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七色の流星群


「う〜む…これは困ったのぅ…」


 未だ意識を取り戻さないカインとファレンを残し、カナタの後を追っていったエルザ、ブドーリオ、ユースティア、メルクリアの4人。林の木陰、木の根元にカインを横たえて戦線をはなれた面々であったが、小さな身体ながら堂々たる立ち姿でアルトリア、ヨハンネス両軍の交戦を眺めていたリリスは渋い顔で首を捻った。


「え〜っと…バッチリ目が合っちゃいましたね」


「おまけに目を血走らせてこっちに向かってくるわぁ」


 カインとファレンの守護役と名目で置いていかれた、いやそもそもこの戦いに参加できない確たる理由がある魔族側の面々は突如、目の前のヨハンネス軍との交戦をぴたりと止め、こちらに地を揺らし砂埃を上げて駆けてくるアルトリアの大軍を目の前に呑気に話し込んでいる。


「意識の錯乱、う〜ん…どっちかっていうとかけられていた幻覚が暴走してるって感じかもしれないです。きっと術者がなんらかの形でコントロールが難しい状況になってしまい、指示系統が乱れてしまったのが原因じゃないかと」


「あらぁ、一目見てわかるなんてリアナちゃんったらさすが幻惑魔法のスペシャリストだわぁ」


「えっへん! わたしだって魔女の端くれですからね!」


 誇らしげに胸を張るリアナだが、その間にも大軍は押し迫り、一本の弓矢がファレンの髪を掠め木に突き刺さった。ビィンと小刻みに振動し、顔面ギリギリに突き刺さったそれを恐る恐る見つめて、ファレンの顔が一気に青ざめていく。


「ちょ、ちょっと! なに呑気に話なんてしちゃってるのよ! あんたら魔女なんでしょ! なんとかしなさいよ!!」


 事もなげに3人は振り返り、三者一様に顔を見合わせてやれやれと首を振る。


「そうよぉ〜魔女よぉ〜」


「うん、魔女なんだけどね」


「妾は魔女ではないが…」


「何でもいいから早く! あたしら全員殺されちゃうわよ!」


 無意識にカインの頭を抱きしめて、悲鳴にも似た怒号を上げるファレンだったが、尚も3人は動かずその場に立ち尽くしてすぐ側までいよいよ迫ってきた大軍をぼーっと眺めた。


「魔女、いや魔族だから手が出せんのじゃ」


「そうよぉ、魔族国の代表でもある私たちがこの戦争に参加、ましてや和平条約を結んでいるアルトリア側の兵を相手取るなんてねぇ〜」


「非常な差別を耐えているみんなに顔向けができないよ」


 心底悩ましげにため息を吐いた3人に飛びかかる無数の矢、魔法弾。それを容易くリリスは手を振り払うと形も残らず、霧散する。

 魔族国の長たるリリスは魔族の中でも類い稀なる力を持つ魔女さえも遥かに凌駕する圧倒的な力を持っている。だが、それも使えないのであれば何の役にも立たない。できることと言えば、こうやって相手の攻撃を相殺させ、身を守る事のみ。

 10万という兵を相手に戦ったことはないが、攻め手に出るよりもこうやって逐一、相手側の攻撃を防御することに徹する方がしんどいに決まっている。何せ、どれだけ攻撃を防ごうが相手の数は減らないのだから。

 10年前の戦争を除けば、比較的平和的な魔族国オルテア。だが、力を持つリリスとて戦いに全くの無関心というわけではない。むしろ、暴れたがりや。その性格が災いしてかつて憤怒の魔女と呼ばれたエレオノーラという極めて好戦的な魔女を生み出してしまったのだから。


「むぅ…」


 次々と降りかかる攻撃を防ぎながらリリスは必死にウズウズと落ち着かない身体を、高鳴る鼓動を抑えようとしていた。

 前面をリリス、左右をベアトリスクとリアナがという布陣を取って退屈そうに防ぎ手に回っていた3人だったが、不意にベアトリスクが後ろ手にリリスの落ち着かない顔を見て困ったように微笑んだ。そして、




「あらやだわぁ〜目に砂が入っちゃったみたい。これじゃあ何が起こっているのか目が痛くて見えないわぁ」




 三文芝居にも程がある口調でわざとらしく目を擦るベアトリスクの意図をすぐさま察したのはリアナ。




「わ、わぁ! わ、わたしも何だか急に眠気が〜ふわぁ〜」




 負けじと一流敏腕監督にさえ匙を投げられてしまいそうな酷い演技で明らかに「ふわぁ〜」と喋りながら目をぎゅっと瞑ったリアナの言葉にリリスは目をキラキラと輝かせて悪戯っ子のように歯を見せてキシシっと笑う。

 後、数ミリ。リリスの目の前まで辿り着いた先頭の兵士の振り下ろした剣がその頭を真っ二つ両断しかけたその時に、



「殺しちゃダメよぉ」



 ベアトリスクの艶やかな声を残し、辺りを真っ白な光が包む。

 吹き飛ぶ大軍の兵士たち。地に深く根を張った木々さえもその身を暴風に揺らし、耐えきれず大空へと飛んでいく。瞬時にファレンとカインの前に立ち、防壁を張ったベアトリスクとリアナさえも喰いしばるように口を結び、その場に立っていることが精一杯といった感じ。

 辺り一面を更地と化した突如巻き起こった爆発。不思議なことに火の手などといった物は上がっていない。純粋なる爆発。火炎さえ必要としない圧倒的な暴風。数キロ先まで吹き飛んだ大軍が体勢を崩し、地に乱雑に倒れこむ中、その爆発の中央に残されていたリリスは真っ黒な髪をたなびかせ、ニィッと子供のように口を吊り上げた。


「オル、ケーア、ドマ、ニーズ、フィル、エルオールーー」


 そして、深く闇の底に沈むように小さくゆっくりと詠唱を紡ぎ出す。

 聞いた事もない言語。リアナとベアトリスクはお互いに目配せをして短く頷き、リリスの元へと駆け寄った。

 魔法に寵愛を受ける種族である魔族において魔法を扱うのに詠唱は必要としない。その魔族、何百年という時を過ごしてきた魔族の長たるリリスが初めて見せる詠唱姿。小さな少女から紡ぎ、詠い出される未知、未聞の言葉。その姿を神秘的な程美しく、可憐でいて力強い。神の降臨を目にするような息を飲むリリスの姿。近付くことでその周囲は得体の知れない圧迫感が漂っている事がわかる。


 確信。これはリリスの『とっておき』に違いない。


 あの暴風を間近、まともに受け折れた腕、足を壊れたからくり人形のように動かしながら尚もこちらに牙を立てる気か、不気味に近づくアルトリア軍勢。

 乱れたはずの連絡系統が復活したか、はたまた本能的にリリスが危険だと察知し、生にしがみつくための行動か。大軍が揃って負けじと魔法の詠唱を始める。


「あらぁ、私が『強欲』だって忘れてるんじゃないのぉ?」


 詠唱中のリリスの邪魔をさせまいとサッと前に立ち出でてベアトリスクは真っ赤な舌で唇をペロリと舐めた。

 その瞬間、ベアトリスクを中心とした周囲数キロをまるで生暖かい血の中に身を沈めたような、または何か巨大な生物の口内で転がされているような不快な感覚が包む。途端に消沈したように身体を崩す大軍の兵士たち。皆が皆、詠唱中に練っていた魔力をまるで霧と化してしまったかのように失くしてしまったのだ。


「ごちそうさまぁ〜美味しかったわぁ」


 そう強欲の魔女、ベアトリスクの前において魔法使いは無力。

 すべてはその強欲故に彼女のテリトリーに入った者の練った魔力を奪われてしまう。


 魔法を扱う者の無力化はできた。しかし、そうでない者はその手に武器を握り、猛然と突進してくる。


「へっへっ〜ならならこの『悦楽』の魔女リアナちゃんの実力を見せちゃおっかなっ! あっ、ファレンちゃんたちも気をつけてねっ!」


 その兵たちが自身の能力が及ぶテリトリー内に入ったことを確認し、リアナは手のひらを天にかざす。

 色あざやかで地平線まで続くような花畑の中にいる気分。これがまさに天にも登る気持ちか、とファレンは思った。


「いい夢見てねっ!」


 気を確かに持っていなければ、今にもその身を任せ、悦楽の楽園に溺れてしてしまいそうな。自身の腿を力一杯抓りながらファレンはそれに耐える。

 痛みと誘惑に耐えながらファレンの眺めるその先で見る見るうちによだれを垂らし、幸せそうな顔をして地面に眠りこけていく兵士。きっと彼らはリアナの創り出した幻覚の世界、悦楽の世界へとその身を沈めてしまったのだろう。





「ふぃ〜待たせたの、大義じゃったお主ら」





 並び立つ2人の間を割って、リリスは壊滅状態にある大軍の前に静かに歩み出た。

 そして、かざした手を虚空から斜めに振り下ろす。

 リリスのその動作と共に漆黒の闇夜に七色の光の帯が浮き上がった。

 小さく光る星を纏い、幻想的に揺れるオーロラ。一間の余韻を残し、その優美な帯を切り裂いて幾千、幾万もの七色に光る短剣が上空からアルトリアの大軍に向けて降り注ぐ。

 流星群に近しいその様に皆が見惚れ、目を奪われる中、その短剣は無情にも兵士たちを次々と貫いていった。

 見るからに大量虐殺。天から流れ落ちる短剣は怒涛の勢いで兵士たちを地に伏していくが、殺してはいない。

 リリスさえ自分以外に使える者を知らない火水土風の基本4属性、光闇の特異属性。それらにも属さない忘れられた魔法。言うならば、『無属性』の魔法。

 名前さえつけられていないリリスの放った魔法は大量の魔力を消費するものの、広範囲にかけてその属性通り、短剣に貫かれた者のかけられた魔法の一切を消し去り、一時的に一切の身動きが取れなくなるというもの。


「かーかっかっかっかっ! どうじゃ、これが妾の実力じゃ!!」


 子供のように無邪気に高笑いをするリリスの背を見て、ファレンは目を何度も瞬かせ独り言のように呟いた。


「ほ、本当にこの魔族に人類種は戦争をして勝ったの…?」


 荒れ果てた土地。ヨハンネス軍さえ巻き添えにして、リリス達以外その場に立っているものがいない広大な草原に夜の冷たい風が吹きすさぶ。

 ファレンのその言葉に3人はまた顔を見合わせて微笑みを浮かべた後、口を揃えてこう言った。


 人類種に負けたのではない、カナタとエルザに負けたのだ、と。




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