切り喉の奥に流し込んだ。

 少しでもできることはあるかもしれない。




 × × ×




「金融商材、ですか?」


 教育係のダイキリが、す、と眉を寄せた。

 言葉選びが悪かっただろうか。五歳児の口から「この国にある金融商材を教えて」なんてちょっと怪しすぎたかもしれない。

 かと言って金融商材を幼児語に翻訳するほうが圧倒的な難問だ。


「お嬢様、どこでそのようなお言葉を」

「少し難しい本を、読んで」


 目が揺れる。嘘は苦手だ。

 ダイキリは怪しむようにこちらを見てきたが、それ以外にどう答えて良いのかもわからない。

 嫌に怪しまれるのも説明ができないので困る。恐る恐るダイキリを再度見つめると、その瞳をゆるく緩ませた。


「自学的に本を読まれ、お勉強をなさるとはさすがお嬢様」

「……いえ」

「ではそもそも金融についてからお伝えしましょう。興味を持つものを深く知ることは周辺知識の造詣の深まりにも繋がります」


 小さく頷くと、ダイキリは小さな手元の黒板に丸を3つ描いた。大きな2つは上に、小さな丸はその2つの下、真ん中に書かれる。

 そしてその大きな丸の左側には、王国蔵、貴族蔵と描き、その下の小さな丸に「国の民」と書いた。


「金融とは、言葉通りお金を必要なところに融通することを言います。簡単に言えば、お金が欲しい!と手を上げた人の手元にお金を届くようにする仕組み、っていうのがわかりやすいかもしれませんね」


 確認するようにダイキリがこちらを見る。理解した、という意味を込めて首を縦に振った。


「お嬢様のご理解力の高さには毎度感服致します。では続きをお話いたしますね」


 ダイキリの手は今度、王国蔵と貴族蔵の丸から国の民に矢印を伸ばした。


「王国直属にあるお金の専門分野を王国蔵と言います。そこからの金融は2つ。支度金制度と恩赦制度です。支度金は王国蔵から貸してもらえるお金で、恩赦は国からのプレゼントですね」


 手元のノートにそれぞれをメモする。

 現代社会とやっぱりお金の巡りは少し違うようだ。これは頭に叩き込まなければ。

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