第2章「狼退治、承ります」 壱 推測
アデルは家畜小屋で横になっていた。
夕方前には村に着いてから、現状の調査と周りの地形を把握して、現場となった家畜小屋で警戒がてら一夜を過ごすことになった。
アデルは慣れているため、家畜の臭いとて気にならない。むしろ、落ち着くぐらいだ。
ヨーは臭いには気にしていないが、場に馴染まない。
本来、ヨーの衣装は社交場で輝く程度のモノ。それを家畜小屋でも来ているのだ。場には馴染むはずもない。それでも惜しげなく着ているのは、ヨーの価値観が明らかに、浮世離れしているから。
「ところで、他に衣装はないのか」
「なくはないけど、衣装を変えると、いろいろと面倒なのよ」
ヨーはそう答えた。
「どういう理由だ」
気になったので、アデルはその理由を尋ねた。もっとも、ヨーのことだから素直に答えてもらえることは期待していない。
「この世の人間じゃない私には、自分の存在意義は強く意識して反映しておかないと、いけないのよ」
素直に答えてくれたが、アデルには理解できなかった。
「そうか」
ひとまず、悪魔というのは、意外に不便なのかもしれないとアデルは思っておくことにした。
「絶対、理解していないでしょう」
アデルはそのことを認めることなく、話題をそらした。
「それより、どう考える。この小屋で家畜が襲われると思うか」
「話題をそらしたわね。まあ、この小屋なら、狼相手では大丈夫じゃないの」
この家畜小屋は柵や壁で覆われている。それでも基本的には狼の身体能力であれば、家畜小屋へは入り込むほどの隙間は存在する。
ただ、それはすんなり成功できるような場所ではない。また、その場合であっても、家畜は違和感で騒ぎ出し、物音からも誰かが気づくため、被害が出る前や出ても被害は最小限で対処できる。
それでも被害があり、その上、気づかれることがなかった。もはや、脅威的な身体を持った盗賊の仕業になってしまう。
アデルは現状の情報を整理した中で、今回の件をこう推理する。
「恐らく、狼ではない。魔獣、人狼の類いとして考えた方がいいかもな」
つまりはただの獣ではなく、人並みの知識を持つ魔獣がいると考えるのが妥当である。
「少し、面倒ね」
「いや、狼との違いをきっちりと理解していれば、楽かもしれない。森の中で戦う必要がなければ、特に」
アデルはそう語る。ヨーのはその言葉に明るく語る。
「なるほど、今回は炎、雷は有りね」
実際、その可能性は高い。魔獣にとって天敵は自身より強いモノになるため、人間は基本除外され、英雄のみが天敵となる。
そして、今回は人里まで勢力を伸ばしている。
つまり、相手は森という優位性を無視しても、危険を冒さずに済むと考えている。ここは獣であった巨大猿と違う点である。
「取りあえず、耳を澄ませておけ。意外に相手の動きが分かるかもしれないぞ。そうすれば、案外、この警戒は楽なモノだ」
そして、アデルはあくびを一つ。
「私には睡眠は特に必要ないのだけれどね」
ヨーはそう語り、黙って場違いな家畜小屋に居続けることになった。
「"アベル"、起きている」
しばらくしてからヨーは小声で呼びかけてきた。アデルも熟睡はしていなかったが、眠気にはかなり襲われていた。
「……"アディル"だ」
ヨーの定番である訛りに対して、眠気があってもアデルはいつも通り突っ込む。だが、それと同時にアデルはそれまでの眠気を一気に払った。
「どうした、何か気配を感じたのか」
「退屈なのだけれど」
その言葉に一転して、気が緩む。
「まだ、夜は始まったばかりだ」
といって、アデルは立ち上がることなく横になったまま。実際、アデルは感じ取っていた。森が静かだと。
それはヨーも多少なりとも分かっていた。それに相手が魔獣であれば、ヨーの場合は特に察しやすい。魔獣は魔力のある獣である。つまりは魔力を感知すれば、居場所が分かる。
「……今日は出てくるかな」
そう、気配だけを頼るなら出てくることはない。
「もう少し経って、出てこないのなら、大丈夫だろう」
アデルも出てこないことを調査や自身の経験でも裏付けしている。
前回からの発生時刻、そして期間。これが一番、判断材料となる情報だ。聞き込みでは、数日前に森で悲鳴に似た声を聞いているので恐らく獲物を仕留めたのだろう。
狼は食いだめをするため、シカなどの大型動物なら数日ぐらいは食べないで過ごす。
その時刻は夜が更ける前だったと聞く。
そして、森の静けさ。
狼が群れで動けば、何かしらの反応がある。そうなれば、何かが騒ぎ、それに誘われまた騒がしくなる。
静けさは、それがないことを示している。
当然、夜は音を立てない静かに動くモノ達の世界である。狼は獲物次第だが、そこまで静けさだけで生きていけない。
やはり、何かあれば騒がしくなるはず。
とはいえ、現状で完全に油断していいわけではないが。