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第4章「迷宮物件あります」 ミッド=アルテ(2)

 ひとまず、城壁内の館へ行く途中にアデルはそれまでのことをヨーに尋ねた。わずかな間とはいえ、時間としては七日ほど過ぎている。

「ところでヨー、あの村のその後はどうだった」

「平穏で、何も分からず」

 人狼騒動の件だ。先日、ミッド=アルテの件で〈急ぎの早道〉亭に相談した際も話題には上がらなかった。それ以上被害がなかったことは嬉しいことである。

 しかし、ヨーは分からないと語る点では人狼の謎は不明のままということだろう。

「そうか」

「それで死体の方は」

「聞かずに来た」

「残念」

 お互い、手短に言葉を交わす。互いの進展のなさを指摘することもなく、何か言い合うことはなかった。

「ただ、〈急ぎの早道〉亭には人狼の件が入っていない」

「まあ、解明するには時間が足りないのかもね」

 証拠があるにしても、謎を解く手掛かりは不明ではそれなりに時間が過ぎたとはいえ、解明するにはまだ時が足りない、ということなのだろう。

「まあ、ひとまずは今は迷宮の魔王退治と洒落込むことにしましょう」

「この迷宮に魔王がいるのか」

「分からないわ」

 ヨーは至って、陽気で脳天気に語る。アデルはそれが事実だとしたら、弱気となり神経質となるが、それでもドラ子を活かす機会と考える。

 ただ、事実の根拠はこの場ではない。

 それに、もし、そうだとしたら今頃はもっと大騒ぎとなっているだろう。強大な魔王は神すら殺すのだから。

「さて、おしゃべりは終わりだ。先ほどの対応でお願いする」

「分かりました。他国とはいえ、恥などかかぬよう、気をつけます」

 先ほどまでのおどけた口調から一転する。

「こっちは(がく)がないのだ。その口調ではこっちが恥をかく」

「では、"アベル"殿、参りましょうか」

 そういって、領主の館へとヨーは入っていく。

 先ほどから、「"アベル"殿」と語っているがこう口調もいつもと違い、殿まで付けられては訂正する気がおこらない。それでもアデルは腹の中に溜めるように収めるだけであるが。

 しかし、館に入って初めに出会ったのは領主でなく、年配の男性であった。

「爺さん、いたのか」

「噂は聞いていたが、そっちも元気にしているようだ」

 この男性は魔術師ジョージ、アデルにとっては魔術というよりも、教養面での先生のような存在。それでも気さくに「爺さん」と呼ぶ、家族のような関係ではある。

「道理で話がうまくいくはずだ。爺さんが俺を呼んだというのか」

「まあ、噂通りなら、使い道はあると思って声をかけただけだ」

 実際、魔術師ジョージはフッソ=リヨ連合王国では賢者の名で呼ばれるほどで、国にとっても、相談役になるなどの重鎮。

 それなのに、血のつながりもないのに祖父と孫のように語り合う、二人。

「それで噂というと、この迷宮の話だが……」

「ああ、それに関しては順に話していこう。幸い、連れも一緒に来てくれて助かる」

 そういって、ジョージはアデルの横にいたヨーを見る。ヨーとは初対面であるが、アデルから、その話を聞いていた。魔法を使える存在だと。

「ああ、前に話していたヨー、メリット……”エリアス”?」

 アデルはヨーの名前を間違えたのはわざとではない。ヨーにとって、"アディル"を"アベル"と呼ぶように、アデルにとってもヨーの名前は発音しにくく、更に全部の名前では日頃、呼ぶことがないため、呼び慣れていない。

「初めまして、ヨー・メリット・”エイリアス”です。お名前は聞いております、探求者ジョージ殿」

 探求者ジョージ。ジョージの古い呼び名である。それこそ、アデルが生まれる以前の話。確かに今でも、この呼び名を知っている者も少なくはない。

 それでも今は、もっぱら賢者ジョージで世間には通っている。今、この呼び名で呼ばれることには違和感がある。

 ただ、アデルから聞いていた通り、この世あらざるモノならその疑問も少しは納得する。見た目通りの歳ではないと考えるべきと、ジョージは認識した。

「ああ、すまないがヨー殿と呼ばせてもらっていいか。長くて呼びづらいからな」

「ええ、構いません」

 ヨーは言葉と笑みで返す。ますます、ジョージもその言葉と姿には理解に苦しむ。

 とはいえ、それをのんきに解明している時間があれば、楽しい会話になりそうである。だが、今はそれほど時間に余裕はない。

「さて、談笑は本題を語ってからにしょう。他にも紹介しないといけない人物が多いためな。まずは彼女を紹介しておこう」

 そういって、ジョージは館の外へと出ると、男達の騎士に交じって訓練をしている女性に対して呼びかけた。

「おーい、アレックス。来てくれ」

 ジョージは少し女性らしからぬ名前で呼びかけていた。しかし、先ほど彼女と呼び、姿も確かに女性である。

 しかし、訓練している姿でもアデルは女性らしからぬのことは見て取れた。自分よりも手強いかもしれないと感じていたからだ。

 こちらにやってきた、アレックスと呼ばれた女性は、アデルとヨーを見て短くお辞儀をする。

「どうも」

「こら、ちゃんと挨拶ぐらいしないか」

 こちらも祖父と孫の関係のようである。

「失礼。アレックスです」

 しかし、諭されても、アレックスと手短に語るだけであった。

「……まあ、いい」

 まずアデルが目に付いたのはアレックスの装備。訓練のため、剣には木製だが、それでも鎧は金属製。他の騎士と同じため、こちらも訓練用か。

 ただ、他に女性はいない。その中で、男性に交じって、重さのある防具を身にして、それ以上の強さを見せているのは、この人物の(レベル)の高さを示している。

  また、容姿も美しく。先天的な美しさもあるだろうが、庶民にはない後天的な良さもある。それは日焼けであったり、細かい傷であったり、しわであったり、そういったモノが彼女には無縁であるようだった。

「失礼ながら、シャルドネ卿の御息女、アレクサンドラ様ではありませんか」

「知っているのか、ヨー」

 その名前に思わず、アデルも尋ね返してしまう。

「ええ。いずれ、御挨拶と思っていましたので」

 アレクサンドラ・シャルドネ。

 シャルドネ家はフッソ王国側の名家。ただ、アデルにとって別の意味を持つ。〈群狼の足〉の実質的な(あたま)が、このシャルドネ家。元は〈子爵〉であったが、この平穏な時代であっても現当主は〈伯爵〉に上り詰めた。

 そして、アデルも噂には聞いたことがあった。シャルドネ家現当主の三姉妹の話を。

 長女は並の傭兵にも負けない剛毅の持ち主。次女は並の商人では相手にならない、商才を発揮する。三女は姉達のような特質した点はないが、その美しさは社交場では話題が噂となり、目にすることで事実と知るとほどの美貌として語られている。

 ちなみにアレックスはアレクサンドラの短縮形ではあるが、男子名の印象が強い。実際、家族からはアリーで呼ばれている。しかし、男性的な名の響きから、彼女の好んで使っている、通称である。

  目の前にいるのは恐らく、噂通りではあれば、その長女だ。

「貴方は」

  アレックスはヨーに尋ねる。

「ヨー・メリット・エイリアスと申します」

 社交場での経験もあるアレックスでも、その変わった名は聞いた事がなかった。偽名まがいのため、それは当然ではあるが。

 だから、アレックスは嘘くさい名前と感じ取った。

 そして、ヨーとの挨拶が終わったのを見て、アデルはアレックスに対して自身を名乗る。

「失礼、自分は名はアディルと申しますが、アデルの愛称で〈群狼の足〉の一員をさせて頂いています」

「……そう」

 その一言である。

 だが、アデルは気にしてはいない。権力としての(レベル)が違う以上、この反応は自然。

「これで役者が揃ったのかな、賢者ジョージ殿」

「これはアルテ卿、お恥ずかしい所をお見せしましたか」

「いや、いや、気にすることはない。単なる田舎ではこの程度は当たり前ですよ」

 そう、ジョージと語っていたのは、この地を治めるアルテ卿である。

 だが、誰もその姿を見て敬服をしない。今の作業の手を止めることなく、体を動かしている。

 アレックスの態度は偉い違いである。確かにアレックスの方は〈伯爵〉の御息女。

 〈男爵〉であるアルテ卿より、上とは言えなくはない。

 ただ、アデルとて、アルテ卿は先日の学者ライアンのように違った意味で警戒はする必要もなく、気さくな雰囲気になってしまう。

 それでも、彼は権力者である。気さくな態度は、失礼に当たる。気を引き締める。

「さて、今回の迷宮攻略に関して語ろうか」

  ジョージはそう語った。


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