第1章「巨人殺し-Giant killing-」 序 発端
アデルは山を下りながら、逃げていた。
逃げている相手は素早い。だが、相手もただ山をまっすぐ下りるような危険な真似はしない。
だから、アデルもまた無理はしない。ただ、相手からの攻撃にのみ注意しながら、安定した足場を見て、足を置き、下りていく。
しかし、聞いていた相手は巨人だったが、実際、それは間違いで本当は巨大猿。
巨人も巨大猿、実際に見ていない噂の話以上、わずかな痕跡だけではこの間違いに気付けるはずもない。巨人も巨大猿も大きく、ほぼ同じ姿なのだから。
ただ、巨人は伝説的な存在。まず、いないと思うのが普通。
そのため、アデルも間違いには大きな問題もなかった。
とはいえ、この山という領域では猿にとって大きな優位性を持つ。立ち向かうには巨人よりたちが悪い。
それが今の状態である。
* * *
さて、話を少しだけ戻そう。
アデルは魔物退治を主とした傭兵まがいの仕事をしている。その歳は傭兵を名乗るには少し足りない。ただ、時と場合によっては少し遅い。
アデルはそれほどの少年だ。
正確な歳はアデル自身も知らない。元からアデル以外の名はない。つまり、アデルはそういう出の人間である。
今はなき小さな村で、姓を持たない庶民。両親は魔物に殺された。その事実はアデルが大きくなって聞いて知ったほど、昔の話。
ただ、そんな少年が魔物、今回は巨人と聞いてやってきた巨大猿退治ができるのか。
多少は無理はしているが、ただ、命を投げ捨てるほど無謀な行動、計画ではない。
少年であっても、ちゃんと対策はしている。巨人、いや、実際は巨大猿だったが、これに対する切り札もある。だが、この段階では逃げている。
* * *
「と、まあ。この巨大な猿相手にどう対応する訳」
小声で尋ねてくる少女、いや、声や姿は少女なのだが、何か違和感を抱く。アデルはそこに関しては慣れたモノなので気にしてはいない。
彼女が本当は少女でないことは分かっているからだ。
「ヨー。取りあえず、先に下りてさっきの広場に行ってくれないか」
アデルもまた小声で答える。距離があるとはいえ、視界には巨大猿がいるから、不用意に大声は出せない。
それでも、向こうもこちらの気配は感じているはず。ただ、自分よりも小さく、危害の少ないと判断されているから、気にされていないのだろう。
空腹時なら、それは別の意味で襲いかかっていただろうが。
「なるほど、坂で戦うわけでなくて広場に誘い込むわけね。それで作戦は」
「……正々堂々と戦う」
アデルはそう答える。つまり、これといった策はない。
「まったく、"アベル"。また、切り札だけで勝負する気」
「"アディル"だ」
一応、アデルの名は正確な発音では"アディル"。この彼女はなぜか"アベル"と呼んでいる。独自な訛りのせいだと彼女は言って、惚けているが。
ヨー・メリット・エイリアス。これが彼女の名、いや恐らく偽名だ。そうでなければ、仮の名。
恐らく、彼女の正体は悪魔。この世あらざるモノだと、アデルはこれまでの経験で感じ取っていた。
「奴がこちらを気にしだした。ヨー、取りあえず広場へ」
巨大猿は小声でやり取りしていたとはいえ、騒がしくなったこちらに視線を合わせてくる。
「了解。後、貴方が言った通り、支援できるのは『氷』だけだからね」
そういって、ヨーはその場から離れていく。
「ああ、分かっている」
巨大猿は完全にこちらを標準に入れている。アデルにしてみれば、元より噂を頼りに討伐に来た身。初めから、標準に入っている。
アデルは腰に身に付けていた、二本の剣の内、一本を取り出すと巨大猿へと突き出す。
「ちょっと獲物は違うが……さあ、巨人退治だ」
* * *
そして、話は冒頭に戻る。
ここはよくある、剣と魔法のファンタジー世界。この山の中で、巨大猿に追われている所から物語は始まる。
ただ本来なら、アデルとヨーの出会い。そして、もう一人のヒロイン、ドラ子との出会いは既に終わっている所からのスタートであるが、その話もいずれすることとなろう。
ともあれ、この物語は英雄を夢見た少年、アデルと、目的は分からないが謎の女悪魔、ヨー・メリット・エイリアス。もう一人、いや、一体、ドラ子こと、〈勇敢さをもたらすモノ〉が巻き起こす冒険譚。
彼らの冒険がこの物語の主題である。