コープスワーム
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
咆哮のような絶叫を上げてカインは地面に膝をついた。
「な、なんだよこれ…」
直立不動のまま生き絶えた仲間の少女を見据え、エリオットも立ち尽くす。
突如として訪れた友人、仲間の死に二人はショックを隠しきれず、無言のままその場に収まった。
やがて意を決したようにエリオットが喉を鳴らすとゆっくりとネネの亡骸に歩み寄った。
「……死んでる」
両目から艶やかな薔薇の花を咲かせ、血の涙を流すネネ。
身体中からは皮膚を破り、渦巻くようにイバラが生えている。
「なにが起こった…。いつだ。この草地にこのバラがあるってことか…っ!?」
「…嘘だ。エリオット嘘だって言ってよ! なんでネネが死ななくちゃならないんだ!!」
「嘘じゃねーよ!!!」
涙をボロボロとこぼし、泣きじゃくるカインにエリオットは叫ぶ。
「俺だって何が起きたのわからねー!! けど…ネネがこの薔薇に何かされて死んだのは間違いない。でも、そんな毒のある薔薇なんて聞いたことねぇ…」
自分はどうすればいいのか。
エリオットは分からず、下唇を噛んで苦悶の表情を浮かべた。
自分に知識があれば、流されるように草地に足を踏み入れた自分が少しでも怪しむ気持ちを持てば。
仲間の死に無力な自分をエリオットは恥じると同時に密かに安堵した。
自分があんな目に合わなくて良かった。
そう考えてしまう自分がいることでエリオットは更に自分を嫌い、苦悩する。
「う…うぐっ…ぐぅぅぅ!!」
ネネと一つしか歳の違わないカインはあまりに悲惨な仲間の死に様に息もできなくなるほどの嗚咽を漏らし、地面に額をつけた。
それを見て、エリオットは慌ててカインの肩を掴み上体を起こさせた。
「馬鹿野郎!!! どこかにそのバラがあったらどうする!! 花びらだって何かの毒があるかもしれないんだぞ! できるだけ皮膚を地面につけるな」
「エリオットは…エリオットは悲しくないのか!? なんでそんなに冷静でいられるんだ!!?」
「俺だって泣きてーよ!!!」
カーッと頭に血がのぼるのを感じ、エリオットは喉が裂けんばかりに叫んだ。
「…俺だって泣きてーよ。お前みたいにぐずぐずと泣き虫に我を忘れて…な…。けどな、年長者としてリーダーとして俺は泣かない。なんとしても俺たちは生き残り、ファレンを助けなくちゃならないんだ。ここで俺たちが全滅したらネネだって浮かばれねーよ」
息を長く吐いた後、自分の内で燃え上がる熱を冷ますようにエリオットは小さく落ち着いた口調でカインに告げた。
「だから帰るぞ、カイン。俺たちだけでも無事に」
「ネネは…ネネは置いていくの…?」
カインの手を引き、立ち上がらせたエリオットはその問いに静かに俯く。
「さっきも言ったが…薔薇に毒があることは間違いない…。触れないんだよ触りたくてもな。…墓ぐらい俺だって作ってやりたいよ」
天国の花畑のような空間に少女は血まみれになって佇む。
さながら、朽ち果てた女神像のようにネネはその場で果てた。
悔しさのあまりカインは両手を爪が食い込み血が流れるほどに握りしめる。
そしてぐしゃぐしゃになった顔を乱暴に拭って立ち上がった。
「行こうエリオット。ファレンが待ってる」
悲しみの縁から立ち返り、カインは力強くそうエリオットに告げるが、エリオットは顔を強張らせて正面を見据えるばかりだ。
「……最悪だ」
そして大きな音を立てて唾を飲み込むとそう一言。
「カイン…走るぞ。絶対に止まるな」
誘導されるようにカインも正面に顔を向ける。
目と鼻の先に無数の黒い影が這いずり、こちらへ向かって来ていた。
コープスワームの大群だ。
別名、死体喰い。
体長三十センチほどの巨大なミミズのような外見で性格は極めて獰猛。
常に群れて行動し、獲物に鋭い牙の生えた口で噛み付く。
それだけであれば魔物の中ではさほど危険でもないが、問題は噛まれた後にある。
コープスワームの牙には神経を麻痺させる毒があり、さらに唾液には酸のような肉を溶かす液体が含まれており、コープスワームは肉を食べるのではなく、肉を溶かし液体として身体に取り込む。
噛まれたら最後、身体の自由も聞かずゆっくりと肉を溶かされながらそれを啜られるのを眺め、自らの死を待つしかない。
そしてここからが死体喰いと言われる所以。
コープスワームは仕留めた獲物が絶命するのを確認するとその死体にメスが卵を産む。
卵がかえると幼体は肉はおろか骨までも自身の栄養として喰らい尽くし、コープスワームに襲われたものは白骨さえも残らない。
「…コープスワーム…」
「…あぁ…だが、普通の三倍ぐらいでかいぞ…」