第4章「迷宮物件あります」 地下三階
「どういうことだ」
ジョージが叫ぶのも無理がない。誰もが目の前の様子に唖然としている。一同が地下三階へと下りたって、すぐに見た光景に。
「まあ、合理的ね」
ヨーは人外らしく、目の前の光景からいち早く冷静になって、分析している。続いてアデルもヨーに付いて、それに対して見て確認をする。
「直通ね。三階から四階への」
そう、地下三階には下りた直後に、更に下へと下る地下四階への階段が近くに用意されていた。
これは魔物にとって侵略には便利。
だが、これまでの魔物でそこまで知恵が回りそうな存在は見たことはない。それに地下への階段はしっかりと作られている。
「迷宮自身はその構造を変えることは珍しくない」
ジョージも冷静さを取り戻したようだ。
迷宮は自然に構造を変えることがある。迷宮は建物ではなく、それ自体が魔物とする考えもある。何しろ、いまだに魔物を生み出し、おまけに宝まで作り出すのだから。
しかし、この場合は少々不自然ではあるが。
「下はよく見えないな」
アデルは下へいたる階段に足を踏み出す。だが、ヨーはアデルの後ろから口を塞いだ上で、抱き寄せ、そのまま、後ろへと下がり続けた。それは速く、静かであった。
一瞬のことにアデルも抵抗ができずにいた。後、ヨーの行為が無意味にも思えないため、アデルはヨーに身をませていた。
そして、階段から距離を取ったところでようやく、解放された。
「……何かあるかの」
アデルは行為は責めず、尋ねる。
「下に結構な数がいる」
ヨーは小声で答えた。
「なるほど」
アデルの返答も小声となる。
「爺さん、どうする」
ジョージは考える。
これは危険だと。
実際、気配からも偵察でさえ四階へ下りるのは危険が多い。逆に本来の四階へ階段に回ったところで、どうなることか。それに帰り道はここに通ることになる。
どちらにしろ、もう少し情報は欲しい。
「ひとまずは今回はここまでだな。対策を練らなくては、この場が戦場となりそうだからな」
アデルはふと思い出す。
「ところで爺さん、四階の装置というのはこの階段を下りて近くにあるのではないか」
アデルは迷宮に潜る際に地図から見た情報で、迷宮の構造を把握している。
そして、目的を照らし合わせた場合、この階段の下が近かったと思い出した。
「ああ、おおよそそうだな。この階段の出現も考えれば、理屈にも合う」
そうなると、この階段は地上に対する侵略を意図したモノになるかもしれない。
「ヨーも気配で読み取れるか」
「その装置の確証はないけれど。数からいえば、多分そうでしょうね」
アデルは考えている。
ここは好機だと。
だが、それには危険が多い。不透明な部分が多いので、出たところ勝負になる。ヨー頼りになってしまう。それでも時間が経てば、不利となりかねない。
好機だとしても、もう少し確実な何かが欲しい。
「……爺さん、地下四階で気をつけることは」
それはほとんど、地下四階へ行く前提の質問。ジョージもそれは感じ取っていた。そして、噂からも今のアデルの戦法は知っていた。無茶を、命すら差し出す前提で、作戦を立てると。
その背景である、ドラ子やヨーのことは話でも聞いている。それが切り札となるのなら、迷宮攻略の可能性はあるかもしれない。
「下級ながら悪魔が多く出る。魔王には及ばない相手だが、人間相手では一人で立ち向かうのは無理だ」
ジョージは正直に答えた。アデル一人では無理と諭すために。
アデルの頭の中では、その情報は、ヨーの化身なら問題がないことを示していた。ただ、肝心な自分が危険だということは抜け落ちている。
「ヨー、数はどうだ」
相手が問題なければ、後は数次第となる。その数も気配でおおよそは分かるはず。
しかし、その言葉にヨーはアデルの間近に寄り、顔を見つめている。
それが何を意味しているかはアデルは分からなかった。ただ、ヨーの顔も何も語らず、何も感じられない。しかし、不思議とアデル自身も他の感情は湧き出さない。
まるで【水鏡】で内面まで見ているようだ。
「今の貴方なら大丈夫よ。本気で行ける」
ヨーは心強く答えてくれた。
アデルの心は決まった。だが、それを周りは許すだろうか。
いわば、死にに行くと言うのと大差がない行為に。
「アレックス、どう思う」
アデルはあえて、アレックスに声をかける。実力はこれまでの戦闘で分かった。
だが、それと同時に彼女には実戦の経験が薄いと感じていた。噂では次女は商才があるというが、舌戦も妹同等なら難しいが、恐らくその点も大丈夫だろう。
「何を聞きたいの」
「どうするのが正解かと思って」
アデルはアレックスの意見を求めた。恐らく、答えはジョージと違い、攻めの方向を選択するはず。
現状は多少の疲労だけで、怪我もほとんどない、回復薬も消耗していない。限りなく最善の状態だ。この状態で他の者であっても、撤退は選択しづらい。
アデルの場合は少し違うが、ジョージ以外は少なかれ、地下四階への移動を考えている。
「どうであれ、ここは下りるべきでは」
アレックスはそう言う。その判断は自然だ。だが、ここでジョージが止めに入る。
「いや、下の相手は悪魔だろう。それなら、数が足りない」
下に悪魔が何体いるかはヨーは明らかにしていないが、一、二体ではないことは予測すべき事態である。なら、人間の倍以上の力を持つ数多くの悪魔が相手では六名では数が足りない。
それはジョージもアデルも正しく理解している。ヨーの場合は別問題だが。
「いえ、そこもふまえて、下りて確認すべきです」
アレックスは確信を持って、自身の考えを述べた。装備面でも憂いが少ない以上、攻めは自然。
アデルは安心した。次女は同様、商才があれば、多分攻めは選択しなかっただろう。地下四階は屈強な迷宮騎士でも未踏の地。それはひとえに危険であること。
アルテ卿も明確ではないが、語っていた事実。
この場面、生存を確実にするなら、撤退が正しい。唯一の経験者もそう述べているのだから。そして、悪魔の危険性も含め。
これはアデルの発言、言動にも少し問題があった。少年である男の子が、地下四階へ挑もうとする姿が、皆にも勇敢さをもたらしたのだ。そして、アレックスに対して挑発的な発言による誘導もあった。
むしろ、アレックスに舌戦の経験があれば、ここで攻めを選択するのは思いとどまらせただろう。
ジョージにとって、この場で取る手は地下四階の危険性を示すしかない。
一つは集団で行き、戦闘で相手の力に圧倒されること。確実だが、数で負ければ全滅も考えられる。
その危険性はヨーがアデルに対して示していた。だが、周りはあまりこれに気にしていなかった。
もう一つは、偵察だ。これは集団で行くよりも危険は増す。下手をすれば、生け贄を出すようなモノ。
これもヨーが既に把握している。飽くまで悪魔の戦力を肌で感じるための手段だ。
後は……。
「アデルはどうしたい」
ジョージはこう尋ねるしかない。アデルが考えていた作戦を聞くために。
「こう見えて、ヨーには【隠密】の魔法がある」
アデルは堂々と答える。見え透いた嘘だと、ジョージは思った。【眠り】も使えない相手が、そんな高等なことができるかと。
だが、他の者にはヨーのすべてが分かっていない以上、嘘と判断する材料はない。アデルは堂々と披露して、ヨーもなぜか自慢げな顔で答えているし。
「これで忍び込んで、装置を壊す」
誰もがその考えに納得する。危険は少なくてすむからだ。
装置を壊すにしても、迷宮に潜る際に道具として持ち込んでいる。
錬金術師が使う、溶解液である。これ大抵の金属を溶かすため、装置の可動部にかければ、間違いなく停止させることができる。
これを使えば、忍び込んでも壊せる。
「ただ、悪いが、この魔法は二人までしか効果がないだよ」
ジョージは頭が痛くなる。ここまで嘘を平然とつけるアデルに。しかし、〈群狼の足〉にとって、嘘もまた情報。傭兵としての口の悪さとあいまって、アデルの口の達者さは歳から考えれば高いモノ。
そんな〈群狼の足〉に関係する娘であるアレックスがまだ素直に育ったことに、ジョージは感謝した。そして、このままでいてほしいとも祈った。
それは傭兵まがいのことを止めてほしいという気持ちとなるのだが。