間章1 交易地フォルテア 道具屋〈マリーの店〉
アデルが次に寄ったのは、行きつけの道具屋だ。ここは高価ではあるが魔法の掛かった道具を多く取り扱っており、回復力の強い薬も取り扱っている。
先の巨大猿のときに使った回復薬もここで購入したモノである。
「いらっしゃい」
そう言って出迎えたのはいつもの店員だった。
ただ、アデルはここには何度か通っているが、この店の主人には会ったことがなかった。以前、そのことを聞くと明確な答えは返ってはこなかった。
ただ、店名の『マリー』が主人の名前であることは聞いて確かめた。
「あら、無事帰ってきたの」
店員は女性で看板娘、おかみさんの間ぐらいといった御婦人だ。
これまた、いろいろと雑談をする仲ではあるが、この店員もどういった人かは分かっていない。ただ、気のいい人で、だからといって値引きしてれるほど優しい人ではない。分かっていることは、これぐらいだ。
「これのおかげで。取りあえず、回復薬入れ」
アデルは空き瓶となった、回復薬入れを渡した。
高価な回復薬において、その入れ物自体もまた高価である。だから、安く抑えるのにも入れ物は返すのがお得である。
それは出来が良い意味だけでなく、効果面からもどうしても高くなっている。単なる薬であれば、入れ物は形状にあったモノであれば、それでいい。たが、高価な回復薬ほどその効果の持続させる必要がある。
すぐ使うのならともかく、日にちによって劣化するため、兵士や冒険者などが緊急時に使う際に劣化していれば使えない。よって、入れ物もまた高価で、高機能なモノになる。
「それですぐに必要」
店員は聞いてくる。
この店はほとんど品を展示しておらず、物を保管しているであろう奥もよく見えない。飽くまで客からの注文に対応する格好である。
「少なくとも、二、三日はおとなしくしているから今すぐは、いらない。と、言いたい所だが、今回、足が出たからな。しばらくは危険度の低い仕事で頑張るよ」
「そう。当面は買えないと。次回の瓶分は価格は引いておいてあげるわ」
そういって店員は紙でそのことを記載しているようであった。
「それよりも聞いたわよ、巨大猿を倒したのだって」
巨大猿を倒したことは、アデルは当事者の村には伝えていないが、とある所には間接的に伝えてある。その点では伝わっていても不思議ではないが、その情報がこの店にまで伝わっている点は驚きである。
「一応、小指は回収したが何かの素材に使えるかな」
アデルは背負い袋とは別にして、小指を布に包んで背負っていた。
何も知らない人が見れば、単なる筒状の物体。
更にアデルの格好は確かに冒険者風であるが、少年であること、一人であることなどを考えると、ただの荷物運びと思われただろう。
ましてや、それが討伐した巨大猿の小指などと誰が思いつくであろう。
「確か、猿の手を呪術的な道具を作れると聞いたことがあったわね」
「材料にしますか」
「うちは呪術は専門外だし、よそに売るにしても危険だからね」
アデルにとっては予想通りの話である。そもそも、巨人の噂から情報を集めていた際に、巨大猿の可能性、対処法、そして、採算性は検討されていた。
「純粋な素材として見ても、単なる骨や皮は使いにくいわね。せめて、巨人ならいろいろと素材にできそうだけれど。どちらにしろ、巨大猿は希少性は低いから、仕方がないね」
巨大猿は決して珍しい魔物ではない。その体から得られる素材は余りなく、肝などを薬に活用されることぐらいだ。それにしても、薬にできる薬師もそう多くない。
そのため、巨大猿は生活に影響がでなければ放置されることが多い。
「まあ、証拠用に持ち帰っただけだし」
「さすがに食べるわけにもいかないわね」
店員は苦笑いをする。
「それでまた、格が下がっているの」
これに関しては、この店でドラ子のことを鑑定してもらった経緯はある。
そのため、【遮断し、討破る】に関する詳細を知っている。その際、名の知れた鑑定士に行ってもらったのだが。
そして、散々やっていることだけに毎度、格が下がっていることはバレている。
「魔法抵抗の道具でも用意しておく。【経験吸引】にも効くか分からないけれど」
「いや、これはこれで役に立っているから今はいいよ」
「そうね」
店員も【遮断し、討破る】の条件を知っているから、格が下がることの利点は分かっている。
ただ、それが必ずしも、利点なのか店員は考えてしまうことである。
今までのアデルの経験は並の冒険者と比べても高い、いや、過酷なモノである。それはドラ子があったからこそだが、もし、仮にその冒険で得た経験が、格が下がることなく維持できていたら。
恐らく、その格は並の英雄と肩を並べるほどに達していただろう。それは【遮断し、討破る】に頼らなくとも、巨大猿など退治できる格。
何しろ、普通の冒険者はこの店の回復薬を頼らない。高価だからもある、だが、そこまで危険を冒さないのが本当だ。
一人前の冒険者は、危険と採算をきっちりと判断できる。
だから、回復力の強く、高価な回復薬など必要としない。
しかし、彼は違う。回復薬頼りで危険を考える。
「……で、それで他に何か入りそうなモノはある。用意しておくけれど」
店員はいろいろと考えていたが、アデルの顔を見ているとそこまでは言えなかった。
彼は何も考えていない、ただ年相応な少年。それなのに、その経験は並の冒険者なら自ら剣を折るような過酷なモノ。それでも、この顔。どうであれ、不満などないのだ。
「取りあえず、〈群狼の足〉の方に顔を出して、情報を集めてからにするよ」
「そう、まあ生きている間は、おまけぐらいは付けてあげるわよ」
そういって、店員はアデルを見送った。そして、生きている間はせめて、少しでも支えねば、と思った。
余談となりますが、RPGの『完全回復薬』の使い所て悩みますね。
多少の危険を許容して、『完全回復薬』を活用するのが、プレイヤーとしての実力なのかもしれない。
でも、自分は安定を取ってレベル上げを優先しますが。
今回というか、今後もアデルの行動理念はここにあります。