間章1 交易地フォルテア 【水鏡】
さて、この物語は剣と魔法のファンタジー世界でのよくある、お話。
先にアデルとヨー、ドラ子の日常となる戦いを語ったが、この物語の主題は英雄を夢見た少年の冒険譚である。
ただ、その結末は英雄の物語となるか、それとも夢破れた顛末となるか。
ともあれ、一語り手がまだそこまで語る場面ではないので、このお話を進めることとしよう。だから、今は伝説の剣を手にした『勇者の物語』ではなく、『冒険活劇』なのである。
* * *
アデルは拠点としている街、フォルテアへと戻ってきた。
フォルテアは交易地のため、他国にも負けないぐらい昔から繁栄をしている。
荷物を置くのにもアデルは先に街中心部に戻ろうかとも思ったが、先に通り道にもあった街外れにある【水鏡】の店へと寄ることにした。
【水鏡】は店の名前でなく、能力、職業を指す。
アデルは店の中へ入ると、受付兼弟子の女性に声をかける。結構な頻度で出入りしているため、顔を見るだけでことは済んでしまう。
そして、他に客がいなかったためすぐに奥へと案内される。剣を初めとする荷物は置かせてもらって。
「変わった子供だ。普通の子供でも、半年でも十分だというのに、毎月のように来るとは」
この年配の女性こそが、【水鏡】の職を持つ店の主だ。
【水鏡】とは人物評価。ただの人相見ではなく、ある種、神の視点から見る。そういった意味では神官や僧侶に近い存在である。
神官や僧侶でも【水鏡】を持つ者もいるが、専門とする者と比べれば劣る。そのため、【水鏡】の専門職として成り立っている。
「また、その様子では変わっているのだろうな」
主はそう語りながらも、それ以上は言わずアデルの顔を見る。そこからアデルの肉体、そして、内面を覗く。わずかな間ではあるが、主はそれで把握した。
「相変わらず、格が下がっているな。その他はさほど変わっていないが、わずかに下がっているのもあるから気にしておくと、いいかもしれないな」
主は【水鏡】で見た内容を紙に書く。
┌――――――――――――――――――――┐
アディル L.2
筋力:知恵:精神:生命:器用:敏捷:運
10: 8: 8: 8: 9: 8:10
称号 巨人殺し(エセ)
└――――――――――――――――――――┘
この数字は飽くまで本人の能力を数字化したモノで、数字の1の差はちょっとしたことで前後する。だから、数字だけがすべてではない。
それとこの能力値は、アデルが少年という点を考慮すれば、成人の平均より優れているといえる。
ただ、冒険者としての何かしらの職に就くには能力は不足している。
それは戦士、僧侶、魔術師、盗賊などである。
今の能力なら、これらの職にもちょっとした訓練で、値をすぐに補うことはできる。また、少年であるため成長性は高く、将来の成長を含めれば何にでも成れることを示している。
今のアデルは成人でもないが自立、独立して収益も得ている、自分の力でも何とか生活もできている。何かを学ぶにしても学校等は収益的に厳しいが、下働きや弟子などから学べは可能である。
高く望みさえしなければ、アデルの選択肢は多く存在している。
ともあれ、そんな可能性の話はともかくにして、アデル自身その能力値を見て安心した。
「思っていたよりは酷くはないな」
「普通は格は下がらないが」
主が言う通り、前回見たときよりも格は下がっている。それも今回だけでなく、何度もだ。
その経緯を主は詳しく知らないが、【経験吸引】をされていることは嫌でも推測できていた。ただ、毎度これほど下がっていれば、本来は命すら取られていても、おかしくない状況。
しかし、『生命』の値ではその様子はない。ただ、『筋力』からみれば、もう少し高いはず。主が気にした方がいいと言った点はここである。
そもそも、アデルは原因であるヨーの【経験吸引】、ついでにドラ子の存在はこの主には語ってはいない。そもそも、これらの事実は多くの人に語っていない。
何しろ、ドラ子は誰もが知る伝説の剣なのだから。ドラ子の愛称もそれを隠す意味もあったと後で気がつくほどに。
つまりはその存在を明らかにするのは、いろいろと面倒ごとに巻き込まれるだけ。
「それよりもこの称号は何だ」
称号には丁寧に『エセ』と補足してくれている。
アデルは苦笑いはするが、それでも望んでいたモノが手に入れてほっとする。
「まあ、無駄に骨を折ったかいがあったな。前に人から聞いていたのだ。巨大猿相手でも、巨人殺しの名声が得られる、と」
主はその言葉にぞっとする。この少年はそんな話を信じ、実行したのだと。
本来なら、巨大猿を倒せば、その名誉と経験から格は大きくあがるはず。だが、彼の場合は逆であり、格が下がった。
「……相当、無理のしたのだな」
主はそれ以上は何も聞かない。
実際、【水鏡】は人物評価。今回は能力だけを軽く見たが、本来はその人間の内面すべてを丸裸にすることも可能である。
だから、うっすらとは感じ取っていた。並の経験をしているわけではない、と。
「取りあえず、また」
アデルはそういって、料金を支払うと店から去っていた。
しばらくの静寂で、アデルが完全にいなくなったことを確認して、主はつぶやく。
「しかし、称号を得たとなれば、たとえエセであっても大きな意味を持つ」
【水鏡】で分かる称号は大きな意味がある。善悪は関係なく、英雄並みの行動に対して認められて、与えられるからだ。ただ、その存在が『神』なのかはいまだ議論されている内容ではある。
実際、この主も数少ないが称号持ちの人物を見たことがある。
それらは戦場を駆けた英雄的な人物、又は極悪非道の限りを尽くした悪党、その道を究めた職人などだ。
もはや、アデルは並の英雄と同じ域に達していることを証明されている。