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襲撃者の名は


「心臓を鋭利な物で一突き…正面から貫かれていますな。おそらく顔見知りの犯行かと」


 王国近衛騎士団、団長室。

 漂う鉄臭さが鼻を刺激するこの部屋で昨晩事件は起きた。

 朝食を運び入れようと部屋を訪れた副団長、キュリオはそこで血だまりに沈むリアムを発見し、すぐさま団員に伝え、名医と名高いヴィンセント・ヴァン・クローデット医師を呼び寄せてこの場に集う。


「…顔見知りですか」


 切れ長な目が特徴的な青年キュリオはリアムの死を知ると唇を噛み、悔しさを露わにして拳を握りしめた。

 つい昨晩まで生きていた、なにより誰よりも信頼と尊敬を抱いていたリアムの死はキュリオにとって心に深い傷を負わせる。

 不遜で面倒見がよく、綺麗な女性。男勝りではあるが、だれよりも団員を愛し、愛された人。

 顔面を蒼白にし、血の海に横たわったリアムの胸には痛々しい大きな傷が空いていた。



「どけってんだろ、おい! てめーらが守れなかったからリアムは死んだんだろーが!! 今更宝物みたいに守ってんじゃねー!!! 守るんだったら生きてる時に守りやがれ!!!」



 人避けに入り口を堅めていた団員たちをかき分けて強引に部屋を踏み入れた大男、その後ろにユースティアも続いてくる。


「…ちっ。マジかよ…本当に死んじまってるじゃねーか」


 ブドーリオはリアムの姿を見るや否や顔を覆って天井を見上げた。その頬を一筋の水滴が伝い落ちる。


「…お久しぶりです、お父様」


 リアムの遺体を膝をついて眺めていたヴィンセントの前でユースティアは深く頭を下げた。

 しかし、ヴィンセントは見向きもせずにシワの刻まれた顔でリアムの胸の傷を観察する。


「まだおままごとはやめていなかったのか…私の顔に泥を塗るなユースティア」


「おままごとではありません。わたくしは自分の意思で真剣にーー」


「まぁどうでもよい。そんなことより、今は…。ユースティア…お前はどう見る…」


 言い訳など聞く耳を持たず、言われるがままユースティアもリアムの検視を始める。


「致命傷は明らかにこの胸の傷。心臓を突き刺されたものによるかと…。正面から刺された傷から見るに後方からの不意打ちはなし。また、争った痕跡はないことから…顔見知りの犯行で間違いないかと…」


「ふむ。加えて言うなら相手は顔なじみかつ達人級の腕を持つものか…。リアム団長は恐ろしく腕の立つ武人、顔見知りの不意打ちといえどただ素人に殺されるようなものではない」


 やはり親子。

 同じように顎に手を置いて見解を述べる2人の様はそれ以外の何物にも見えない。


「顔なじみ…して、ブドーリオ殿といったか」


 先程からどうも引っかかっている。

 怨念じみた殺意を目にキュリオは男泣きするブドーリオを睨みつけた。


「君は…昨晩何をしていた…?」


「…てめぇ…俺を疑ってんのか…?」


「疑わらざるを得ないだろう。団長の知り合いと紹介された客人たちがここへ来た途端にこのような事態となった。犯人は顔見知りで腕の立つ者。人伝ではあるが、君も相当な実力を持った戦士だと聞く。もう一度問うぞ、君は昨晩何をしていた」


「ふざけんじゃねぇ!! 誰が仲間を殺すか! 俺とリアムは10年も前から友人なんだぞ!!」


「怒りで誤魔化すつもりか…? 私が問いたいのは君と団長の関係ではなく、君が昨晩何をしていたか、だ」


「…殺すぞテメェ…」


 血管が切れそうなほどの青筋を立てて、ブドーリオはキュリオの胸ぐらを掴む。




「おやめください、お二人とも」


 


 今にも殺し合いに発展しかねない2人を割って、王宮近侍アルドレオは厳格に目を細めた。


「アルドレオ殿…なぜここに…」


 アルドレオのような宮仕えの者が騎士団の駐屯所へ来ることなど滅多にない。

 両肩を叩かれて宥められたキュリオは不機嫌そうにそれを問った。


「貴方様方がどうにもつまらない争いをしているようだったので」


「つまらなくねぇ! 俺は殺人の罪をきせられそうなんだぞ! 誰だジジィテメェコラ!!」


「冗談でございます。老人のちょっとした茶目っ気だと思ってご容赦を」


 廊下に向かってすっと手を伸ばすアルドレオ。

 すると何人たりとも通さぬとしていた団員たちの壁が割れる。そこを怯えた小動物のようにアルトリア第4王子エリック・ノア・アルトリアは目に涙を浮かべ震えながら歩み出るとぎゅっとアルドレオの手を握って寄り添った。


「エ、エリック王子っ!!? 如何様にしてこんなところへ!?」


 ついこの間、カナタが訪ねた際にもパトリシアとエリックの来訪に駐屯所は大騒ぎだった。

 今までなかったことが立て続けに起こり、騎士団に動揺は隠せない。パトリシアたちと親交があったのは騎士団で言えばリアムぐらいだが、それも公のことではない。

 キュリオもまた慌てて膝をつき、頭を下げた。


「あぁ? 王子ぃ? なんだって王子様が?」


 皆が頭を下げその場に膝をつく中でただ1人、ブドーリオは立ち尽くし呆れた声を上げる。

 それをエリックはおろかアルドレオさえさして気にした様子もなく、


「エリック様がリアム様を襲った犯人を見たと仰っています。ですよね、エリック様」


「は、はい。僕…リアムさんを殺した犯人を見ました」


 小さな手でアルドレオの手をギュッと握りしめて、リアムを眺めた。


「いけませんエリック様。心に傷が残ります」


 不意に目にしようとしたリアムの遺体、そっとアルドレオはエリックの目を塞ぐ。


「…大丈夫です姉さんにも僕にも良くしてくれた人ですから…よく見ておきたいんです」


 エリックは瞬き一つせずリアムを見つめ、少しの間静かに目を閉じた。

 そして言葉を待つ皆に向き直り、エリックは言う。








「リアムさんを殺したのは『カナタさん』という人です」








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