兄弟は敵へ、弟子は相棒へ
「なんだお出迎えなら花の首飾りでも用意してくれよ。そうだな香りがキツくないのがいいな」
立ちはだかるブドーリオ、ユースティア、カイン、ファレンの4人はへらへらと吐かれた薄っぺらな冗談につられて笑うことはない。
カナタの後方に立つエルザも綺麗にお辞儀をするが、返すものもいない。
同じ村に暮らす者、同じ屋根の下で暮らす者、共に死を乗り越えた仲間でありながら、今は戦地で敵として相見えている。
意識などせず自ずと別れた4人。
カナタの前にブドーリオとカイン。エルザの前にユースティアとファレン。
相性や連携、戦いやすさを考えるならば戦士と魔法使いのペアに別れた方がいいことは当たり前だが、自然とその形になった。
「オーナー…リアムさんを殺したのは本当にあなたなんですか…?」
揺れ動くカインの瞳。不安、恐れ、懇願その3つが色濃く現れている。
「またそれか? いい加減飽きたぜ」
「答えてください!!!」
手を広げ、ふざけた態度を取ったカナタをカインは声を張り上げて拳を震わせた。
舐めるような視線でその姿をじっと見つめたカナタは口をニヤリと醜悪に歪ませた。
「…あぁ、俺が殺した。戦争だ、文句ないだろ?」
「旦那様……」
何故ウソをつくのか、リアムを殺したのはカナタではないという証人は他でもないエルザなのだ。
わざわざ相手を煽るような虚言は到底、理解し難い。
だが、弁解しようにもそっと肩に添えられた手がそれを阻止しているように思え、エルザはそこで言葉を切った。
「ウソを…つかないでください…」
「いーや、殺したのは俺だぜ?」
「あんた…それでも人間…? リアムって人をあたしはよく知らないけど……仲間なんでしょ……!?」
「仲間…ふむ、そうかもしれねーが…戦争で仲間だから攻撃できませんじゃ話にならないだろ?」
からかい愉快そうに肩を揺らすカナタと真剣に真摯に言葉を聞こうとするカインたち。
その不毛なやり取りを眺めていたブドーリオは後頭部をペシペシと呆れ顔で叩き、ユースティアもまたため息を吐き視線を落とした。
「真面目に聞くだけ無駄だ」
「そうですわ。きっとこの人は純真無垢な少女をたぶらかす悪い大人みたいに楽しんでるだけですもの」
「はっはっ。さすが、付き合いが長いだけわかってるな」
「あぁ、よくわかってる。お前から真実を語らせるには『ぶっ飛ばして』口を割らせるだけしかねーってな」
言い終わる否や飛び出したブドーリオは大斧を振りかぶり、カナタとエルザを分断するように縦に振り下ろす。
ブドーリオの狙い通り、お互いが逆方向に飛び、それを避けると合流させまいとユースティアの水魔法が追い打ちをかけた。
回復魔法を得意とするユースティアだが、別に攻撃魔法が唱えられないわけではない。
高度な技術を必要とする治療系の魔法は多岐にわたる魔法技術が必要だ。当然、治癒の反対に属する破壊の魔法、所謂攻撃魔法も人並み以上に心得てはいる。
これでも『三重魔法使い《トリプル》』でもあるのだ。しかし、それでもエルザと比べてしまえば明らかに劣る。だからこそ、ファレンを協力して知恵を絞らなくてはならない。
「お前とマジ喧嘩するなんていつぶりだ」
たちまち状況は一変。あっという間に2対1という形が出来上がる。
さすがに簡単には合流できない距離まで離されたカナタは遠く離れたエルザを横目で確認した。
「さぁな。さすがに1対2のイジメみたいな喧嘩は記憶にねーよ」
「おいおい、イジメとは失礼しちゃうぜ? さっきお前が言ったろ、これは戦争だって。こんな状況よりひでーことなんて腐るほどあったろ」
「なら喧嘩なんて言葉だすんじゃねーよ、ハゲ」
手をぶらりと下げ、隙だらけの格好。
ブドーリオの隣で2人の無駄話を見守っていたカインは汗ばむ手でグッと剣を握り直した。
飛び込むなら…不意をつくなら今が好機に思えるが、相手はカナタ。あの『英雄の宝物庫』でどんな武器を出されるか予想もできないし、見たこともない武器もある。
動くには少し勇み足な気がするが…。
カナタの強さは体験済みのカイン。その怪物的な強さと恐ろしさは充分、脳に刻まれている。
「硬くなるな、相棒」
明らかな身体の強張りと額に滲む汗。唾を飲み込み、喉を鳴らしたカインの肩に分厚く大きな手が乗せられた。
「あ、相棒…ですか?」
「あぁ、ちぃとばかし命を預けるには頼りないが俺たちはあの馬鹿野郎と戦う協力者だ」
師匠に認められた、その事がすっとカインの心を軽くする。
「まずは俺が奴の隙を作る。いいか、お前はじっくり観察し、見極めて眼が覚めるような渾身の一撃をお見舞いしてやれ」
大きな身体でめいいっぱいの息を吸い込み、ブドーリオは力強く地面を蹴り飛び出した。
「覚悟しろよ、カナタァァァア!!」
猛獣の如く、空気をビリビリと震わせて突進するブドーリオ。対して、まったく動じもしないカナタは眼前まで迫った大斧の刃先を柳のようにするりと躱す。
不敵な笑みを浮かべたカナタの手には石ころ程の塊が握られていた。
キンッ…。
その一部を口で咥えたカナタ。
高い金属音が木霊する。
大振りに地面に大穴を開けたブドーリオからコートを翻し、飛び退くカナタ。
残されたブドーリオの足元にその『石ころ』は転がりーー
ドォォッンッッ!!!
砂煙を巻き起こし、爆発した。




