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魚の価値


「……なんでお前がいる?」


 一方、馬車に乗らず対立を決めたカナタたちもまた同様に別の悩みに直面していた。


「メルなりに考えての行動にゃ」


 小さな身体で僅かに膨らんだ胸を張り、メルクリアは得意げに宣った。

 そう、このメルクリアこそカナタたちが直面した悩みだ。

 てっきり馬車に乗り込んだかと思われたメルは直前のところで下車。あたかも最初から居残りを決めていたかのようにカナタとエルザの後にこっそり続いていた。妙な気配に気付いたカナタはそれを問い詰める。

 現在までの経緯を簡単に述べるとそういうことである。


「考えて? 脳みそに魚が泳いでるお前がか?」


「失礼なやつにゃ! メルだって考え事だってするにゃ!」


 唾を撒き散らし、顔を朱に染めて激昂したメルクリアは気を取り直してこほん、と生意気に咳払いをしてみせた。


「いいにゃ? 確かにメルは魚が大好きにゃ。それは紛れもない事実。認めざる得ないにゃ。そう、魚こそ肝にゃ」


 小さな手で人差し指を立て、メルクリアは片目を瞑って弁を垂れる。


「もし、あっち側についたら誰がメルの魚を準備するにゃ? 正直、国が支給する食料はどれもパサパサでお世辞にも美味いとは言えないにゃ。それならお前たちについて行って労働の対価として魚を頂く、それこそ賢いとは思わないかにゃ?」


「…メルクリア様は…バカなのですか?」


「メルはバカじゃないにゃ!!」


 珍しく呆れを表情にだしてエルザが辛辣な言葉を吐く。


「いいからメルの賢い考えを聞くにゃ。ここでお前らに恩を売っておけば今後毎日毎朝毎晩、どんな時にも魚食べ放題にゃ。国側についたってせいぜい魚数匹分のお金がもらえるぐらいにゃ。なら、メルは賢く生きるのにゃ」


「…………………………いや、お前バカだろ?」


 長い沈黙の後、カナタがやっとのことで絞り出した言葉はやはり『バカ』という言葉に他ならない。


「うみゃっ!!?」


 メルクリアは基本的に金銭感覚に疎い。

 それは長年に渡ってカナタを筆頭に皆に騙され続けてきたからだ。だから、今回の報奨金がどれほどの大金かも知らないし、理解しようともしていない。

 騙されに騙されてきたメルクリアはただ、もしかしたら騙されているかも、と疑うことだけを学習し、己の考えを改めようとはしない。実にプライドの高いバカに進化していた。


「いいか、メル」


 村を出てから数分、近隣の森の中でカナタは切り株に腰を据えてため息をついた。


「今回の戦は国側を相手にする。それは国家反逆、つまりは犯罪者になるってことだ。国家反逆罪つったらケチな強盗や殺人なんかよりも重い罪だ。自分だけじゃなくてその家族にまで火の粉が飛ぶ可能性も充分あり得るんだぞ?」


「そんなことはわかってるにゃ。言ったにゃ? メルはバカじゃないにゃ」


 メルクリアはそれを鼻で笑う。


「いや、わかってない。いいか、これは魚が食える食えないで片付く問題じゃないぞ。こういうのは身寄りも家族もいない俺の仕事なんだ」


 本来ならばエルザでさえ来て欲しくはない。

 カナタはちらりとエルザを見やって頭をかいた。

 しかし、カナタのそんな思いなど届くはずもなく、エルザは同意して追撃する。


「旦那様の仰る通りです。損得で考えるのは愚の骨頂。今すぐ考え直し、引き返すべきです。今ならば、馬車を飛ばしてリアム様たちに追いつくことも可能でしょう」


「それならメルだって同じにゃ。メルにはもう父様も母様もいないにゃ。誰にも迷惑はかけないにゃ」


 だが、これもメルクリアには届かない。

 10年前の戦争以前に両親のみならず仲間、母親の率いた盗賊団はとうに全滅。唯一の生き残りであったメルクリアもまた家族や親類といった繋がりはない。


「……それにみんなが離れ離れになるのは悲しいにゃ。本当は戦争なんてしたくないにゃ。でも…カナタ。お前にはきっと何か考えがあるんだにゃ? 昔からお前はこういう時に何か企みを持って行動するやつだったにゃ。今回もきっとみんなが仲良く終われる策があるに違いないにゃ」


 それは淡い期待。

 いや、それこそがメルクリアが内に秘めた本音だったのだろう。

 震えた小さな手は拳を握り、揺らぐまん丸の大きな目には悲しみの色が帯びていた。

 時折、動く尻尾は不安の現れか定まった場所に落ち着こうとしない。


「…正直、今回はお前の期待に添えるかはわからないな」


 木々の隙間から覗く蒼天を見上げてカナタはぼそりと独り言のように呟いた。


「…嘘にゃ…カナタは嘘つきにゃ」


「あぁ、俺は嘘つきだ。だから俺を正直者にするために協力してくれメル」


 カナタは弱い。

 単純な武力のことではない。

 元の世界において一般人が戦争に参加することなど現代においては極めて希。10年の月日と過去の悲惨な戦争が彼を成長させたとは言え、この世界に生まれ戦争を経験してきた者たちに比べればいくら圧倒的力を手に入れようと及ばないものがある。

 だから仲間を頼る。

 普段はぶっきらぼうで突き放した態度を取るカナタだが、今、メルを見つめる瞳は真に迫るものがあった。


「お前次第で俺の覚悟が決まる。頼めるか?」


 本来ならばエルザに頼もうと考えていた事だが、国を相手取るにあたって圧倒的な戦力不足は否めない。リアムやブドーリオたちと敵対するなら尚のこと。


「…ま、任せるにゃ! まったくカナタの弱虫はまだ治ってなかったのかにゃ!?」


 曇っていた顔にぱっと花が咲き、メルクリアは力強く胸を叩いた。

 安堵と照れが混じったような表情でメルクリアが微笑むとカナタも呼応するように薄い笑みを見せる。

 エルザもまた2人の信頼関係を目の当たりにし、人知れず目を細めてそのやり取りを見守った。



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