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第1章「巨人殺し-Giant killing-」 壱 逃亡

 アデルは巨大猿から逃げるために山を下りている。


 その際、役に立っているのが手にしている剣である。杖としても使え、いざとなれば地面に突き刺し、減速するのにも便利である。また、この剣は良く切れるため、固い地面であってもすんなりと突き刺さる。


 そもそも、剣として使ったのは今のところ巨大猿に突き出しただけである。


 当然、そんな対応に剣も怒っている。


『扱いが雑じゃない』


 この通りである。そんな剣に対して、アデルの対応も雑である。


「すぐに使ってやる」


 ただ、今のアデルからすれば、この逃走は命がけ。剣の戯れ言に構っている暇などない。使えるモノはできるだけ使い、命のやり取りをしている。そういった意味では剣を戦いの道具として使っている。


 * * *


 さて、この危機的状態はひとまずにして、そもそも、剣がしゃべるのか。この世界ではそれが常識なのか。


 当然、それは違う。


 この剣こそが特別で、この世界で数多くの伝説を残す剣、〈勇敢さをもたらすモノ(ブレイブブリンガー)〉。


 その特徴はまず、しゃべること。そして、剣としての性能に関しては話の中で明らかにしていこう。


 アデルはこの剣と運命的な出会いをして、その伝説の一部を知っている。だが、アデルにとってはドラ子の愛称で呼んでいる存在で、伝説の剣なのに雑な扱いをしている。


 * * *


 巨大猿はアデルを追うが、下手に手を出すことはない。


 体格差で劣る相手でも敵意を見せていること、背は見せても隙は見せないこと、そして、剣を持っていること。


 それらは明らかにこちらを倒す意図があることを示している。


 だから、巨大猿は機会があれば、即時に命は取るだろうが、今は用心をして相手の出方を見ている。


 また、人間の大軍がこの山に潜んでいないことは巨大猿は気配で感じ取っている。


 だから、ゆっくりと機会をうかがえばいい。後方の憂いはないのだから。


 逆にアデルはそんな余裕はない。常に警戒をして、小さい体で山の坂を下りなければならない。いっそ、滑り降りることも考えにあったが、逆に追ってこなくなる可能性もある。


 飽くまで敵対している姿勢で、安定した広場へ誘い込む必要がある。


 そうでなければ、戦闘での優位性は巨大猿にしかなくなる。


 ひとまず、アデルにとって逃げているだけだが、これも戦闘の一環。手の抜ける場面ではない。巨大猿も多少はそれを感じ取っているようだ。だから、不要に手出しはしない。


 そうこうしている内に、ようやく目的の広場へと着いた。


 そこではヨーがゆったりとして、置かれている丸太に座り込んでいる。


 山の中腹で少し開けており、広場となっていた。伐採した木材を置くのにも利用されているのか、丸太も少々置かれている。


 ここなら、高低差はなく戦闘を行う場所には最適である。そうすると、ここはさながら闘技場である。


 とはいえ、巨大猿にとっても、この程度の広場では何も身体的な要素を阻害するわけでもなく、優位不利はあまり存在しない。


 むしろ、体格差でいまだ圧倒的に有利である。


 それでもアデルは逃げから一変、剣を構え、巨大猿と向き合う。


 アデルの頭の中では体格程度の差は関係はない。まだ成長途中の少年の体であっても、自身の倍以上の大きさである巨大猿に引けは取らない、と。


 剣の大きさにしろ、使いやすさから普通より短い。だが、少年の体には十分な長さ。


 だが、アデルにはその長さだけは不利に感じている。もう一方の剣にしろ、これと同じくらいの長さ。だから、この剣の刀身が伸びることを望んだ。


「ドラ子、剣を大きくしろ」


『了解ー』


 剣こと、ドラ子はその問いかけに気軽に答えた。その声はドラ子と呼ばれるだけに女性の声だが、巨大猿には聞こえていない。


 実際、声とはいうが、音の響きではなく精神的なやり取り。そのため、たとえ魔術師であっても、何も知らない状態では聞き取れない。


 また、ドラ子は自身の形をある程度、自由に変えることができる。だから、アデルにこの願いなど簡単なモノである。ただ、変化に対しては体力にしろ魔力などが消費され、装備者に返ってくる。


 願いとは、()()ではいかない。


 剣の刀身はアデルの背丈を超え、持ち手自体も扱いやすくするためにも長くなっている。重さはあまり変化はないが、長くなった分、重さの均衡は通常とは違っている。重さ自体変わらなくとも、扱いづらさは一筋縄ではいかなくなった。


 アデルも今回が初めてではないため、そこらは理解している。


 そして、今、巨大猿相手にはこれで十分だとも。


 巨大猿も剣の変化はもちろん、自身との体格差が剣によって薄まったことに警戒を示す。


 * * *


 さて、少し話に補足させてもらえば、この巨大猿はこの山に元々住んでいたモノではない。故あって、元いた場所を追われて、この山に逃げてきたモノであった。


 今回、アデルがここに来たのも、この山で生活をする住人の噂からであった。


 そして、この巨大猿はアデルよりも長く生きている。


 そのため、人間に剣や槍で退治されそうになったことや、自身よりも巨大な相手と拳を交えることは幾度とあった。


 戦闘に関してはアデルよりも経験豊富で、死線も何度も超えてきている。ただ、獰猛であっても、無謀さもない。獣とは本来、生きることに対しては貪欲で、引き際は心得ている。


 この時点で巨大猿は戦うことに対して消極的となった。


 先ほどまでは単なる人間の子供がちょっかいを出してきたと思っていたが、今は命を取る者と認識している。


 だから、巨大猿は適当に警告を与え、逃げてもらうか、自身が逃げるか考えているのであった。


 * * *


 アデルも噂から、この巨大猿が元からここに住んでいたモノとは思っていない。


 だから、この山の恩恵で生活する住人にとっては、未知なる巨大な存在に恐怖していた。その噂からアデルは退治できるのなら退治を考えていた。


 ただ、問題はいかに相手を油断させ、トドメを刺すかである。


 獣とのやり合いにとって、命を奪う瞬間こそが一番難しく、危険である。獣とは最後の瞬間まで抵抗をするからだ。


 だが、まだ今はそこまでは考えなくてもいい。何も始まっていないからだ。


 だから、アデルは勢いよく前へ出て、大剣となったドラ子を振るう。自分から攻める危険は承知だ。それでも明確に自分が命を奪う者だと巨大猿に認識させないと行けない。


 それがこの戦いの第一歩であるから。


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