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決意の手


「強い? そんなの何が関係するのよ? 言っちゃえば、強いせいであの騎士団長を殺したのはあいつだって疑われてるわけじゃない」


「ううん、考えてみてよ。オーナーはすごく強いんだよ」


「はぁ? だからそれは知ってるわよ」


 要領を得ず不機嫌そうにファレンは眉を吊り上げた。


「だったら暗殺なんて真似しないでこの駐屯所にいる騎士団全員を相手にしたって良かったと思わないかな?」


「いやいや、あんたさすがにそれは…言い過ぎよ」


「いや、言い過ぎじゃない。ファレンだって見ただろ? 隊のトップにいる、しかもそれは王国の近衛騎士団の団長を2人がかりとは言え、手玉にとったオーナーを」


 あの砂塵の中、極めて視界は悪かったが、結果的に見ればカナタがリアムを追い詰めていた状況になっていた。

 だが、さすがに、とまたファレンが首をひねるとカインは真剣な眼差しで続けた。


「ファレンは見ていないし、あの人の力と対峙していないからわからないのも無理はないよ。それにさ…」


 カインの脳裏に浮かぶのはあの惨劇の日、エリオットやネネと命の洞窟へ潜った日のことだ。

 満身創痍、今にも命を落としかねない状況であれほどまで手こずったコープスワームの群れを容易く蹴散らしたあのカナタの背中。

 同時に己の無力を感じ、うち負かされた悔しさがこみ上げてきた。


「オーナーに限って暗殺、誰にも見つからないように隠密行動を取り、こそこそと屋根から逃げていくなんてことあり得るかな?」


 しばし、ファレンは目をつぶって考える。

 大胆不敵で自信家。そしてなにより面倒臭がりで何様のつもりか上から目線での物言い。

 考えるだけで腹が立つが、確かにとファレンも頷く。


「絶対ない。あいつのことだからきっと正面切って、いやドアを蹴破る? ううん、壁に大穴を空けてあのいやらしいニヤついた顔で散歩してるかのような足取りで攻めてくるに違いないわ」


「でしょ? だから考えにくいんだ。オーナーに限って不意をつくなんて卑怯なことするとは思えないし、あの日、オーナーはリアムさんに言ってたんだ。次は戦場で万全な状態で会おうぜって」


「うーん…あいつ嘘はつくけど約束は守るもんね」


 眉根を寄せてファレンは唸り声を上げて考え込み出した。

 そしてふと気付き、恐る恐ると言った感じに言葉を紡いでいく。


「ちょっと…待ってよ…。じゃ、じゃあさ…王子様が嘘をついてるってあんたは言いたいわけ…?」


 王族を疑うなど極めて不敬。

 それもその王族に忠誠を誓う近衛騎士団の本拠地内で柄にもなくファレンは声を潜める。

 それも当然。もし、聞かれでもしたら打ち首になりかねない。

 だが、一切の動揺も見せずにカインは真剣に頷く。


「可能性は否定できないよ」


「あ、あんた…それがどういう意味かーー」


「わかってるよ。でも考えられる可能性の一つであることに間違いないんだ」


「…でも、なんのためよ…」


「女王を殺し王権を自分のものにするためか…もしくはヨハンネス元王子と繋がっているか…痛っ!?」


 女王を殺す、そのあまりに恐ろしく命知らずな発言にカインの頭を咄嗟に叩く。

 寛容で心優しい女王と評判ではあるが、そんな問題ではない。絶対的な王政においてそのような発言、口にするのも憚れる。


「な、なわけないでしょっ…!? だって王子はまだ10歳前後よ?」


「叩くことはないと思うんだけどなぁ…」


「うるさい! あり得ないわよそんなの! あんた正気!?」


 囁き声ながらも語気は強く、表情からも怒りが伝わってくるが尚もカインは譲らない。

 こうなったらこちらの話はどこ吹く風。頑固者なのは物心がついた頃から共に暮らしていたファレンは知っている。

 諦めたように肩を落とし、ファレンは深いため息を吐いた。


「…いい? どこに暗殺を企てる10歳がいるのよ…はぁ…」


「うん、だからそれは可能性の一つだって言ってるでしょ」


「じゃあ、他の可能性とやらは?」


「例えば、王子様に近しい誰かが傀儡として扱ってる。もしくはその近しい誰かこそがヨハンネスと繋がってる可能性。…勿論、オーナーが本当にリアムさんを殺した可能性は拭えないよ。オーナーがヨハンネスの命令で暗殺するように仕向けたかもしれない。でも…オーナーが誰かの命令に従うなんてことするとは思えないんだ」


「…確かに。あいつは常に自分が優位だと思ってる節があるもんね」


 可能性は絞れているわけじゃない。

 だが、カナタ自身が及んだ犯行でもなければ、誰かの命令というわけでもない。

 確定事項ではないが、なぜだかそれを聞いた途端にファレンの肩は軽くなった気がした。

 あれほど嫌っていた者ではあるが、腐っても知り合いが重い罪を犯したとはどうも具合が悪かったのかもしれない。

 内に秘めたる安堵にファレンはどうも気持ち悪くなり、べっと舌を出した。




「どうやら、俺らよりもこいつらの方がずっとあいつを理解していたみたいだぜ?」




 ギィと音を立てて開かれた扉の先にはブドーリオと切なげな顔をして俯くユースティアの姿があった。

 どうやら、扉の先で聞き耳を立てていたらしく、話は筒抜けのようだった。

 大きな身体を木製の椅子に落ち着かせてブドーリオは鼻息を吹く。


「し、師匠っ!?」


「情けねーな。兄弟兄弟言っておきながらあいつを心の底から信用できてなかった。お前もそうだろうティア。好きな男を信頼してなかったってな」


「べ、別に好きではありませんわ!!」


 扉の前で俯き気味に立ち呆けていたユースティアは口ごもりながら顔を真っ赤にした。

 先ほどのキュリオの発言に否定することをできなかったのは事実。それはブドーリオも同じ。

 カインの推測に過ぎないがカナタは無実、その言葉を耳にしてユースティアは心の底から安堵するが、同時に懺悔の気持ちも沸き出てきた。

 座ろうともせず、ジッと扉の前に佇むユースティアをちらりと見てブドーリオは両膝を叩く。


「とにかくだ。可能性があるなら俺たちがやらなきゃならんことは1つだけだ。兄弟をぶん殴って問いただす。そして正気に戻してやることだ」


「…はい」


 神妙にカナタが頷くとブドーリオがそっと拳を伸ばした。

 決意表明せよ、そう感じ取ったカインも同じように手を伸ばしその拳を合わせる。

 それを見ていたユースティアも細く白い手で慣れない握りこぶしを作り、2人に合わせた。


「…はぁ。仕方ないわね」


 やれやれと首を振り、ファレンもそれに習う。

 カナタを殺すべくと騒めく騎士団駐屯所の中で4人はカナタを救うべく決意を固めた。





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