はじめてのおつかい
「へぁ!? ベアさん? え? ちょっと何を…ぴゃーっ!! ななななにをいえ、ナニをしようとしてたんですか!?」
「にゃははは、さっきの絵の変態みたいにゃ!」
「なにって…そうねぇ。リリス様に退屈だから何か面白いことをしろって言われのよぉ。それで取り敢えず服をーー」
「な、なな、ななななんで取り敢えず服を脱ぐんですか!? 恥じらいを持ってくださーいっ!!」
長い食卓テーブルに敷かれたクロスを乱暴に抜き取り、リアナはベアトリスクに投げつけると強引にテーブルクロスを抜き取られたせいで机上に盛られたフールツ盛りとグラスが空を舞った。
「騒がしいのぅ…」
それを器用に空中で掴み取る幼女。
足を組み、肩肘を肘置きに置いてつまらなそうに葡萄を頬張る幼女。
グラスに注がれたラム酒をぐいっと飲み干して吐息を漏らした幼女。何度も言うが幼女は背もたれの高い椅子に深々と座り、3人を眺めた。
その幼女こそが魔族国オルテアの最高権力者、大主教リリス・ポップルウェルである。
オルテアは宗教国。
その最高位であるリリスこそ自身が主教を務めるオルテア教の唯一神リリス・ポップルウェルだ。
アルトリアではリリスを魔女を従える大魔女もしくは悪魔の類と噂され、先に述べた通り高位の魔法、そして禁術である転生呪文を用いて何百年もの月日を生きながらえている、とされている。
だが、それには間違いを含んでいる。
リリスは決して禁術などに手を出していないのだ。
それは魔法に愛され、魔法を愛す一族の誇りに反する。
禁忌とされた魔法に手を出すことは魔法を裏切ることになるからだ。
確かにリリスは数百もの歳月を経験してきた。ただそれはリリスの魔力によるもの。
小国とはいえど人民を率い、自らを神と称するリリスの計り知れぬ魔力量が自らの肉体に若返り、細胞を復元する治癒魔法を用い幼子の姿でいることを可能にしているのだった。
「だだだだだだってっ!!」
「リアナ…お主はもうちょいと静かにできんのかのぅ…耳がキンキンする」
「あらあらリアナちゃんったらもしかして私のナイスバディに魅了されちゃったかしらぁ」
「そんなんじゃないよっ!!」
艶かしい笑みを浮かべ、唇を指でなぞるベアトリスクにリアナは盛大に唾を飛ばし、反論。
「ベアさんはもうちょっとしっかりしてよっ! 昔はそんなのじゃなかったでしょっ!!」
「あら、私は昔と変わらないわよぅ〜。脱いだのだって私がただ脱ぎたかった、それだけだもの」
「あ、強欲の魔女っぽい……じゃなくてっ!」
一瞬、自身が背負う名を忠実に再現するベアトリスクに関心の意を示すが、気を取り戻しリアナは両手の握りこぶしをブンブンと振った。
「メルちゃんがせっかく来てくれたんだからもっとしっかりしてよ」
その姿はまるで家庭訪問でだらしない親を叱る子供。はたまた、恋人を連れてきた娘がお節介を焼きたがる親を咎めるよう。
「…ふむ…」
姿勢は崩さず、フリフリのついた黒と赤のワンピースをラフに着崩しながらリリスに足を組み直した。
リリスがなぜ、幼子の姿を取るか、その真意は定かではないが、どうしても大人のふりをする背伸びをした子供にしか見えない。
「なんじゃ? 今日はかくれんぼでもするか!?」
実際、緊急時以外のリリスは姿通りの子供。
無邪気で屈託のない笑顔を貼り付けてリリスは身を乗り出した。
「それもいいにゃ〜…でも、今日のメルはちょっと違うにゃ」
はち切れんばかりに膨れたポーチになにを隠してるのか、メルクリアはまたもや得意げにそれを叩く。
「むぐぅ…なんじゃつまらん」
「かくれんぼはその後にゃ。メルももう遊んでばかりはいられないお歳になったってことにゃ」
「えぇっ! やるの? かくれんぼやるの!? ならわたしも!」
一体、どのようにして国を守ったのか、しかしこれがあの人類種を震撼させた魔族の真の姿なのだ。
能天気な一同を咎める者などいない。
「仲良しのリリス様とメルちゃん…控えめに言ってもそそるものがあるわぁ…」
「へぇぇっ! ベアさん本当に一体どうしちゃったの? 男の人を食べ尽くしちゃって変な性癖が芽生えちゃいましたか?」
口元の涎を拭い、目を細めるベアトリスクはまさに変態。
そんなことは御構い無しにメルクリアは可愛らしいポーチから1通の封書を取り出した。
同時に保存食にとしこたま詰め込んできた魚の干物ぽろぽろと絨毯に落ちる。
なぜ、ポーチがあんなにも膨らんでいたのかは一目瞭然だ。
「うむぅ…な、生臭いのぅ」
くしゃくしゃになった封書を受け取り、染み付いた匂いに思わずリリスは鼻をつまんだ。
そして封書を机に起き、指先で摘むようにして開くと、一変。あのあどけない表情が消え失せ、真剣な面持ちでじっと書かれた文面を読んでいく。
カナタが苦労して学んだこちらの世界の文字。汚い字で、拙い文章で書かれた手紙は紛れもなくカナタ本人が書いたものだと容易に判断できた。
「……伝わった」
ほんの数分、黙り込んでいたリリスは顔を上げて不敵に笑う。
見目姿全てが幼いが、その時のリリスは妙な大人びを帯びていた。




