血濡れた裏切り者
開戦前夜。
各地に散っていたヨハンネスを支持するものがぞくぞくと集まり、明朝いよいよ戦が始まると準備に勤しむ兵たちのキャンプ地。
その隅の方で焚き火を囲み、仕留めた猪の肉を食らうカナタとぼんやりと火を眺めるエルザ。
さすが、誕生の大木と呼ばれるだけあってリーファウスの大木の周りには数多くの動植物が生息しているようだ。
狩りさえできれば食うには困らず、住居はツリーハウスなんてのもいい。
いつの日になるか、ボッタの宿屋二号店の構想を頭に空腹を満たしていたカナタの元に静かに来客は現れた。
「やぁ、調子はどうだい?」
そう軽い挨拶を交わし、カナタの向かいにある丸太の上に腰を下ろしてヨハンネスは微笑んだ。
「……なんのようだ。生憎、お前に分けるような食料はねーぜ? それともなんだ? エルザに夜の相手でも頼みにきたか? …まさかエルザじゃなくて俺なんてことはねーよな? それだけはやめてくれよ気色悪りぃ」
「はは、面白いことを言うな君は。だが、どちらも違う」
そう愛想笑いを取り、宝石のように鮮やかな碧眼でカナタを見据えた。
夜闇の中、パチパチと爆ぜる焚き火がその秀美な顔をぼんやりと照らす。
「時に君は…随分と汚れているね…まだ新しい血の跡だ…」
一瞬、訝しむように眉を寄せるが、鼻で笑いカナタは肉をたいらげて骨を投げ捨てた。
「これでも身なりには気をつけてるんだぜ? なんたってあのヨハンネス王子様の前だからな」
言葉とは真逆に極めて横柄な態度で足を組み、その上に頬杖をついてヨハンネスを見上げた。
「それとも、リアムのことか?」
確信を突かれた返答だったが、ヨハンネスは表情一つ崩さずに真正面からカナタと見つめ合う。
「なんだ、知っていたのか。今朝、彼女の葬儀が大々的に行われたらしいよ。勇敢で優秀な騎士だった彼女だ。きっと国民に愛されていたのだろうね」
「あぁ、勇敢な優秀だが、頑固者で負けず嫌いの人気者さ。その話だったらさっきあっちにいたメガネ君から聞いたぜ」
カナタの遥か後方、王都アルシュタインからやってきた他と比べると少し貧弱な青年が緊張した面持ちで焚き火を眺めている。
昼過ぎ頃、彼がやってきた際にカナタはいの一番にその報告と『追求』を受けていた。
どうやら国を挙げて行われた葬儀は大いに人々の胸を打ち、今から始まる戦への士気を上げるには十分過ぎるようだった。
ならば話が早いと深層を探るようにヨハンネスは何も言わず、カナタの言葉を待つ。
観念したようにカナタはふぅ、と小さなため息をついた。
「わかったよ、俺がリアムを殺したのかってことだろ?」
「少しだけ疑いの余地はあるからね。君の服についた新しい血痕、それに私は君の姿を昨晩、見ていない」
「ふ〜ん…」
敵の将、その首を取った憎き犯人探しをするようなヨハンネスの態度。
カナタは顎に手を添えて少し考え込むような素振りを見せた。
「確かに俺がリアムを殺した…っつったらお前は俺を賞賛し、褒美でもくれるってのか? いーや、そんな顔じゃねーわな」
「確かに矛盾している。敵の将、それもリアム騎士団長となれば我々の宿願を叶える大きな一歩となり得るだろう。彼女が生きていればさすがに並の兵では相手にならない。それこそ君の力を借りなければね」
「なら、なんでそんな気にする…」
「リアム騎士団長は君のかつての仲間だっただろう。それを殺したとなれば、君を仲間に入れた我々の身の危険も考えなければならない。そう、目的のためならば簡単に仲間を裏切る人物だとね」
「…てめぇが仲間と分断させて引き入れたんだろうが」
「いや、私は別に仲間を裏切れと言ったわけではない。君ならば仲間を率いてここに来ることもできたはずさ。そうしなかったのは君だ」
思わず、カナタは不機嫌に顔をしかめる。
「それに我々が討たなくてはならないのは『元凶』ただ1人。聡明な彼女なら気付くか、それでなくても戦場で事情を話し、こちら側に引き入れられたかもしれない」
「残念ながら…リアムを殺したのは俺じゃない。一度、殺そうとはしたがな。この血痕は今食った猪の血、昨日いなかったのは狩に出かけてたからだ。悪いな」
「それは違います」
今の今まで聞き手に回っていたエルザが口を挟んだ。
追求されているのはカナタ1人。エルザが何かを言われていたわけではない。
カナタのアリバイに嘘偽りはない。果たして何が違うのか、エルザが何を言い出すのか。
これにはお手上げとカナタは頭を振る。




