召喚されたら自称悪い魔女に下僕にされた話 【短編版】
ぱっと光に包まれて、気づけば埃っぽくて暗い部屋のなかでいかにもな魔方陣の上に立っていた。
そして、なんだこりゃと思う間もなくカチリと音がして所謂『首輪』が首に嵌められていた。
「やぁ、異世界の少年。ボクはとっても悪い魔女。君はこれからボクの下僕として生きていくんだ」
「……」
声が聞こえたのは背後。
振り返るとそこには白髪に赤い目、それから黒いドレスといかにもな黒いとんがり帽子を被った少し自分より背の低い少女が。
はて?今、この子はなんと言ったか。
「おや、何か間違えたかな? 召喚魔法も翻訳魔法も完璧だったはずなのだけど……。ボクの言葉分かる?」
「あ、はい」
「無視はよくないよ。次やったら消し炭にするからね?」
「えぇ……」
「返事は?」
「はい」
わけが分からない。
分からないけどどうにも自分は今、命の危機に晒されているらしい。
なんてこったい。
「あの……」
「ん?」
「貴女は誰でここはどこなのでしょう?」
「ん、あぁ、そういえば何も説明してなかったね。ゴメンゴメン」
あまりにも情報が不足している。
分かるのはよく分からないけどこのままだとうっかり殺されかねないということ。
これまでの会話から多少の推測はできないでもないけど、さすがにもう少し状況を詳しく知りたい。
「そうだね……何から説明すれば良いか……」
説明によると、自分はこの目の前の自称悪い魔女さんに元居た世界から召喚されたらしい。
それから首に巻かれた首輪はこの世界で奴隷に巻かれるものらしく、これを巻かれた人はご主人様に逆らえなくなるのだとか。もちろんこの場合のご主人様とは魔女さんを指す。
話を聞いた限りだととんだ災難に巻き込まれたようだ。
ただ、説明を聞いても分からないことがある。
「あの……どうしてこの世界の人じゃなくてわざわざ自分を奴隷にしたんですか?」
召喚されて、奴隷にされた。
納得はできなくても理解はできる。
けど、どうして自分なのか。
自分で言っていて悲しくなるけれど、自分なんて大して取り柄のある人間じゃない。奴隷にするのなら、もっと優れた人はいくらでもいただろうに。
そもそも、わざわざ異世界から召喚なんてことをしないでもこの世界の人間を奴隷にすればそれでこと足りたのではないか。
「……随分と冷静だね。恨み言の一つでも言われるものかと覚悟していたのだけど」
「びっくりはしましたし理不尽だなとは思いましたけど、でもまぁそれだけです。過ぎたことは言っても仕方ないですから」
「……」
あと、変なこと言って消し炭にされたら困る。
「……特に理由はないよ。ただ、異世界人の召喚は一部の王族だけに許された禁忌だからやってみたかったんだ」
「そうですか」
彼女がそう言うのならそうなのだろう。
もしかしたら嘘かもしれないけれど、自分にそれを見分ける手段はないし、仮に嘘だとしても詰め寄る理由もない。
「自分は何をすれば?」
「……別に、特にこれといったことは何も。さっきも言ったけど、ボクは君を召喚して君をボクのものにすることが目的で君を召喚したわけだからね。でも……そうだね、せっかくだから何か面白い話でもしてもらおうか」
悪い笑みを浮かべて魔女さんはそう言う。
なるほどたしかに悪い魔女さんだ。
無茶ぶりはよくない。
けれど、下僕になってしまった以上、自分は彼女の命令には逆らえない。
さて、どうしたものか。
「……そうですね。では、自分の居た世界にあった悪い魔女の登場する話なんてどうでしょう?」
「へぇ、それは面白そうだね」
「ちなみにどの話も最終的にろくな目にあいません」
「君、やっぱり怒ってない?」
「まさか。魔女さんが望むなら話のオチを変えてしまうのもありかなと思っただけです」
「……興味本意で聞くのだけど、例えば君の世界の物語で悪い魔女はどんな末路を辿るんだい?」
「そうですね……。例えばこれは自分より美しいお姫様に嫉妬して毒リンゴで毒殺しようとした悪い魔女の話なんですけど」
「魔女なのに毒殺? 魔法を使わないのかい?」
「魔法の毒リンゴとかそんな感じだった気がします」
「随分と回りくどいことをするね。四肢が吹き飛ぶ威力の攻撃魔法を使えば確実なのに」
「四肢が吹き飛んだお姫様と王子様のラブロマンスとか色んな意味で見てられないですよ」
四肢がない状態の白雪姫に「なんて美しいんだ」とか言ってキスする王子とか絶対サイコパスを疑う。
あと、そんなスプラッタ普通に子供が泣く。白雪姫の絵本読んでたら急にグロ画像出てくるとか災難なんてもんじゃない。というかそんなの全然童話じゃない。
「異世界的にはありがちな発想なのかもしれないですけど、正直引きますね。どんな生き方してたらそんな惨いやり方を思いつくんですか?」
「君、無自覚かもしれないけど、今凄く失礼な顔してるからね?」
「……失礼しました」
「言っておくけど、別にボクが過去にそういうことをしたとかそういう話ではないからね?」
「まともな人の心を持ち合わせていたらそもそもそんなこと思いつかないと思いますけどね」
「う、うるさいな。それで? ボク、もとい悪い魔女は一体どんな目にあうんだい?」
「お姫様と王子様の結婚式に呼ばれて真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされて、命つきるまで踊らされます」
「よく人の心があればとか言えたもんだね」
「ちなみにお姫様と王子様はそんな魔女を見て笑いながら食事をしていたなんて話もありますね」
「人の心とか二度と口にしないで欲しいよね」
「他にも悪い魔女のお話はありますよ」
「正直もうボク的にはお腹いっぱいなんだけど」
「お菓子の家で子供を誘き寄せて食べてしまう魔女の話なんてどうですか?」
「食人種か……」
「人って美味しいんですか?」
「ボクが人を食べてる前提で話を進めるのはやめないかい?」
「すみません」
若い娘の生き血とかすすってそうだけど。
これ言ったら殺されそうだ。
「しかし、あれだね。お菓子の家なんてあからさまに怪しいものに誘き寄せられる子供なんているのかい?」
「まぁ、子供ですから。好奇心には抗えませんよ」
「それもそうか。それで? その悪い魔女は一体どうなるんだい?」
「かまどに閉じ込められて丸焼きにされます」
「猟奇的」
「まぁ、子供ですから。好奇心には抗えませんよ」
「そんなことに興味を持つ子供は嫌だ」
「けど、魔女さんも子供の頃は似たようなことをやったんじゃないですか?」
「君、ボクを一体なんだと思ってるんだい?」
蛙に空気吹き込んで破裂させたり、意味もなく蟻を踏み潰したり、今思えばとんでもないことだけど、幼い頃、なんとなくの好奇心でそんなおぞましいことをした経験のある人はたぶん少なくない。
悪い魔女なら蛙の代わりに人間に空気吹き込んで破裂させるくらいのことはしていそうなものだけど……あぁ、そうか。
「すみません。そんな昔のこと思い出せませんよね」
「そういうことじゃない。というか誤解があるみたいだけど、ボクは見た目通りの年齢だよ? どこぞの魔女みたいに若作りなんてしていない」
「あと十数年でやりだすのに?」
「あはは。さっきから失礼なことをぬかす躾のなってない口はこれかな?」
「えへへ。すみません、わんぱく坊主なもので。謝るのでその右手に持った紫色の液体の入った容器は机においてもらえませんか?」
ファンタジー世界にありそうな紫色でコポコポ音を立ててドクロの形の湯気をあげる謎の薬品。
うーん。自分はあと何日まともな人間で居られるのだろうか。
「……はぁ。全く、とんだ奴隷を召喚してしまったものだね」
「へへ」
「褒めてないよ」
呆れたように呟いて椅子へと腰かける魔女さん。
その手に紫色の液体はない。
とりあえず紫の脅威は去ったらしい。
「それで?」
「……?」
「もっと聞かせてくれるんじゃないのかい? 面白い話をさ」
「……なるほど。了解しました」
そして、ここでの自分の役目は少し寂しそうなこの魔女さんの相手をすることらしい。
面白かったら感想、レビュー、ブクマ、評価等よろしくお願いします!
連載迷い中……