事件は突然に
久しぶりの更新です。
これからものんびり更新していこうと思っております。
外で雪が舞っている。既に地面は真っ白に覆われており、庭木にも雪がこんもりと積もっている。これでも風が少ない分、穏やかな天気と言える。弘城の冬は厳しいのだ。
その日、宋詩安は敦親王府の使用人に払う俸禄を計算していた。側には火鉢が置かれていて、赤く燃えた炭がパチパチと音を立てている。
あらかたまとめ終わったところで、近くにいた侍女に妙芳を呼びに行かせた。湯依依の代わりの使用人を雇い入れるためだ。以前、妙芳の親戚に奉公先を探している娘がいると聞いていたため、特に問題が無ければその娘に厨房で働いてもらおうと考えていた。
ひんやりとした風が頬をかすめる。妙芳がやって来たようだ。
「お呼びでございますか」
「ええ、厨房の新しい使用人のことなんだけれど、誰か推薦してもらえないかと思ってね。ほら、仕事を探している親戚がいるって言っていたでしょう?」
「あの娘はそそっかしいものですから親王府の仕事が勤まるかどうかわかりません。やる気はあるのですが・・・・・・」
やる気がある娘であれば、厨房の長は喜んで教え込むであろう。ついこの前洗濯局に入ったばかりの新入りを大変可愛がっている。直属の部下でなくても元気な新人が好みのようだから。
宋詩安は緩く笑んで言った。
「どんな新人でも、仕事をできるように教えるのが上司の務めだわ。それができないようじゃ、それこそ皇太子府の使用人として失格よ」
妙芳は深く頷き、確かに、と呟いた。
そのとき、丁夫人の侍女・薫頌が血相を変えて走り込んできた。勢いよく扉を開けたために雪が殿の中に舞った。
人一倍作法に厳しい妙芳でさえはしたないと嗜める間もなく、薫頌は一気にまくし立てた。
「申し上げます!丁夫人が倒れられました!」
今朝、挨拶に来たときは、体調が悪そうには見えなかったし、特に変わった様子もなかったはずだ。いつもと同じように葉夫人と火花を散らしていたのだから。
「・・・・・・なんですって?さっきまで元気そうだったじゃないの」
薫頌が言うには、丁夫人は1刻ほど前に頭が痛いと言い出して休んでいたが、しばらくして侍女たちが様子を見に行くと真っ青な顔で倒れていたそうだ。今は親王府に常駐している金医官が診察をしているらしい。
症状からはただの貧血のようにも見えるが、丁夫人はこれまでほとんどと言っていいほど体調を崩したことはない。
なにかがおかしい――そう感じ、采妙に皇太子への伝達を任せ、自身は妙芳と謹妙を連れて秋殿へと向かった。
秋殿の寝殿へ入ると、唐宮人が葉夫人を責め立てていた。葉夫人が責められて黙っているはずもなく、言い争いに発展していた2人は、宋詩安が入ってくることに気づかなかった。宋詩安は一喝した。
「丁夫人が倒れたというのに、そなたたちは何を騒いでいるの!」
入り口の方を向いていた唐宮人は宋詩安の姿を認めると、はっとして礼をとったが、葉夫人は狼狽していた。宋詩安には、葉夫人が何を気にしているのかわからなかったが、丁夫人の容体を確認することが先だと思い直し、金医官に尋ねた。
「丁夫人の様子は?」
金医官は白くて長い口ひげを蓄えた大男である。赤い服を着てトナカイが引くソリに乗れば、まるでサンタクロースのように見えることだろう。
金医官は、自慢のひげを撫で付けながら、丁夫人が倒れたのは毒を摂取したためであろうと告げた。症状から曼荼羅華という毒だという。
それを聞いた瞬間、唐宮人がわっと泣き出した。
「きっと葉夫人が仕組んだのです!半刻ほど前に見舞いにいらしたとき、薬湯を持っていらしたではありませんか!」
ここまで言われて黙っている葉夫人ではない。真っ赤な顔をして言い返す。
「それは、頭痛を解消するために煎じたものですわ!私が善意で用意したものを毒だなんて・・・・・・恥を知りなさい!」
丁夫人の侍女・薫茶は、丁夫人の寝台の横から、薬湯が入っていたであろうお椀を持ってきて、宋詩安に差し出した。
「ここに入っていた薬湯が毒かどうか、私にはわかりかねますが・・・・・・。丁夫人は、この薬湯を飲まれたようです」
薫茶の言うとおり、薬湯は飲み干されていたが、お椀の底には沈殿が残っていた。これを調べれば、すぐに薬か毒かわかるだろう。
念のため、医官に沈殿を調べるように命じた。それに加え、秋殿の調度品からここ数日口にした食べ物に至るまで、丁夫人が触れたもの・口にしたものは全て毒が含まれていないか確認することとした。
丁夫人の侍女たちと唐宮人は葉夫人を睨み続ける。犯人は葉夫人しかありえないと言っているようだ。
しかし、わざわざ持参した薬湯に毒を仕込む人間などいるのだろうか?犯人は自分だと言っているようなものではないか。宋詩安には、葉夫人がそこまでの馬鹿には思えなかった。
そうであれば、葉夫人を貶める陰謀が動いている可能性もある。陰謀は芽吹く前に摘み取ってしまうのがよい。真犯人を炙り出すため、一計を投じることにした。
「夏殿を調べましょう。湯宮人にもここに来るよう伝えなさい」
「王妃さま!私をお疑いですの?」
「そうとは言っていないわ。むしろ、曼荼羅華の痕跡が出てこなければ、貴女の潔白を証明できるのだから。身に覚えがないのであれば、堂々としていなさい」