帰還、覚醒
その言葉に希望の光が見えた気がした。
瞬時にエリオットの言葉へ飛びつこうとする僕の身体を頭の片隅にあった不安が一気にそれを塞きとめる。
僕が生き返ったとして何になるのか。
戦闘力で言えば師匠には圧倒的に劣るし、これといって何か策があるわけでもない。
それでも僕は…。
「なんだ、意外に冷静じゃねーか」
「ううん、冷静なわけじゃない。どちらかというと不安の方が強いかな」
立ち上がり、涙を拭った僕にエリオットは薄い笑みを浮かべて小さな鼻息を吐いた。
「けどやる気満々ってか? ったくこれだから俺の親友は困る」
「ふふふ、エリオットさんなんだか嬉しそうですよぉ〜」
「嬉しかねーよ! …けどまぁ、泣き言言って膝を丸めてるよりはマシだわな」
勝てる自信があるわけでもないし、策があるわけでもない。
それでも僕はオーナーを止め、自分の役割を果たさなくてはならない。
今ここで死ぬわけにはいかないから。
「いい顔だ。よし、実は悠長に昔話に花を咲かせているほど時間があるわけじゃねーんだ」
「はい、この間にもカインくんの魂と身体の繋がりが刻一刻と絶たれようとしています」
そう言ったエリオットとネネは僕の後方辺りを真っ直ぐ指差す。
「いいか、カイン。この道を真っ直ぐだ。横道に逸れるな。振り返るな。立ち止まるな」
「ちょっと待って。ここには道なんてどこにも…」
辺り一面、四方八方は花だらけ。獣道さえない優美な空間。目印となるものはなく、ここでは太陽や星に頼ることもできない。
この道を真っ直ぐにと言われても道らしきものなんてどこにもないのだ。
「あるんだよ、光の道、生者の道がな」
「…僕には見えないよ」
「きっとカインくんの魂が身体との糸を切ろうとしているんだと思います。急がないと…」
「…ちっ。早く行け、俺が指差す方向に真っ直ぐだ。そうすればきっと戻れる」
どうやらもう僕は本来見えておくべきものが見えなくなるほど弱ってしまっているらしい。
エリオット達がここまでしてくれたのを無駄にするわけにはいかない。
エリオットの指差す方向をしっかりと確認して僕は地面の花を踏みしめる。
「振り返るなよ。じっと真っ直ぐだけを見ろ」
後ろから聞こえる声に背中を押され、僕は歩みを進める。
「…勝てよ、カイン。俺の心残りはあのクソ宿屋をぶん殴れなかったこと『ただ一つになった』んだからよ」
「カインくん、私達のことは心配しないでください。ずっと元気でいつか2人に会えるのを待っていますので!」
「…うん」
何か答えれば踵を返してしまいそうになる。
懐かしい声が遠ざかっていくのを感じ、涙が何粒も何粒も雨粒のように溢れてくる。
僅かとも数多とも思われる時間を過ごし、真っ白な世界の花畑を僕は泣きじゃくりながら確かに歩いた。
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「こっちに来てから色んな奴と戦ったが……ゾンビに会ったのは初めてかもな」
自身の血に塗れ、横たわっていた青髮の少年が虚ろな目でゆらりと立ち上がったのを見て、カナタは肩を竦めた。
不思議なことに先程、カナタがナイフを突き刺した腹の傷は跡1つ残さず消えている。
「まぁ、こんな世界だ。不思議なことなんて全て魔法で片付いちまう。それよりもだ…」
意識はまだ戻って来ていないのか、だが、身体から溢れるオーラ。目視できるほど涌き出で、体外へと放出する魔力はなんなのか。
「はっ。カナタ、どうやらあいつもらしいぞ」
「ブドー…まだ意識があったのか。その状態でピンピンしてるのはちょっとしたホラーだぞ」
「うるせーな。ティアが治してくれるまで怖くてスキルが解けねーんだよ」
「…まぁ、お前の言う通り。ありゃ発現しちまったな」
身体から立ち昇る蒸気のようにも見えるが、それは明らかに魔力だ。しかし、引っかかるのはその異常な量を無駄に費やし、体外へと放出し続けているということ。
恒常、放出魔力ならばそれ程気にすることはない。出し切れば、体力が尽きまた意識を失うだけなのだから。
だが、カインから溢れ出る魔力量は異常。明らかに自身の総魔力、潜在魔力がどんな方法を用いたか噴き出し続けている。あの状態のまま放って置けば、身体は出涸らしとなり命は尽きるだろう。
「……オーナー」
怪訝に見つめていたカナタをか細く小さなカインの声が捕らえる。
生気に満ちた目、どうやら本当に戻って来たらしい。
「まだあなたの目的もリアムさん殺害の真実も何もかも話してくれる気はありませんか?」
その声に覇気はない、力もない。
だが、何故かカナタを珍しく警戒させる何かがあった。
大剣を肩に担ぎ直してへらへらと口元を曲げたカナタだが、一切の注意を怠らずに挑発めいた言動で返す。
「はっはっ。だから言ったろ? 聞きたきゃ俺に吐かせてみーーッ!!」
カナタの頬を重い衝撃が打ち抜いた。




