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玉座に招かれて

 城下を血塗れのまま闊歩し、街行く人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 それさえも気にせず、カナタは一直線に王城を目指した。

 不思議なことに戦時中でありながら桟橋は降りたままだ。ヨハンネスの極少数の軍など恐るるに足らずと言うことか、もしくは国に対して1人戦おうとしているカナタのような命知らずを誘い込もうとしているのか。


「…妙だな」


 人目を避けるのを面倒がり、城下町を歩いていた時から悲鳴や騒ぎを聞きつけた兵が駆けつけてくるのは覚悟していた。

 しかし、城を閉ざす堅牢な門さえもあけ広げられ、門兵さえ立っていない状況を見たカナタもさすがに足を止めざる得ない。


「ふむ…罠か、とんでもない自信家か。まぁ、どちらにせよ選択肢はないわけだがな」


 聳え立つ城を見上げ、カナタは薄い笑みを浮かべた後、臆すこともなく確かな足取りで城内へと足を踏み入れた。


「隠れんぼか? 子供が考えそうなことだ」


 壁に立てかけられた燭台にぽつぽつと火を灯された薄暗い城内。巨大な階段を照らすはずの天井に吊られたシャンデリアにも灯りはなく、風のないはずの城内でキィっと不気味に揺れ動いている。

 幅広く長い階段を上り終えると広がるのは最上階まで吹き抜けとなったホール。やはり、そこにも僅かな灯りがまばらにあるだけでとても人が歩くような環境ではない。

 日は暮れたが、まだ太陽が落ちてからそう時間は経っていない。

 いくらヨハンネス軍を舐めていたとしても城内の全員が就寝に至るには早過ぎる。加えてここは城内で最も人が行き来するであろうメインホールであり、吹き抜けにもなっている。1人ぐらい使用人や見張りの兵が歩く姿を見てもおかしくはないはずだ。

 にも関わらず、まるでいばら姫が眠る朽ちた廃城の如く静まり返った城内。天井や壁の壁画は誕生の女神リーファの伝説が色鮮やかに描かれているが、それも薄暗い城内と僅かな灯りのせいで不気味に照らし出され、人の不安感煽るような感じがする。


「ヨハンに先を越されて全員皆殺しにされたか?」


 軽口を叩きながら進める足に迷いなどない。

 10年前の戦争、魔族との和平交渉。表沙汰にはなっていないが、かつてパトリシアと協力し今の世に結びつけた立役者であるカナタ。城の内部が早々変わるはずもない。

 敵をわざと誘い込むような自身に溢れる態度からエリックがどこで自分を待っているかなど容易に想像がついた。


「まだ戴冠式もしてねーのにもう王様気分っての気が早すぎるんじゃねーか?」


 ここまで来れば急いだって何の意味もない。

 不気味にも冷たい風がカナタの頬を撫でる。魔力感度に疎いカナタでさえ気付く不快でネットリと身体にまとわりつくような魔力の気配。

 目指す玉座の間に向けて階段を上る中でようやくこの静けさの正体を目にする。


「寝てる…催眠魔法か失神? 息はあるが……」


 階段の中腹で静かな寝息を立てる2人の兵士を軽く蹴り転がし、カナタは天を仰ぐ。


「そう簡単には起きそうにないな」


 その光景は玉座の間に近づくにつれて多くなり、最後の階段、そして扉の前には幾人もの兵士達が山のように積み重なり、寝息を立てていた。

 華美な装飾が施された重たい扉を開き、カナタはいよいよ玉座の間に辿り着いた。

 途端、突き刺すような殺気と今まで以上に粘ついた空気が身体に纏わり付いてきた。


「キシシ、やぁやぁよく来たね」


 赤い布地を飾り彫された木材が縁取り、肘置きや足には眩く輝く金装飾が施された大きな椅子。そこに小さな身体を大きく仰け反らせて腰深に座る少年、エリック第4王子は悪戯が成功した子供のように心から楽しんでいる様子で歯を見せた。


「子供の悪戯にしちゃあ、行き過ぎてる気がするな」


 どうやら先を越されたらしい。

 四肢を切断され胴体に突き刺された剣、非常にも血の海に沈んだアルドレオと壁を背に大量の血、そして夥しい火傷を負って座り沈黙したヨハンネスの姿をゆっくりと眺めてカナタは溜息をついた。

 元騎士団長として数々の戦果を挙げて名を馳せ、王子達の剣術指南役までも務め上げたアルドレオが無残に生き絶え、自分を『四重魔法使い《クアドラプル》』と明かしアルドレオの剣術指南を受けたヨハンネスさえも呆気なく倒れてしまっている。

 10年前は2人ともカナタの敵だった。

 ちょっとばかし魔法が得意な子供に敗れるような2人ではないのは知っている。


 ガンッ! ガンッ!


 一瞬のうちに出現させたカナタの拳銃がエリックに向けた発砲される。






「……ん?」






 ーー確かに拳銃を抜き、撃った。弾丸は2発。玉座に座り、小馬鹿にした顔で見下ろす生意気ガキの脳天に向けて。


 意識では確かに撃った。

 まごう事無きリアル。それは現実。手に微かに残る銃の振動、それを覚えている。


「…どうなってやがる」


 敵前にして棒立ちで立ち尽くすカナタ。変わらず、頬杖をついてこちらを見下ろすエリックの姿に思わず言葉をこぼす。

 手に拳銃はない。


 ーー撃ってない? 幻惑の魔法か?


 歴戦、幻惑使いの筆頭リアナの魔法さえも打ち破ってきたカナタ。

 幻惑魔法は基本、強い精神力を持つことによって回避することができる。

 言動とは裏腹にカナタは決して警戒を怠っていなかった。

 悦楽の魔女であり、莫大な魔力を持つリアナよりもこの幼い少年、エリックの方が上手だと言うのだろうか?

 当惑するカナタにエリックはニヤリと笑みを浮かべた。


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