悪魔の微笑み
離れていたカインの身体を強烈な痛みが襲う。
肉に食い込む破片。堪え難い痛みにカインの顔は一瞬、苦痛に歪むがそれよりも強く直撃を受けたであろうブドーリオの事が気にかかった。
舞い上がる砂煙。僅かな静寂の後、ボッと煙が吹き上がる。
酷い火傷と全身から血が流れる激しい裂傷。にも関わらず、煙から飛び出したブドーリオの勢いは劣るばかりか、先程よりも増したようにも思える。
鋭い眼光の先に見据えるはカナタただ1人。
それには虚をつかれたカナタも怪力で振るわれた大斧を咄嗟に黒銀の大剣を出し、それを受けた。
地面に線を引き、ザッと吹き飛ばされたカナタは肩に大剣を担ぎ直して苦笑いを浮かべる。
「化け物かよ。どうなってんだ、お前の身体…」
「爆弾なんてケチなもんで俺に致命傷を与えられると思ってんのか?」
カナタの投げた爆弾、破片手榴弾MK-2手榴弾はパイナップルとも呼称される物。至近距離でそれをくらえば普通の人間ならたちまちに絶命、運が良かったとしても立ち上がることさえ困難にさせるであろう。
しかしながら、このブドーリオ。
確かに傷だらけの満身創痍とも見えるもののピンピンとした様子。
魔力の加護のおかげなのかこの世界の人間には驚かされることばかり。これにはカナタも苦笑を浮かべるしかない。
ただ一点、カナタにも思い当たる節がある。
「スキルか?」
簡潔な問いにブドーリオは血の混じった唾を吐き出して眉をしかめた。
「バカか、こんなしょっぺぇもん何発食らったって痛くも痒くもねーよ。お前のゲンコツの方がよっぽどいてーてんだ」
すーっとブドーリオはまた息を大きく吸い込んで大斧をぶん回す。
図体の割には素早いブドーリオの猛攻はカナタでさえそう易々と防げるものではなかった。
ギンッと鈍い金属音を響かせて何度も何度も休むことなく打ち付けられる大斧に頑丈なはずの大剣もギシギシと悲鳴をあげる。
「ーーッ!?」
目で追うことさえし難いブドーリオの大斧の乱撃はやがて微かにではあるが、カナタの頬に傷をつけた。
あと数センチ食い込んでいれば顔面が抉られていたであろう豪腕による攻撃。
ツーっと鮮血を流したカナタは瞬時に後方へ飛び退いて距離を置こうとする。が、それさえも許さずブドーリオの猛攻は尚も止まらない。
「…すごい」
隙をつけと指示されたカインであったが、2人の激しい戦闘に入り込む余地などなくただ、呆然と見ていることしかできないでいた。
ブドーリオの鬼気迫る攻撃、もし自分だったら何度死ねば足りるだろうか。カナタの重そうな大剣で繰り出される閃光のような剣戟。一体、何回身体を断ち切られているだろうか。
防戦一方に見えるカナタだが、ブドーリオの方が深い傷を負っているのは見るよりも明らか。次第に呼吸が上がってきているようにも思える。
やっとのことでつけた頬の小さな傷だが、ブドーリオの方もそれまでに幾度となく斬られた身体から動くたびに血が吹き出す。
ーーそれでもあのオーナーが傷をつけられたところなんて初めて見た…。
地面に鮮血の模様を描いて好戦するブドーリオ。
あのリアムでさえ手玉に取ったカナタを、自他共に無敵と認めるカナタに傷をつけたのは他でもない自分の師匠なのだ。
溢れ出る誇らしい気持ちとは裏腹に湧き出でるのは悔しさ。
ーー剣を握りしめたまま立っていることしかできない僕はなんて役立たずなんだ。
歯をギリギリと鳴らし、血だらけの師を見ることしかできない。これではただの観戦者だ。
ーー何が相棒だ。これじゃあ、師匠の足を引っ張るお荷物でしかないじゃないか!
自分を許せない。
隙を突く、そんなのなかったらどうすればいい。
師匠が傷ついていくのを黙って見ていられるほど自分は強くなんてない。
「馬鹿弟子がっ!!」
考えるよりも早く無意識的に、怒りのままにカインはカナタ目掛けて剣を叩きつけた。
後方から飛び出したカインによる不意打ち。意識の外から放たれたと思われたその剣がカナタの剣とぶつかり、火花を散らす。
悪魔が微笑んだ、そんな気がした。
崩れ落ちる身体。
膝に力が入らない。
景色の何もかもがぼやけ、歪み、身体を預けた先のカナタの顔さえまともに見る事が出来ない。
「な……なん……で……?」
じんわりと腹部を染める赤黒い液体が生暖かく粘つく。
ーー刺された。なんで? だって…。
カインの剣を受けた大剣を片手にもう一方で握られたナイフが深々と自分に沈んでいるのを見て、わけのわからないままカナタの足元へ倒れこむ。
英雄の宝物庫は一度に1つの武器しか取り出すことができない。
そのルールを破ったような悪魔の一突きに為す術もなくカインは血を草地に染み込ませた。
「クッソっ!!!」
「出来損ないの弟子を持つと大変だな、同情するぜ?」
光よりも速く、切り払われたカナタの大剣がブドーリオの肩から袈裟斬り気味に切り裂いた。
「ぅがっ……!!」
巨体から噴水のように飛び散る赤い花びら。
ぼたぼたと雨の如く地に降り注ぐ中でカナタは到頭、地面に膝をつけたブドーリオを冷たい視線で見下ろしていた。




