バジリスク
リーファウスの大木から真っ直ぐに最短距離でアルトリア城に籠るエリックの首を求めて道無き道を進むカナタとエルザ。
さすが10万の兵を有するアルトリアか、平原横の雑木林にも僅かながら兵は配置されている。
それも隠密部隊による暗殺を危惧してのものだろうが、カナタ達はそれを苦ともせずに次々とそれらを斬り伏せて歩を進めていた。
元々、先頭を避けたわけではない。そんな日和見の気持ちは一切なく、面倒臭がりのカナタは唯々、真っ直ぐに進んでいただけだが、雑木林の中にぽっかりと空いた不思議な空間で2人は妙な気配を感じ取り、足を止めた。
「…見られていますね」
ゆらりと漆黒の大鎌を構えてエルザが辺りを見回すとカナタは小さなため息をついて首を振った。
「どうやら王国にも悪趣味な奴がいるみたいだぜ」
木々をするりするりと掻い潜り、覗かせた凶悪に光る金色の瞳。舌をチロチロと動かして獲物を狙う蛇の尾。
2人が動かずにいるのを確認するとゆっくりと姿を現したのは頭は王冠を模したようなトサカを持つ雄鶏、ドラゴンのような羽を持ち、尾は無数の蛇で構成された怪物。
「『バジリスク』……ですが、こんなにも大きな種を見たのは初めてです」
小さな王の名を持つバジリスクだが、2人の前に現れたのは通常の何10倍も大きい。
人1人なら容易く飲み込んでしまいそうなその巨躯、伝聞にも聞いたことがない。
首に王国の紋章が下げられていることから野生のものではないことは確信めいている。第一、こんな人里近く、それも平原に茂る雑木林に野生のバジリスクが生息しているはずがないのだ。
「近くに魔獣使いの姿はない。道中で斬った奴にそいつがいたか、もしくは手に負えないあまり放たれただけか…どちらにせよこいつを倒さなきゃ先に進めそうにはないな」
猛毒を含んだ吐息を漏らすバジリスクを見上げてカナタはダルそうに首を鳴らす。
「おいチキン野郎。蛇の王様だかなんだか知らねーが、初対面でそんな上から見下すってのはどうなんだ?」
感情のない金色の眼をギョロギョロと動かすバジリスク。カナタの言葉を理解してかは定かではないが、腐敗臭のする毒液を口から吐き出してカナタの足元を溶かした。
形容し難い地面が毒で焼けていく臭いが鮮やかな緑色の煙と共に舞い上がる。
一歩だけ後方へ下がったカナタは眉根を寄せて、口をへの字に結んだ。
「エルザ、お前鶏を絞めたことあるか?」
「はい、何度か」
「俺はガキの頃、じいさんが目の前で鶏を絞めたのがトラウマみたいで鮮明に記憶に残ってるよ。だからこそ絞め方も全部完璧に頭に入ってる」
「旦那様にもそんな繊細な時期があったのですね」
「こんな肉も性根も腐ってそうなヤツを食う気はねーが、綺麗な肉にしてやるよ」
有り触れた鋼の剣が瞬時に拳銃へと成り代わり、バジリスクの首に鉛の弾が撃ち出される。
しかし、分厚く頑丈な羽毛に守られたバジリスクの身体にそれは意味をなさず、地面にころりと弾が転がった。
「ゲェアアアアアァァァァァァッ!!」
処女の控えめなフレンチキス染みた鉛玉でもどうやらバジリスクを逆撫でしてしまったようだ。
その巨躯から考えつかない程のスピードで跳躍したバジリスクは大きく立派な嘴を怒りの矛先、カナタに風穴を開けんと襲いかかる。
バックステップを踏んで後ろに飛んだカナタは何重にも鉛玉を打ち込むが、牽制にもならず。
地面に大穴を開けてバジリスクは膨らんだ眼球を無表情に膨らませた。
「どうやら鉛玉の愛撫はお気に召さないらしい」
肩をすくめて小さな息を吐くカナタだが、まだ余裕が見える。
「あの分厚い羽毛が邪魔ですね」
ファイヤーボール。
火炎系魔法の初級魔法である。
攻めあぐねるカナタを見ていたエルザは瞬時に魔法を撃ち放つ。
単なる初級魔法とはいえ、魔族の魔女たるエルザが使用すればそれはまったくの別物だ。
灼熱に火が揺らぐ直径5メートル程の巨大な火球。
言うなれば地上に現れた小さな太陽のよう。
カナタにしか意識が向いていなかった為か、横腹からまともにそれを受けたバジリスクを見る見るうちに業火が焼き尽くさんと全身を覆う。
だが、エルザは火だるまとなるバジリスクを無言で見つめ続けていた。
「旦那様…どうやらーー」
エルザの言葉をかき消すような突風が吹き抜ける。
熱を帯びた風が服をたなびかせるが、手で風避けを作ろうともせずに堂々と立つ2人の視線は一方向に向かって固めたまま。
「炎ではダメみたいです」
「そりゃそうだ。銃弾も焼くのも順序が違う」
風になびく髪が顔を叩く。
涼しげな顔で笑みを見せたカナタは拳銃を消して空中から取り出した妖しく光る黒銀の大剣を肩に担いだ。
その剣に名はない。
名刀や妖刀の類でもない。
しかし、唯一カナタが自室に保有する唯一つの武器。10年前の戦争時にメルクリアがカナタの為に打った頑丈だけが取り柄の無骨な剣だ。




