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巨大魚の背に乗って


「うみゃぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜待つにゃぁ!! 大人しく捕まるにゃ〜〜!!」


 深く暗い深海の中、猛然と振られる尾びれ。無感情な目に炎を宿し、小魚の群れを追う巨大魚。


「お前もシャキッとするにゃ! 遅いにゃ! 鈍間なのにゃ!!」


 その巨大魚の背に乗り、叱咤するメルクリア。

 カナタたちと別れてから数日。重要な頼まれごとを引き受けた彼女は今、我を忘れ、欲望の赴くまま魚を追っていた。

 辺り一面に揺れ動く海藻、奇妙だが美しく海底に華を咲かせる珊瑚、海の底だと言うのに呼吸は容易い。


「魚、もうちょっとなのにゃ! お前の力を見せつけるのにゃ!!」


 一目散に逃げ惑う魚の群れ、それが手を伸ばせば届きそうな距離まで詰めるとメルクリアは口元のよだれを拭って目を輝かせた。


「う〜ん…メルちゃん、もうちょっとだよっ!」


 そんな様を桃色がかったブロンドの髪を水に揺らし、大きな目や筋の通った鼻に花の蕾のような小さな唇、あどけない可愛らしさを持った少女は海底の巨大な珊瑚に腰を据えて眺めていた。

 メルクリアほどではないにしろ小柄な少女はさながら海底に住む人魚姫か、それほどの美貌を持っているが違う。


 彼女はリアナ。


 魔族国の魔女、『悦楽の魔女』であるリアナ・ファルファラ。

 陸地に突如として現れた海底も彼女の力によるものだった。

 正確には海を作り出したのではなく、はたまた転移させたわけでもない。

 悦楽の魔女であるリアナの能力は幻惑。それも悦楽に満ちた幻惑である。それこそが彼女が悦楽の魔女たる所以。

 リアナの幻惑は人によって様々。対象が最も幸福と感じる物、状況、世界を作り出すと言うもの。無論、幻惑に堕ちている時の対象は現実では無防備、よだれを垂らし熟睡しきっているような状態。その対象に触れることによりリアナは相手の悦楽空間に入ることができる。効果範囲は半径15メートル程。

 たまたま、不審な外国人が近づいてくると言う報せを聞き、警護に向かったリアナは不審人物の正体を確認せず能力を発動。

 横たわるメルクリアを見て、あちゃ〜っと頭をかきながらもどんな幻惑を見ているのか気になり、興味本位で幻惑空間にお邪魔。

 脇目を振らず、熱心に魚を追うメルクリアを眺めてもう小一時間が立つ。

 理想を現実にする空間でありながらも唯々、魚をたらふく食べるのではなく巨大魚という相棒と共に捕まえることから始めるメルクリアに何故だか胸を打たれ、リアナは時間を忘れて熱心にエールを送っていた。

 だが、そのリアナの姿さえ目に留まらず、メルクリアは獲物を追う猫の如く一心不乱に海中を泳ぎ回る。


「や、やったにゃ! よくやったにゃ魚!!」


 やがて、努力の甲斐あって手を伸ばしたメルクリアの小さな手に一匹の魚が掴まれた。


「やったねっ!! メルちゃんやったね!!!」


 それを見ていたリアナもまた、立ち上がりバンザイを何度もしながら珊瑚の上をぴょんぴょんと跳ね上がって喜びを分かち合った。


「……んにゃ?」


 そこでようやくメルクリアもリアナの姿に気づく。

 ぴちぴちと元気よく暴れる魚を手に、首をひねったその矢先、ぽんっと世界が泡となり煙となり崩壊。

 大木に囲まれた街道の中央で同じ格好のままメルクリアは目を丸くした。


「…? …?? ………???!!」


 何が起きたのかがわからない。

 しきりに首を動かして辺りを小動物のように見回すメルクリア。

 一体、あの海はどこへ行ってしまったのか。自身が手にした魚は跨っていた巨大魚は?

 湧き出る疑問の渦に飲み込まれ、言葉が出てこない。


「おめでとうだよ、メルちゃん…ぐすっ」


 何故だか、涙ぐみ自分に賞賛の言葉を送るピンク髪の少女。

 見覚えはあるが、喉まで出かかっている名前が出てこない。

 たしかに自分は海の中にいた。

 しかし、捕まえはずの魚もいないことはおろか、髪や服さえも濡れていない。

 せっかく、苦労して捕まえた魚が…!

 そこでようやくメルクリアは声を出す。




「メルの魚を返すにゃ!!!!!!」




 目の前の少女に飛びかかり、顔面を引っ掻く。

 さすが、獣人の血を引くだけのことがあり、素早く懐に飛び込まれたリアナに避ける余地など与えない。

 元々、戦闘を得意としていないリアナだが、腐っても魔女。並大抵の者には負けることなどない。


「ひぎゃあぁぁ〜!!」


 だが、鬼気迫るメルクリアの攻撃を不意を突かれたのもあり、頬に真っ赤な引っかき傷を作ってリアナは悲鳴を上げた。


「ひ、ヒドイよ! もうなんなの!?」


「ヒドイのはお前にゃ! 早く盗んだ魚を返すにゃ!!」


 消え去った海のことはさておき、メルクリアは取り敢えず目の前にいたリアナを魚泥棒と疑うことにした。


「さ、魚!? 返すも何もわたしはとってないよっ!!」


「嘘を言うにゃ!! お前以外に誰がいるにゃ!!」


 魔族国に人の出入りは少なく、2人が争うこの街道も土煙が立ち、虚しい様。その他に人の姿は見えない。


「お前みたいなバカそうでピンクの髪なんてふざけた色したやつ魚泥棒以外になにが…………リアナにゃ?」


「ピンクバカってヒドくないっ!?」



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