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戦士の誇り

 離れた場所に突如として現れた暴風の壁を眺めてカナタは首を鳴らした。

 最短距離でここまでやってきたはずにも関わらず、時間がかかりすぎている。いや、距離としては大幅なショートカットになった。

 すぐ目の前に聳える王城と行く手を阻む高く堅固な壁。せっかく草原の片隅に出て、無為で無駄な戦いを避けてきたはずが、あまりに目立ちすぎている。

 ブドーリオたちと繰り広げた戦闘や恐らくユースティアのものであろう天を衝く暴風の結界は遠方から見てもここで何かが起きているのは一目瞭然だ。


「なぁ、急いでるんだ。起きるなら早く起きてくれ」


 背を向けながらうんざり気味に呟くと地に沈んだはずのブドーリオがのっそりと起き上がる。


「ててて…ったく。おめぇのスキルが武器を2個出せるなんて聞いてねーぞ」


「いや、いつも通り出したのはこの大剣だけだよ」


 振り返ったカナタはコートの裾を広げ、ベルトに付けた短刀の鞘を見せつける。


「戦地に武器1つ持たねーやつはうんたらかんたら昔俺に説教垂れた奴がいてな。ヨハンのキャンプにいたメガネ君からちょっと拝借してきた」


 意図して準備をしたわけではない。

 狩った猪を捌くのにカナタが出せる武器ではやり辛く、それだけのために借りた物。返すのを忘れていただけだ。

 あたかもそれを用意周到に準備してきたと言いたげに語るカナタだが、それもブドーリオにはお見通し。

 ちっと小さな舌打ちをして大斧を担ぎ直す。

 ぼたぼたと血が垂れ落ちるが、痛みに彼が顔を歪めることはない。


「お前のスキルが一番嫌いだよ、ブドー」


 黒色のだったはずが、金色の光が帯びるブドーリオの両眼。

 咄嗟の判断で斬られる前にブドーリオはスキルを発動していた。


 『戦士の誇り』


 そう名付けられたブドーリオのスキルは単純で明快。

 あらゆる痛みから神経を遮断する究極の我慢。

 このスキルがブドーリオに発現したのも神の悪戯か皮肉か、追放されたタルパス族に由来するもの。

 屈強で頑丈、ただでは倒れぬ猛者達が住まう小国、タルパスは幼児の時から厳しい鍛錬を積む。鍛錬の中で命を落としてしまう者も少なくはないが、その過程を経て成長したタルパスの戦士は一国の兵士、100人も及ぶという。

 そんなタルパス人が掲げるのが『戦で死ぬならば、四肢をもがれようとも首を切られる前に出来るだけ多くの敵を殺せ』というもの。

 今のブドーリオはまさにそれを体現したかのように全ての痛みを遮り、相手を倒すためだけに存在する戦士そのものだ。

 無論、スキルを解けば襲うのは傷を受けた分だけ降りかかる壮絶な激痛。

 遮断されていたものが一気に襲い来るそれは筆舌に尽くしがたい。

 一見、不便そうなその能力、実際にブドーリオ自身も己のスキルでありながら『使い勝手が悪く、あまり使いたくもない』と発言する程のもの。

 しかしながらその使い勝手が悪いスキルをカナタは他の誰のどんな能力よりも嫌っていた。


「あぁ、俺も嫌いだ」


 大斧を両手に襲い来るブドーリオの胴をカナタは振り向きざまに一閃。たちまちに鍛え抜かれた筋肉はぱっくりと傷を開き、血飛沫をあげるが、


「おらぁぁっ!!」


 何事もなかったかのように間髪入れず振られた斧がカナタの腕を切り裂いた。

 かすり傷や小さな打撲はあるが、明らかな負傷を受けたカナタは口の端を歪めて大きくブドーリオから距離をとる。

 そして瞬時に近接武器の大剣から遠距離武器の銃へと切り替えて連射。胴体や腕などの致命傷にはなり難い箇所は捨て置き、大斧を前に防御するのは頭と胸のみ。

 そうこれが嫌いだ。

 痛みから生じる硬直をすることもなく、恐怖を煽ることさえもできない。極め付けは痛みを遮断しているにも関わらず、致命傷となり得る箇所だけはしっかりとガードするブドーリオの冷静さと狡猾さ。

 死ぬ気の特攻ではない。生きる気で特攻してきている。

 合わさったそれはどんな能力よりも恐ろしい。

 加えて充分な殺傷能力を誇る銃でさえ、あの手榴弾を物ともしなかったブドーリオには豆鉄砲か。

 自ずと選択肢は結局、相手を一撃で地に伏す大剣の他にない。


「ちっ、仕方ねぇ」


 ブドーリオ相手に無傷では済むはずがないと覚悟を決めたカナタは再び、大剣に持ち替えると高速とも言える一足飛びで大斧に刃をぶつけた。

 激しい攻撃の一撃一撃が草地を揺らす衝撃波を生む。

 一挙手一投足に油断できぬ攻防が幾重にも重なるが、戦いの終焉に近づきつつあった。


「んぬぅッ!」


 押され始めたのはブドーリオの方。

 痛みを遮断しているとはいえ、体力自体が無限になったわけではない。

 夥しい出血と身体に負った深手。度重なる攻防で思考と体力を削り、痛覚は無くとも足がふらついてきた。


「ブドー、取ったぜ?」


 その隙をカナタが見逃すはずもなく、ブドーリオの腕が大斧諸共断ち切られた。

 宙を舞う片腕と武器が地に落ちるのを待たずしてその分厚い胸に大剣が突き刺される。


「ぶ…ほっ…ッ!」


 痛いとは微塵も感じないのに口からは血を吹き出てくる。意識はハッキリとしているのに目はかすみ、身体に力が入らない。

 無情にも身体を突き抜けた大剣がずるりと傷口をさらに切り開き、内臓を傷つけながら抜かれるのを真に感じ、ブドーリオは今度こそ顔面を地面に打ち付けてその場に崩れた。


「こ…この…野郎…スキルと…くのが…怖いだ…ろ…うが…」


 これほどの深手を受け、未だ意識を失わないブドーリオも充分怪物的だが、その怪物でさえカナタを倒すことは成し得なかった。

 真っ黒な髪、顔、身体、全身に血をこびりつけたカナタの頬を風がそっと静かに撫でた。





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