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真実の勝利

 数歩ほど後方へとタタラを踏み、カナタはそっと唇をなぞる。親指に付着した自身の血液、それで自分が殴られたということを理解した。

 カナタが明確な反撃、いや先制を受けることは極めて少ないが、ゼロではない。むしろ、この世界に来た当初は圧倒的な力を持ちながらも毎日のように傷だらけになっていた。

 だが、それから10年。

 戦争1つない国、そして平和な毎日、争いとは程遠い日々送っていたカナタもある程度の戦闘に慣れ、誰からか授かった力を己のモノとしていたはずだった。

 余裕の笑みを貼り付けて、挑発するようなまたは相手を下に見るような言動と態度を取るが警戒を解いたことは一度もない。

 魔法の溢れたこの世界に絶対的な優位に立てる状況など皆無に等しいからだ。

 

「エリオット、約束は…守ったよ…」


 カナタにぶつけたであろう拳を見つめ、虚空に呟いたカインの身体から溢れ出る夥しい魔力。

 もうそれほどの時間が経ったか、世界を照らす太陽が地平線にその姿を隠そうとする中でカインが放つ神格的とも言える超越的な畏怖を放つ魔力のオーラが周囲を眩く照らしている。


「あ〜…喋ってる最中に殴るんじゃねーよ。顎が外れるかと思ったぜ」


 片方の口の端を引きつらせ、眉を下げたカナタは大事そうに自身の顎を撫でて不満を吐いた。


「そうだな…約束と言えばだ」


 大剣を肩に担ぎ直し、首を回したカナタはカインが呟いた約束という言葉を拾い、微笑を浮かべる。


「覚えてるか? お前が俺に一撃でも攻撃を当てたら弟子にしてやるって話だ」


「……あと…1回チャンスをやる…ですね…」


 カナタを戦いの師として弟子入りを志願したかつて。2人が戦い、カインの惨敗で終わったあの戦いの後、カナタは告げたのだった。


 あと1回チャンスをやる、と。


 もしも、今の一撃が与えられたそのチャンスなのであれば晴れてカインはカナタの弟子につけるというわけだが。


「お断りします」


 真っ直ぐとカナタを睨みつけながら、カインは静かに首を横に振った。


「僕の師匠は…ブドーリオさんただ1人です」


 言うや否や、カインは閃光の速さで飛び出し、カナタに斬りかかる。

 素晴らしいと賞賛を送りたくなるほどの鋭さ、太刀筋、刀速。甲高い音と火花を散らし、それを大剣で受け止めたカナタは口調は極めて残念そうに、だがにやけた顔で小さな鼻息を吐いた。


「おいおい…こんなチャンス二度とないぜ?」


 繰り出される猛攻を防ぎながらカナタは尚も笑う。

 小柄で細身な身体からは信じられない程の重い衝撃に手がジンと痺れるが、重そうな大剣でそれを器用に防いでいく。

 そしてカインの流れるような剣戟の隙間、斬撃と斬撃の間を繋ぐ僅かな隙を見て、カナタの大剣が横一閃に薙ぎ払われる。

 瞬時にそれを見抜いたカインは咄嗟に身体を屈めてそれを躱した。ジッと頭髪を焼き断つような音が頭上で鳴るが、今攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 負けじとカインは剣を引き、思い切りカナタの腹めがけて突き刺さんとするが、


「うわぁッ!!?」


 巨大な鉄の塊をぶつけられたような重い衝撃が横面を打ち、カインは大きく吹き飛んだ。


「攻撃は剣だけと思うな?」


 ただの蹴り。

 カインの脳を揺らす攻撃の実はそれのみ。

 超越的なカインの速さよりもさらに速くカナタによって放たれた一撃は大鎚などの鈍器ではなく、人間的な武器だった。

 後ろ回し蹴りに放たれた足をぶらりと空に遊ばせてカナタは離れた場所に横たわるカインを嘲笑う。


「…やめとけ」


 そして、カナタから発せられた一言は意外にも挑発ではなく、カインを思断たせようとする言葉。

 だが、それを受けるわけにはいかない。

 今は自分の命を賭けたとしてもカナタを止めるべきだと思うから。


「そのスキル…ただ自分の力を増大させる能力じゃないよな? 潜在魔力、つまりは命を削ってる」


 カイン自身、自分が発言した能力がどんな力を秘めているのかどんな副作用があるのかはまだ完全にりかいしているわけではない。

 寝て起きたら元々、使い方を知っていた、これを使えばカナタに勝てるかもしれない。そんな漠然としたものだけが頭にあった。


「ブドーに教えられたはずだ。人間誰しも3つの魔力を持っている。そして中でも潜在魔力は命の源、枯らせば死に至るってな」


「今は…あなたを命に代えても止めなくてはならない!」


 よろよろと立ち上がったカインは乱暴に言葉を切って叫んだ。


「…はぁ。わかってねーな。なんもわかっちゃいねーよ、お前は」


 明らかに与えたダメージ以上に弱った様子のカインを眺め、カナタは頭を振った。


「戦いは相手を倒すだけが勝利じゃあねんだよ。生きて帰る、これこそが本当の勝利だ。例え、戦いに負けたとしてもな」


「違う! 目的を果たさなければ勝利じゃない!!」


 地に躓きながら、ゆっくりとこちらに向かってくるカインの頬を銃弾が掠める。

 思わず足を止めたカインにカナタは不敵な笑みを浮かべ、銃口を定めた。


「なら見解の違いってやつだ。俺は構わねーよ。のっけから死ぬ気で来るやつになんて負ける気がしねー」



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