表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/101

散る

 考えてみればおかしなことだった。

 時同じく、ブドーリオたちに部屋を割り当て自室に戻ったリアムは書斎机にいくつもの本を積み上げてそれを読み漁っていた。

 それはどれも魔法に関する書籍。

 放出魔力に乏しいリアム自身が魔法を要することはないが、後学と戦術、または魔法を扱う騎士団の育成のため魔法に関する本は数多く取り揃えている。

 リアムが机に積んだ物はどれもエルフ族が有する特異魔法、どれも禁忌の魔法と称される物に関する本だった。

 魔族と同じくして他種族との交流を持とうとしない長耳、エルフ族。

 森の奥深くに住まうその種族は魔族とはまた違った古代魔法、蘇生や人体創造、転生転心などの人が触れてはならない領域の魔法を得意とする一方で、他種族を嫌い戦闘を嫌う。

 数多くの戦場に赴いて来たリアムでさえ、生のエルフを見たのは片手で数えることができるぐらいだ。

 記載された物はどれも眉唾もので詳細や魔法言語スペルさえ記載されていない。

 それもエルフを見たことがある者自体が少ないのだから仕方がないことなのだろう。


「何か…あるはずだ…」


 カナタがあれほど敵対していたヨハンネスと協力などするはずがない。

 カナタが尊敬し、その生き様を真似するほどまでに愛したボッタの宿屋、初代主を殺したのは間接的だったとはいえヨハンネスだったからだ。

 ヨハンネスは投獄前、熱心に魔法学を学んでいた。中でも力を入れていたのがこのエルフたちが有する古代魔法。

 夜更け過ぎまでヨハンネスの部屋に灯りがついていることは珍しくなく、そのことは彼に一度でも仕えたことがある者ならば誰しもが知っている。

 リアムもまた彼が指揮する魔族との戦争を経て同じようなものを何度も目撃した。


「…ふぅ」


 1冊の本を読み終わり、リアムは煙草に火をつけてその本を机の端に寄せた。

 ハズレと言わんばかりに遠くに置かれた本の山を見やりながらリアムは肺から真っ白な煙を吐き出す。

 途端に室内に煙草の匂いが充満した。

 カナタが何かを吹き込まれたか、カナタにとって何か有益な情報をヨハンネスが保有しているか、検討はつかないが、もしそうならばそれは自身が2人を引き合わせてしまったあの日に違いない。

 直感的に古代魔法が怪しいと思い、調べはしているが手探り感は否めない。


「蘇生…カナタは先代を蘇らそうとしているのか…?」


 ハズレと決めつけてはいるが、それに確信はない。

 1冊の『エルフの古代魔法・禁忌の蘇生』という本を手に取り、リアムはパラパラとページを捲った。

 長々と難しい言葉で書いてあるが、魔法の根本に触れているわけではなく、ただ背徳的な魔法を使用するべきではないと否定的な内容が書かれたつまらない本だ。

 書いた本人はエルフに親でも殺されたのか、種族に対しても排他的で揶揄するような言葉が述べられている。

 どうにも可笑しくなり、リアムは燭台一本のみに灯された暗い部屋で煙を吐き出しながら薄い笑みを浮かべた。


「くだらない…これではどちらが他種族嫌いかわからないではないか」


 元のハズレ山にそれを投げ捨ててリアムは深く背もたれにもたれ掛かり天井を見上げる。

 稀代の英雄。人類種、魔族種2つを救った本の中で生きる伝説。

 一方で稀代の残虐王。女子供だろうと敵国であれば容赦なく首を落とし、洗脳的に人民を導いた悪王。

 言うなれば、対極にいる2人。

 何が彼らを引き合わせたか。

 リアムの友人は脅迫されるような者ではないことは確かだ。

 ならば、予想通り何か有益な情報をエサにされたとしか考えつかない。


「カナタが欲しがる情報…」


 読んだ本の中に『異界の門を開く』術を持つエルフ族もいるということが記載された本があった。

 リアムもまたカナタから異世界から来たと打ち明けられた者。

 だが、もう10年だ。

 今更、元の世界に帰りたいと思うだろうか。

 以前、酒の席で勢いでブドーリオが聞いたのをカナタは確かこう返した。



『不思議と戻りたいとは思わないな。もうここに来て1年だ。親だって俺が死んじまったもんだろうと思ってるだろうし、何より連絡一つ寄越さないで消えてたんだ。合わす顔がねーよ』



 へらへらと笑って答えるカナタの顔が脳裏に浮かぶ。

 あれは偽りの笑みだったか、いや天邪鬼なやつではあるがあれは本心だったのだろうと確信はないが、そう感じるものがあった。

 今はあの時以上に時は流れた。今更、というのなら尚更だ。

 第一、あのカナタが旧友を敵に回してまで帰ろうとするだろうか。いや、ない。もしもカナタが友を捨て国に逆らおうとするのであれば自己犠牲、もしくは…。

 長い思考を重ねる中、口にくわえた煙草から灰が軍服に落ちる。

 熱を帯びた灰が衣服を焼こうとするのを手で払い、リアムはまた長考に入った。


 ーー落ちる……堕ちた英雄。堕ちた賢王。


 そう、洗脳めいたものはあったがヨハンネスは国民に厚い支持をされた賢王であったのは揺るぎない事実。

 おかしくなったのは国王コレドが病に伏し、魔族との戦争を始めてからだ。初めはアルトリア領土に迷い込んだ子供達を惨殺したのが両国の関係を悪化させた要因だったか。

 瞬間、厚い靄に覆われていたリアムの脳に光が差す。

 書物をかき分け、手に取ったのは転生魔法に関する本であった。

 夢中で本を読み、リアムは読了後にニヤリと口の端を曲げた。



「なるほど…賢王は賢王か…」



 これならばカナタがあちら側についたのも納得できる。

 両雄どちらも堕ちてなどいなかった。

 なれば、と腰を上げた矢先にキィっと暗い室内で静かに扉が開かれた。











 翌朝、アルトリア近衛騎士団長リアム・フェアリュクト殉死の訃報が王国中に報された。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ