デバッグ
「……バグ?」
「そうさバグさ! 僕はいずれこの世界を掌握し、あの腐った世界を滅ぼす神に選ばれた存在! 君は僕が試験的に開いた異世界を繋げる門に偶然迷い込んだ一般人に過ぎないのさ! そう君は神に選ばれてなどいない! 僕こそが神に選ばれし、この世界の主人公なのさ!!」
エリックは度重なる転生の中でエルフに生まれたこともあり、その時に得た古代魔法の知識が自分が元いた世界を滅ぼすという邪悪な考えが頭によぎってしまう原因となった。
その野望の過程に偶然にも巻き込まれてしまったのがカナタであった。
だが、気がかりな点もある。
「なら、なんで俺はこんな力を得た? 魔法こそ使えねーが、おいそれと負ける気がしねー圧倒的な怪力を」
「だからバグだって言ってるだろ? ゲームにもあった道具の7番目でセレクトBBでレベルマックスになるみたいな製作者も意図していないバグさ。きっと君も異世界の門を通る際にそんな僕の意図しないバグが、偶然にも働いてしまったんだろうね。これには僕も困ったよ」
「それでわざわざそのバグをお前が処理するために俺を誘き寄せたってわけか」
「当然だろ? バグは製作者が跡形もなく修正するものさ。意図したバグならまだしも君みたいな意図しないバグには早く消えてもらわないと。大変だったんだよ? 城内のみんなを眠らせて君が名前も知らない雑魚兵にやられないようにここまで来させるのはさ。……まぁ、そのせいで変な奴も一緒に誘い込まれちゃったわけだけど」
そう言ってエリックは四肢を切り落とされ血の海に眠るアルドレオとボロボロになり、壁を背に倒れたヨハンネスをつまらなそうに眺めた。
「はっ、馬鹿だなお前。自分の手を汚さずバグである俺を殺した方がずっと楽だろう」
「はぁ…わかってないなぁ。それじゃ意味がないんだよ。これは僕のエゴ。自分が蒔いた不吉の種は自分で処理しないとさ、気が済まないんだよ」
エリックの指先に浮かぶ火球がみるみるうちに巨大化し、灼熱の炎を帯びてカナタに向けて放たれる。
威力は凶悪、大きさはカナタを簡単に呑み込んでしまうであろう巨大。だが、スピード自体はそう速くはない。
迫り来る灼熱の太陽の如く火球をカナタは地面を蹴り、真横に跳躍してそれをひらりと躱してみせた。
「ーーぐッ!!?」
はずだった。
気付けば身体は全身を焼き尽くすような炎に包まれ、肺が高熱の空気を取り込み意図せず声が漏れ出でる。
ぢりぢりと皮膚を焼く音が火球の上げる轟音の中で微かに聞こえ、敵を視認する瞳が燃え痛み、カナタは思わず瞼を閉じて闇雲にその場を脱しようと床を大きく蹴りつける。
だが、平衡感覚さえまともに保てず、敷かれたカーペットの上でカナタは無様に転げた。
「あははははははははは!!! かっこわる〜い!」
エリックの甲高い声が痛む身体にズキズキと響く。
ここに来て10年。
大事に大事に着てきた一張羅であるモスグリーンのロングコートはボロボロに焼け焦げ、皮膚は赤みを帯びて絶叫したくなるような痛みを起こす。
タンパク質の焼けて漂う不快な臭いが追い討ちをかけるようにカナタに襲いかかった。
「へぇ〜あっちの世界の身体なのに魔力の加護は人並み以上にあるみたいだね」
全身を焦がし、痛々しい火傷が所々に見られるが確かにカナタはあの万物を黒炭にせん業火を真正面から浴びたにしては軽傷に見える。
一重にそれもエリックの言うバグ。
カナタに怪力を授けた莫大な潜在魔力、そして身体を護る恒常魔力のおかげなのだろう。
しかし、それはあの業火を受けたにしてはということに過ぎない。
カナタが大きな負傷を受けたことに変わりはなかった。
「……てめぇ」
膝をつきながらもメルクリア特製の愛刀。名もない黒銀の大剣を杖代わりによろよろと立ち上がったカナタは焼けた喉からなんとか声を絞り出し、愉快そうに手を叩いて笑うエリックを睨みつける。
「大丈夫? 1人で立てる? 手を貸そうか? な〜んて、こういう安い挑発は君の専売特許だっけ?」
無論、手など貸すつもりもない。
玉座に深々と座ったエリックはやる気なく手を伸ばしてカナタを見下ろした。
「う〜ん、存外君も大したことないね。この世界の住人は僕に敵う奴なんていない、いるとしたら同じ世界から来た君だけだ〜なんて思ってたんだけど。そう、言ってしまえば僕の物語のラスボスみたいな? でもラスボスにしてはちょ〜っと弱すぎるかなぁ。ちょっとした興味本位で見たカンタレス物語の英雄カンタレスのモデルとなったカナタくんにはほんの少しだけ。ほんのほんのすこ〜しだけ期待してたんだけどさ」
ようやく己の2本の足で立ち、大きく熱い息を吐き出したカナタは不機嫌そうに身体中についた煤を払い、焼け焦げた前髪を不機嫌そうに指先で摘んで小さなため息をついた。
「馬鹿野郎。ハゲたらどうする? うちにハゲは1人でいいんだよ。キャラも被るし、からかえなくなるだろーが」
大剣をフッと虚空に消すとカナタは舌打ちをして目を細めた。




