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魔族国オルテア


「ヒドイのはお前にゃ。せっかくメルが苦労して捕まえた魚を奪うなんて人としてどうかしてるにゃ」


「だから! わたしはメルちゃんの魚なんて取ってないって! あれはわたしが作った幻覚なの!」


「んにゃ!? ならお前はメルに悪戯に幻を見せて楽しんでたって言うのかにゃ!? なおさらヒドイにゃ!」


「そんなこと言うなら久しぶりに会ったのに名前も顔も忘れててさらにさらにピンクの馬鹿面だなんてあんまりだと思うよっ!!」


 人通りなんてないが、人目を憚らずぎゃーぎゃーと喧しく言い合う2人。

 馬鹿。

 その一言で済ませてしまうにはあまりに悲しいが、まごう事なき馬鹿2人なのだ。

 お互い馬鹿故に波長が合うが、馬鹿故に喧嘩も留めない。

 争ったのは数知れず、どれもくだらないことが発端である。

 肩で息をし、満足するまで言い合いを行う。昔からこの2人はそうだ。


「……はぁはぁ…それで……はぁはぁ……メルちゃんがここに来た理由ってなんなの?」


 一頻り喧嘩をし終えてリアナは尋ねる。

 そうここはすでに魔族国オルテアの領地の中。

 滅多に国外からの客など来ないこの国に単身乗り込んで来た顔馴染み。理由を聞かないわけにいかない。


「それは……はぁはぁ……リリスに会ってから話すにゃ」


 同じように息切れ切れにメルクリアは肩から下がった斜め掛けのポーチを手のひらで叩く。

 猫の顔のアップリケが刺繍された小さなポーチは何が入っているのかパンパンに膨らんでいる。

 訝しげにそれをジッと見つめて、リアナはうーんと唸った。

 旧友ではあるが、メルクリアが単身でオルテアに訪ねてくるなどきっと裏があるに違いない。

 当然、カナタのことも知っているし、むしろ国の救世主として彼の名は広く知れ渡っている。

 だが、便りさえ寄こさず突然訪ねてきてただ遊びにきました、というのではきっとない。

 どうしたものか、と頭を悩ませたのもほんの数秒。


「うんっ! いいよ、案内するね!」


 考えることを放棄したリアナは気持ち良い返事をして、メルクリアの手を引いて国内へ招き入れるのであった。





 魔族国。

 一般的にはそう呼ばれているが、本来はオルテア国こそが正しい。

 アルトリアと比べると極めて小さな領土しか持たぬ海に面した小国だ。

 豊かな森林と広大な海を持ち、街には多くの水路が引かれてさながら水の都と称されるほどの優美な国。ゴシック建築的建物が所狭しと並び、それは皆黒色に彩られている。

 穏やかに流れる水流と荘厳優美な建物の数々。噴水広場の前では子供達が楽しそうに声を上げて遊び、街の人々は商いに勤しんでいる。

 リアナに手を引かれながらメルクリアは物珍しそうに辺りを見渡した。

 別に初めてくる街というわけではない。

 ただ、レインタウンにはいない子供達の姿や活気に溢れた街の雰囲気に久しく触れていなかったためそれがどうにも懐かしいような、羨むような気持ちがして思わず目を奪われてしまった。

 悪人、腐った大人ばかりのレインタウンとは大違いなのだから仕方がない。


「メルちゃん、早く早くっ!」


「んにゃっ! も、もうちょっとゆっくり歩くにゃ! あっ、あの店の魚! プリプリ新鮮で美味しそうにゃ〜」


「もう、そんなの後で! リリス様に会いたいんでしょ!」


 よだれを垂らし、指をくわえたメルクリアなど御構い無し。リアナの細腕のどこにそんな力があるのかぐいぐいと恨めしそうにその場に留まろうとする猫耳少女を引っ張っていく。

 自身がカナタに託された使命など忘れた様子で前を向いて歩こうとしないメルクリアだったが、リアナのおかげもあり街中で一際大きい建物の前まで着くことができた。

 教会と城を混ぜたような不思議な造り。正面には黒く大きな紋章、米印に装飾を施したような感じか。それが高々と掲げてある。

 幾多もの海の幸の誘惑に耐え抜き、というよりもお預けを喰らいなんとかそこへ辿り着いたメルクリアは城のように聳え立つ教会を見上げた。

 メルクリアの小さな身体にはそれがより一層巨大に見える。

 そうここにあの大教主リリスはいるのだ。

 噂では高度な魔法により何度も生と死を経験し、転生を繰り返す強大な魔法使い。

 長年に渡り、リアナのような魔女を従えて国家を建設した魔族国の最も権威ある者。


「ほい、ド〜〜〜〜ンっ!」


 我が家のように乱暴に分厚く細かな細工が彫られた扉を開け放ち、リアナはズンズンと鼻歌混じりに前を進んでいく。

 メルクリアとてリリスと会うのは初めてというわけではない。同様にリアナに続き、ズカズカと内部へ足を踏み入れてその鼻歌で調子を取り肩を揺らして歩く。

 魔族国最高位の者と謁見するようには到底思えない2人はリリスを知らない者見れば非常に恐ろしい。

 なにせ今から会うリリスは大国アルトリアと小国ながらも長年に渡り戦争を行ってきた人物だ。失礼な態度を取れば、首を切られてもおかしくはない。

 

「にゃはは! あの絵変なのにゃ! 裸の人間が空飛んでるにゃ!」


「だよねだよねっ! わたしもあの絵は変態さんの絵って呼んでる! あははは!」


 だが、リリスに仕えるリアナはともかくメルクリアにそんな敬意を払う気持ちなど微塵もない。


「リリスさま〜メルちゃんが来たよ〜!!」


 最上階最深部に位置する広間の扉を突き飛ばすように開けてリアナは叫ぶ。

 黒を基調とした建物に真っ白な絨毯が敷かれ、奥には巨大な祭壇。そして真っ白な大きな椅子。

 まるで本当に神様がその場にいるのではないかと思ってしまうようなその場にリリスはいた。





 真っ裸で踊るベアトリスクと共に。





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