主人公は誰か
そこからの攻防はまさに熾烈を極めるものとなった。客観的に見て重症、足を動かすことさえ困難な状態にも関わらずカナタは攻撃の手を緩めない。応じるようにエリックもまた今にも枯れ果ててしまいそうな魔力を絞り出し、それに応戦。
もはやエリックの能力などカナタにとって何の脅威ともなり得ないのか自身の行動が無に帰されたとて構わず、その巨大な剣と誰が何のために何を思ってか、必ず動作不良を起こさぬよう整備され銃弾をフルセットした状態で貸し出される現代の武器を手に、時折槍や爆弾ナイフなど様々な武器を出し入れしながら四方を飛び回った。
狂人染みた薄い笑みを貼り付けて飛び交うカナタの身体からは一挙一動の度に血が飛沫となり、宙を紅く染め上げる。
「な、なんなんだよもうっ!!」
子供が泣き噦る様子にも似た懐疑と悲痛、焦りの声を上げてカナタから逃げ惑うように距離を取るエリック。
そういつしか攻防は逆転していた。
それもそのはず。エリックの魔族、いや魔女を相手にしても引けを取らないもしやそれ以上とも言える魔力、魔法技術、そして事象をなかったことにする能力を持ってしてもカナタは倒れなかった。
不死身、屍人の如く肉を焼かれようが風刃に身を切り裂かれようが雷撃を身に浴びようが何度だって立ち上がってくる。
ピシッ!
と、分厚いガラスに破られたような嫌な音が鳴るのをエリックの耳が捉えた。
脆弱で貧弱だと自信が称した拳銃から発せられた鉛玉がエリックの強固な魔法壁にヒビを入れた音だ。
立ち所にエリックの顔が青ざめていく。
ーー死ぬのは嫌だ。自分は何度だってあの能力、奪った神の能力があれば生き返ることができる。
だが、繰り返す転生の中でエリックが穏やかな死を以ってその身体に終わりを迎えたことなど一度だってない。リドニアの時のように自身の死が野望の糧となると思い自ら死を選んだ事もあったが、今回に限っては単なる無駄死。むしろ、野望を隔たる大きな壁が敗北を期に出来てしまう可能性さえある。
そしてやはり一番は激痛。内臓が逆流してしまいそうな程の強烈な吐気、全てを投げ出したくなる絶望、身を凍らせる恐怖の真髄を味わうかの様な痛みこそ最も避けたいものだ。
この世界に来てから何度も転生を繰り返した。その度に教養、学問、文字、文化、魔法その全てを身に付けてきた。だが、痛みだけはどうしても慣れない。あれだけは避けるべきだと脳が身体が全神経が拒絶する。
過去の死を思い出し、エリックの額にじわりと脂汗が滲み出た。
「どうした? 体調が優れないなら帰って寝たほうがいいぜ?」
カナタの剣戟がまたエリックの魔法壁のヒビを広げる。
ーーなのになぜ、どうしてこいつはこんなにも傷だらけになり、死さえも恐れず立ち向かってこれる。なんで立ち上がる!? どうしてなんでなぜわからない!!
「うるさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃッ!!!!!」
咆哮と共にエリックの全身から暴風が巻き起こる。
間近にいたカナタはその身を巻かれ、錐揉みしながら吹き飛ぶと壁に勢いよくぶつかった。壁に大きなヒビを入れ、崩れ落ちる内壁。糸の切れた人形の様に力無く一度は地に伏すが、降り積もる瓦礫の山を退かしてカナタはまた歯を食いしばりゆっくりと立ち上がる。
まさか本当にあのふざけた3つの理由がカナタを奮い立たせているとは思えない。
「そんな馬鹿げた理由で人が痛みを、死を乗り越えられるものか。あいつに一体何が起きている。何かまだ隠し球があるって言うのか? あいつも僕と同じように神に選ばれし者だって言うのか? そんなの絶対あり得ない!!」
「あり得ないことなんてこの世にはねーんだよ。その気になりゃ宝くじだって当たるし、社長にだってなれる。その証拠にあり得ないあり得ないと思っていた物がこの世界には溢れてるじゃねーか」
「黙れッ! 君はこの物語の主人公じゃないんだ! この僕がッ! 僕こそがッ! この世界、この物語の主人公なんだッ!!」
「はっはー、そりゃいい。絶対その本は買わないけどな。お前が主人公の本を読むぐらいなら4流映画を1年間ぶっ通しで見てた方がずっとマシだぜ」
言うや否や飛び出したカナタ。全身全力で最速、影さえ捉えることのできないスピードでエリックに飛び掛かりその巨大な剣を振り下ろす。
轟音を響かせてエリックの防御壁にぶつかったそれは見る見るうちにヒビを広げ、砕いた。
バラバラと半透明の結晶が宙に散らばる。キラキラと光るそれに反射して互いの顔が映り込む。
「終演だぜ、自称主人公さん?」
時が止まったようなその刹那の瞬間、トドメの一撃をと剣を切り払ったカナタが捉えたのは不気味なほど口を吊り上げて笑うエリックの顔だった。
「ーーッ!!?」
ドクドクと泉のように湧き出る赤い液体。腹からじんわりとその染みを広げ、カナタの腹部を赤く紅く染め上げていく。
深々と飲み込まれたように突き刺さり、残った物は小さなナイフ。果物ナイフぐらいの軽く、短い小さなナイフが柄を残し、カナタの腹部に沈んでいた。
足の力が無意識に抜けて行く。どうやら血を流し過ぎたらしい。今度こそ、膝から崩れ落ちたカナタはそのまま天を仰ぐように、ゆっくりとゆっくりと冷たい床に身体を落とした。
「……ヒッ……ヒヒッ……ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ! ばぁ〜〜〜〜〜〜っかっ!! 何が終演だ、格好つけてんじゃねーよクズっ!!」
生暖かい血に濡れた手を醜悪に舐めるとエリックは地に倒れるカナタの身体を蹴りつけた。
最後の最後でエリックの命を助けたのは能力や魔法ではなく、あれ程まで馬鹿にしていた劔。大小はあれど紛う事なき剣である。アルドレオに厳しく享受され、くだらないと鼻で笑った物。その忌々しき怒りをぶつけるように何度も何度もカナタを蹴りつける。
使える魔力はほぼ無に等しい。早急に休息を取り、回復に努めなくてはならない。
唾をカナタに吐き捨てて、覚束ない足取りでその場を離れようとしたエリックだったが、動くよりも早く押し殺したような笑い声を漏らすカナタの顔が目に入った。
「何がおかしい! さっさとくたばれよ雑魚ォ!!」
「…教えてやるよ。お前はこの物語の主人公じゃねぇ。…勿論、俺もな」
重たく鋭い衝撃が身体を突き抜けた気がした。
明滅する視界、全身が鉛のように重くなり、呼吸が荒れる。
自身の胸から突如生えた鋼の刀身を震える手で掴み、撫でる。
……痛い。
……熱い。
………………………寒い……………。




