血染めの英雄
「…信じらねーな、そりゃあ」
誰よりも早くエリックの言葉に返したのはブドーリオであった。
当然、戦友にして旧友。いや今はもう親友を超えた相棒、家族といっても差し障りない。
太くたくましい腕を胸の前で組み、ブドーリオは首を振る。
しかし、それは誰にも悟られはしなかったが不安と動揺の現れだ。
無意識的にブドーリオが自身の身体を抱え防御の態勢に入っていたことは本人さえ気づいていなかった。
「そ、そうですわ、カナタに限ってそんな…」
瞳を開き、見るからに動揺を隠しきれないでいたユースティアも否定しようと試みる。
だが、偶然にも同時に2人の脳裏にはあの決別の日、カナタがリアムの頭に銃口を突きつけ、引き金を引いた光景がフラッシュバックする。
当然、2人が拳銃の詳細なことなど知る由もない。
それでも幾多もの戦いをカナタと共に切り抜けてきたからこそ知っている。
拳銃の殺傷力と恐ろしさを。
あれは人を殺める武器だ、ということを。
同じ時間、同じ時に2人は口ごもり、目的のためカナタならばあり得るのかもしれないという考えが頭をよぎってしまった。
「…どうやら、貴方方のお知り合いのようだ」
それをキュリオが見逃すはずもない。
リアムにこそ劣りはするが、彼もまた若くして騎士団の副団長まで登りつめた男だ。
切れ長な目を益々、尖らせて2人に厳しい視線を送る。
「キュリオ様、お言葉ですが、知り合いと言うならばあの10年前の戦争を体験した兵士ならば彼の顔、最低でも名前ぐらいは皆存じ上げております」
庇うわけではないが、間を割ってアルドレオは渋みのある低い声でキュリオを諌める。
「アルドレオ殿。私も騎士団名に恥じぬ誇りと心を持っているつもりです。加えて、嘘を見抜く力もね」
非対称に伸びた前髪を払ってキュリオは手のひらをアルドレオに向ける。
「この2人がその『カナタ』という男と並々ならぬ関係であることは見るからに明らかだ。だが、この2人が泊まる客室はこの団長室から最も遠くにある。深夜とはいえ、駐屯所ないも見回りはいた。それをこの不器用そうな大男がカナタという男を案内、もしくは変装し掻い潜ることなどできやしないだろう。もし、それができたのだとしたら騎士団の恥、あるいは…騎士団内に間者がいることになる」
「…俺をバカにしてんのかオメェ…。だが、まぁ俺が隠密行動が得意じゃないのは確かだ」
忌々しげにそれを受け入れたブドーリオを鼻で笑い、キュリオは次にユースティアの方へ鋭い視線を動かした。
「ユースティア殿といったか、この女性ならばあるいはそれも可能。ただ、肝心の武力がない。その華奢な身体では団長の命どころか、傷一つつけることさえ叶わないだろう。まぁ、案内だけならば可能かもしれないがね」
「…お前は弱そうだって正直に言えばよろしいんじゃなくて…」
ブドーリオ同じく、ユースティアも歯ぎしりを立てて悔しそうにキュリオを睨みつける。
だが、言い分が間違っているわけでもないので反論もできない歯がゆさ。黙ってキュリオの言葉を受け入れるしかない。
何より疑いが腫れるのであれば越したことはないのだから。
「先ほども言ったが、私は人を見る目に優れている。この者達の疑いをかけられた際の怒り、そして団長の死に対する悲しみは真実だろう」
「それならば、わたくしとしても気になる点がありますわ」
己らの冤罪が晴れたところでユースティアが待っていましたと腰を手に堂々と胸を張って鼻を鳴らす。
矛先はキュリオに向かうと思われたが、そうではない。
自分を貶した相手から目を逸らし、視線を向けるその先はエリックである。
「失礼ながらエリック王子。そのカナタを見たのは確かですか」
「おい、ユースティア」
まさか、王子を疑うのではないかと珍しく父、ヴィンセントの声に焦りの色が見えるが、そんなことどこ吹く風、大きく美しい蒼色の意志の強い瞳は真っ直ぐとエリックから逸らすことをしない。
「…は、はい。確かです。この前お会いしたばかりですし、忘れもしません」
「では、なぜエリック王子はそれを見ることができたのでしょうか?」
「…昨日はなんだか妙な胸騒ぎがして…寝室からなんとなく空を眺めていたんです。昨日は雲一つなく、月や星々が綺麗に見えたので」
「偶然…と仰るわけですわね?」
「いい加減にしろ! 相手を誰だと思っている! やすやすと口を聞いていい相手ではないんだぞ!」
「お父様は黙っていて頂けます!? 今は敬意よりも大事なことがあるんですの!!?」
従順な娘だと思っていたユースティアに鬼気迫るものを感じ、ヴィンセントは思わず縮こまる。
それも10年前の戦争を経験してから、いや、母親に似てしまったか。
ヴィンセントの背中に哀愁漂う何かが漏れ出した。
声を荒げたユースティアにエリックも同じく身を縮こませるが、たどたどしくまた昨晩のことを始める。
「は、はい。ぐ、偶然です。その時に…見たんです…」
「見た…それがカナタだったと? 姿を見ただけではまだリアムさんを殺害したとは…」
エリックは静かに首を横に振る。
「駐屯所の屋根の上、月明かりに照らされたカナタさんは…『真っ赤な返り血に染まり、その手に持たれた剣からは血が滴って』いました…」




