決別の証
圧倒的敗北のように見えるリアムのその様相。騎士としての誇りか、剣だけは手放すことはなかったが、両手を地に地面に尻をつけて上体だけ起こした状態。
目の前に不敵に佇むカナタを見上げて、リアムは下唇を噛んだ。
「敗因があるとしたら俺と喧嘩したことがなかったせいだな」
カナタとリアムは国の兵士として戦ってきた中で一度も仲違いをしたことがない。
いや、正確には殴り合いに発展するほどの争いになったことがないと言った方が正しい。
どちらかと言えば、カナタと喧嘩をするのはブドーリオの役目。
戦さの合間が空けば、2人は睨み合い取っ組み合いの喧嘩をして周囲を騒がせていた。
「…喧嘩か…なるほど」
確かにカナタの手の内、戦法、癖を知っていればこの戦いで優位に立つことができたのかも知れない。
だが、それは可能性の一つにしかならないし、ましてや過去のことを悔やんでいても仕方がない。
第一、リアムはまだ負けていない。
寧ろ今が絶好の好機。
手を伸ばせば届くほどの距離は完全にリアムの間合いの中だ。
対してカナタは無防備かつ無手。カナタが武器を出すのに1秒と仮定し、それで防御体勢かもしくは回避に徹するのを判断するのに1秒。計2秒もあれば、紫電を発動し、切り裂くのはリアムの腕を持ってすれば極めて容易なこと。
一瞬の隙が戦況を変えることを知らないのか。それは奢りか怠慢か無知か。
もし、回避されたとて追いつき、この身を投げ打って刺し違えてでもカナタの息の根を止めなければならない。
元より如何なる時も死を覚悟して戦に臨んできた。死は恐れることではない。
今は目の前の男を止めなくてはならない。
それ程カナタの存在は国にとって脅威だ。
「…お前こそ私のことがわかっていないようだな」
リアムの手が動く。
爆ぜる雷は先程よりも大きく、リアムの怒りと覚悟に呼応して強大な力を生む。
「私は負けず嫌いだッ!!!」
リアムの身体が傾く。
急な虚脱感に重心が定まらない。
空を舞う自身の腕が剣を握り、地へ重い音をさせて転がっていく。
騎士の剣が数多の戦果を挙げた自身の身体がーー。
「いーや、理解してる。お前はプライドが高く、負けず嫌い。好きなものは筋張った固い牛肉。嫌いなものは脂の多いもの全般。そして我らが794小隊の隊長様にして、今や大出世の王国近衛騎士団の団長様。どちらかと言えば理解していないのはお前の方だ。俺ではなく、もう1人のな」
頭に上った血が腕から吹き出し、リアムを冷静に戻すが、怒りは未だ収まらない。
右腕の肩から下は無に。滝のように血を滴らせる傷は確かに激痛を生むが、それさえも感じぬほどの怒りがリアムを侵食する。
「その女、最初から俺の支援なんて目的じゃねーんだよ。俺は単なる餌。虎視眈々とお前を仕留める隙を見計らってたんだよ」
リアムの背後に亡霊のように現れたエルザ。冷たい目、無機質な表情。まるで生きた人形のようなその女は漆黒の大きく不気味な鎌を血で濡らし、言葉なくそこに存在していた。
「それを踏まえた上で俺は行動した。2人がかりってのは納得いかねーが、これは喧嘩じゃなくて戦いってことで許してくれ」
カナタの手に拳銃が現れる。
無論、トドメを刺す気だ。
「早い者勝ちは旦那様の口癖なので今回も同じかと」
リアムの首に鎌をかけ、エルザはそのまま小さく頭を下げた。
「……完敗だな、殺せ」
戦意喪失とは違う、相手への賛美と賞賛の気持ちを胸にリアムは死を受け入れた。
「はっはっ。さすが団長様だ。痛みにも死にも屈しない。その精神力のタフさの秘訣を教わりたいもんだな」
目を閉じ、時を待つリアムを見てカナタは素直に感心する。
「けど、最初から死ぬ気で戦うってのどうも好きじゃねー。命あっての勝利だ。死んだら負け。だからこそ俺はいつだって生きて勝つつもりだし、そんなやつらに負ける気もしねー。お前の敗因の理由にそれもあるかもな」
そっとカナタはリアムの額に向けて、銃を突きつけた。
いくら過去の戦友だとしても自身の行く道の障害となるならば排除しなくてはならない。
リアムも殺す気できていた。
しかし、できればーー
「じゃあな」
ーーカナタは引き金を引いた。
「……………へっ」
手応えはない。
カナタは背面に銃を放り投げて、小さな笑み浮かべた。
ジャムった。
そう表現すべきか、銃弾は発砲されず、不発。
ギシっと金属が軋む音をさせて、玉を詰まらせた拳銃。
「神様がお前に味方したな」
ゆっくりと目を開けたリアムにカナタは呆れたように首を振って、足元に転がったリアムの腕をその胸元に投げつけた。
「早くユースティアに治してもらえ。次に会うのは戦場だ。万全で来いよ」
それは決別の証。
立つことも追う気力も無くしたリアムは離れ行く2人の後ろ姿を只々眺めることしかできない。
駆け寄る騎士団の団員たちやブドーリオたちの声など耳にも入らない。
ただ悔しさがリアムを胸いっぱいに埋め尽くした。




