感動の再会
「今すぐカナタの元へ向かうぞ!」
その顔もすぐに崩れ、何か悪戯を思いついた子供のようにリリスは明後日の方向を指差した。
リアナ、ベアトリスク。そして封書の内容を知らせれていなかった、いや、見ようと思えば見ることが出来たのだがまったく興味を持たずただ手紙を届けるというおつかいを頼まれただけと思っていたメルクリアの3人は一時、呆然とする。
「う〜ん…リリス様ぁ。ちょっとごめんなさいねぇ」
意図を理解しようとベアトリスクは頬に手を添えて困り顔でリリスの持つ封書を強奪。
そしてそれに目を通し、ますます艶かしい吐息を吐いて眉を下げた。
「リリス様ぁ? この内容ならメルちゃんに手紙を持って行ってもらえばいいんじゃない?」
「ならん! カナタたちは戦争を始めようとしている! 手紙など悠長なことをしていては間に合わんじゃろ!」
「えぇ〜…また戦争ぅ〜…。ほっんと人類種は戦争が好きだよね」
「任せろにゃ。メルの足ならほんの数日でカナタの元へ帰れるにゃ!」
非常に嫌悪した顔でぼやくリアナと自信満々に胸を叩くメルクリアだったが、リリスは首がもげんばかりに激しく首を振った。
「馬鹿者っ! ワシが伝えるべき情報は重大なもの。カナタ陣営の戦況に大きな影響を及ぼすものじゃっ! それにこれは戦争じゃぞ! 一分一秒で事が進む。メルに手紙を託したとてどうせ寄り道をするに決まっておる! 間に合わなかったでは済まんのじゃ!」
「ふ〜ん……そうねぇ……。なら、どうしてリリス様はそんなにもワクワクした表情をしてるのかしらぁ」
ビクッとリリスは肩を震わせた。
「私にはカナタ君とエルザちゃんに久し振りに会いたい。そして久し振りの戦争を大義名分の元暴れ回りたい、そんな顔に見えるわぁ?」
テーブルクロス一枚を羽織っただけの一見すれば痴女。だが、彼女もオルテア国の重役。魔女の名を冠し、国を支える者の1人なのだ。
色っぽい泣きぼくろのついた目を細めてベアトリスクは僅かに口の端を上げた。
リリスの考えをよむことなどお手の物。
そう言わんばかりの視線にリリスは引きつった笑みを浮かべる。
「しょんなことあるわけないじゃろがぃ!」
「あらあら、しょんなことだって。お可愛いわぁ」
「ワシを誰じゃと思っておるデカパイ!」
「大きな胸は女の武器の一つよぉ〜?」
「うぬぬぬ……」
「あ、あのリリス様もベアトリスクさんも落ち着いてください」
見かねたリアナが慌てて静止を試みると、リリスは不機嫌そうに葡萄を一粒、口の中に放り込んだ。
「私だってカナタ君やエルザちゃんには会いたいわぁ。けどね、私たちが、いえオルテアの長であるリリス様が人類種同士の戦争で暴れてごらんなさい。ただでさえ風当たりの強い魔族がまた迫害を受けることは必死。今は国外に出て頑張ってる子たちもいるのにそれを国の長がぶち壊しにするなんてどうかしてるわよ」
「ベアさん…あんまり強欲の魔女っぽくない発言ですね…。昔ならもっと好戦的だったと言いますか…いえ、それも困るんですけど…」
「そうにゃ。今のベアはどっちかというと変態の魔女にゃ」
「ふふふ…そうねぇ。欲望のまま暴れまわりたくないって言ったら嘘になるわねぇ。でもそうね、大人になったってことかしら?」
「何が大人じゃ。ワシの方がずっ〜〜〜っと大人じゃ」
肘置きに足を投げ出してつまらなそうにパタパタと足を動かすリリスはまた一口葡萄を摘む。
「だから、リリス様? 絶対に手を出してはダメよ…?」
人差し指を口に添えてウインクするベアトリスク、まじまじとそれを見つめてリリスの顔にパッと花が咲いた。
子を甘やかす母親のようにわがままを聞き入れたベアトリスクは困り笑いのような表情でため息を吐く。
「いいのか? いいんじゃなっ!? ほっほっ〜ならば早急に迅速に最速に最短に!!」
「え? え? え? エルザちゃんに会いに行くの!? ならならならわたしも行く!!」
「勿論、お目付役として私も行くわぁ」
「えぇ〜い! 何でも良い! 早く馬を用意せぇ!」
居ても立っても居られず、リリスは広間の中をパタパタと走り回る。
「ふふーん、馬より速いものをわたしならすぐにでも手配できますよ」
得意げな顔でリアナは鼻を鳴らした。
その姿はメルクリアの見せる生意気な表情に酷似しているが、今はそんなことはどうでもよい。
「なにっ!? ならば早くするのじゃ! 時間は待ってはくれぬぞ!」
まぁまぁ、と目を瞑りリリスをたしなめるリアナ。非常にムカつく表情、妙に鼻にかけた態度で空中に手をかざした。
「じゃじゃ〜んっ!! メルちゃん感動の再会だよっ!」
小さな煙を舞い上げて現れたのは先の幻術でメルクリアが相棒としたあの巨大魚だ。
ぷりぷりと引き締まった蒼銀に煌めくボディ、意志を感じさせない瞳。まさしくそれはメルクリアの相棒、『魚』だ。
「な…なな…なんて美味そうな魚にゃ…」
しかし。リアナの計らい虚しく、すでに忘れた様子でメルクリアは口元からポタポタと涎を溢す。
「ちょっとメルちゃんっ!? 相棒だよ? 相棒の魚だよ? そんな食料を見る目でこの子を見ないでっ!!」
今にも噛り付きそうなメルクリアから守るようにリアナはぎゅっと魚を抱きしめた。
「あら、リアナちゃん。これって…」
「ふふ〜ん、実はわたしパワーアップしちゃったのです!」
魚に抱きついたままリアナは得意げに目を光らせる。
「なんとなんとわたしが作り出した幻術空間の中で相手が見たものを取り出せちゃう魔法なのです! ただ、攻撃を一度でも受けちゃうと消えちゃいますし、なにより魔力の消費がすっごく激しいんですよね…」
「そんなことはどうでもいい! 早く出発するのじゃ!」
「ふぎゅっ!」
リリスはリアナの頭を踏み台に魚の背に飛び乗ると皆を急かす。
「魚って水中生物でしょ? 本当に馬よりも速く移動なんてできるのかしら?」
「そこは任せてくださいっ! このお魚さんは空を水中のように泳ぐことができますからっ!」
「確かに不自然に空中に浮かんでるものねぇ…」
「ふぎゅっ!」
少しだけ不安を残しながら同じようにリアナの頭を踏み台にベアトリスクも魚の上へ飛び乗った。
「な、なんでみんなわたしの頭を踏んでいくんですかっ!?」
「あら、リアナちゃんが乗りやすいようにそうしていてくれてるのかと思ったわぁ」
リアナは未だ魚に抱きついたまま離れていない。確かにここにいては乗り手の邪魔になるのだが…。
「リアナ…一口だけなら…構わないにゃ?」
「構うよっ! メルちゃんも早く乗って!」
目を血走らせ、欲望に耐えるメルクリアから魚を守るためには仕方がない。
埒があかないと思い、リアナはメルクリアを抱えて魚の背に飛び乗った。
「ゴーだよっ、お魚さんっ!」
リアナの掛け声とともに魚はいきなりトップスピードで泳ぎだし、開け放たれた大窓から青空へと飛び出した。
キラキラと太陽光に反射して魚の身体が一層に輝く。
「目的地はリーファウスの大木じゃ! ほれ、もっと速う泳ぐのじゃ!」
先頭に座るリリスは目を輝かせ、大口を開けて高らかに叫ぶ。その最後尾でメルクリアは全身を支配しかねない欲望に耐え抜いていた。
「ひ、一口…一口だけなのにゃ…」
「だ、だめだよっ? 本当にやめてよ? メルちゃんが一口でも囓ったらわたし達はお空から真っ逆さまだからねっ!?」
「うにゃ…生殺しにゃ! 酷いにゃ! こんなのあんまりだにゃ!!」
こうして騒がしいメルクリアとリリス率いる魔女たちはカナタの元へと飛び立った。
4人が無事にカナタの元へたどり着けるかはメルクリアの我慢次第である。




