薔薇の花
「お前さ、そーいうとこな!」
「な、なにさ」
エリオットの声が洞窟に反響して倍やかましく、やや不機嫌に返すカイン。
「いいか、お前は俺の親友だ。しかし、ここは年上としてお前に忠告しとく。お人好しすぎるのお前は。なんでもかんでも人をすぐ信用しやがってよ? いつか痛い目見るぜ」
「うるさいなぁ。僕だって悪い人の区別ぐらいつくよ!」
「現にお前、ついてねーじゃん今! ナウよナウ! お前はあの極悪非道な宿屋に騙されてる!」
「ま、まだ極悪非道と決まったわけじゃ…」
「ネネ、これはカインへの説教だ。今は黙ってなさい」
「は、はうぅ…」
射殺すような眼光で、威圧するような低い声でエリオットがネネを強引に黙らせる。
「…人を信じることはいいことだって先生も言ってたよ」
対して、カインも不機嫌にそう切り返す。
「なんでもかんでも信じればいーって話じゃねーんだってだからよ! なんだお前、聖人君子にでもなりてぇのか?」
頭をわしわしとかいてエリオットはため息。
「人を信じすぎるとロクな目に合わない。前に俺が性悪な女に騙されたのを見てお前も勉強になったろ…」
「あの時、僕はエリオットに忠告したじゃないか。あの人はなんか危険な臭いがするって」
「女に頼まれたら男は断っちゃダメなんだよ!! それが漢気ってやつだろ!!!」
「もうわかんないよ!! エリオットが言ってることがさっぱりだ!!!」
「あーそうさ! あの宿屋はムカつくが横にいた女性はそれはもう魅力的だった! 正直、ムカついてる理由はそれもある! あんな冴えない男があんなとびきりの美人を捕まえてーー」
それからはめちゃくちゃだった。
果たしてなにが引き金となったのか、エリオットは半端、狂乱気味に女性の魅力とはなにか、から己の性癖までをも吐露し始めたのだ。
ドン引きする二人を他所にエリオットは魔物と対峙して尚、その講談は続き、時折妙な高笑いをしたかと思えば、なにかを思い出し半ベソをかくような時あった。
ひとしきり、語り終えた後のエリオットは肩で大きく息をし、苦々しげに小さくこう呟いた。
「………忘れてくれ」
、と。
しかし、エリオットのその長々とされた主張をまだ十四歳という少女のネネには軽蔑する以外の選択肢を与えなかった。
「エリオットさん、もう少し離れてください」
そこまで近くを歩いているわけでもないのに無表情で年下の少女にそう告げられる青年は肩を深く落とす。
「うぅ…」
我に返った後の二人は妙によそよそしく、今までリーダーとして、年長者として先頭を歩いていた自信に溢れたエリオットの姿はなく、最後尾をとぼとぼと歩く寂しげな背中があった。
そんな冷え切った空気の中、しばらく。
「ね、ねぇ!」
エリオットに代わり先頭を歩いていたカインが声をあげた。
カインの視線の先に広がったのは洞窟の中に突如として現れた空洞。
洞窟奥深くにも関わらず、まるで月明かりに照らされたように明るく、奥の方には地下水脈によってできた滝のようなものも見え、その水場の周りを囲うように数々の草花が繁茂している。
「綺麗…」
思わずその幻想的な空間にネネは感動の言葉を出した。
「…ヒカリゴケだな」
天井を見上げ、エリオットが一言。
「ヒカリゴケって?」
この空間がエリオットの先ほどの醜態を忘れさせたか、カインはいつもの調子でエリオットに尋ねた。
「あ、あぁ。苔の一種でな。月光にも似た光を出すわりと珍しい苔だ。なんでも極めて綺麗な水辺でしか繁殖しないらしいが…まぁ、ここだったら納得だわな」
「太陽石にヒカリゴケ…自然…か…」
あれから久しぶりの普通の会話に若干の狼狽を見せつつも説明するエリオットにカインは純粋にすごいね、と苔に対してかはたまた物知りなエリオットに対してか目を輝かせて言った。
「あの、滝の近く行ってみませんか。あれだけの植物があるならきっと三日月草だってあるはずです」
「賛成。行こう!」
ネネの提案にカインは間髪入れずに賛同する。
近づけば近づくほどそこは現世とは思えぬほど浮世離れした空間で、その草花の茂った清水流れる水辺はさながら天国のようだ。
三人散り散りになって三日月草を探し始めるが、見つけるのにはそう多くの時間は要さなかった。
三日月草は数多ある薬草の中でも特徴的で判別もしやすく、酷似した毒草もない。
「おい、あったぞ!」
「こっちもあったよ! それに三日月草だけじゃない。お店で高値で売られてるような薬草もたくさんあるよ!」
エリオット、カインとほぼ同時に歓喜の声を上げて、三日月草片手に手を振る。
負けじとネネも足元にあった三日月草を見つけ、それを手に取り、
「あ、ありありありあ……ありまぁぁぁあ…あ……あ……あ…あ…………あっ……」
右手に三日月を握りしめ、ネネは二人の注目を集めて激しく痙攣を起こす。
「おい! ネネ! ネネ!!」
異変に気付いたエリオットとカインは草花を踏みしめ、慌ててネネに駆け寄るが、
「……あ……あ……あ……」
ネネの体内を何かが駆け巡るような、そんな皮膚の盛り上がりを目の当たりにする。
まさしく、植物のツタのような。
ぷちゅっ……!
何かの潰れるような音を聞いた。
エリオットとカインの頭上を舞う真っ赤なバラの花びら。
ネネは両目から大きくそして魅了するように色鮮やかな真っ赤なバラの花を咲かせ、脈を打ち、
「……ネネ」
絶命した。