命の洞窟
一見見落としてしまいそうなほど辺りを深い森に囲まれた洞窟。
近隣の村、レインタウンに住む人々から『命の洞窟』と呼ばれるその洞窟は入り口付近こそ外からの灯りによって薄暗さを保っているが、奥深くに行くにつれて全てを飲み込んでしまいそうなほどの暗黒が口を開けて待っている。
内部にはそれなりに危険な魔物も多く、村の人間もそう易々と近づくような場所ではないが、その洞窟の入り口から少し進んだ先に小さく揺れ動く灯りが一つ。
そう、三日月草を求めこの暗黒に足を踏み入れた三人である。
先頭を歩くのは長髪の青年エリオット、次に青髮の少年カイン、三つ編み少女のネネと続く。
「気をつけろよ。足下にも魔物にも…!」
歩きやすいとは到底言い難いゴツゴツとした岩の突き出る地面を歩きながらエリオットは額に汗を浮かべてそう注意を促した。
「う、うん!」
「は、はいぃぃ〜〜」
若干の疲れは見せつつもまだ元気そうなカインの声とは真逆に元々、魔法使いで体力のないネネは息を上げながら返事を返す。
そうして洞窟入り口から三十分ほど歩いた後にリーダーのエリオットが少しだけ休憩を取ろうと提案した。
「……こんな休んでていいのかな…。ファレン…大丈夫かな…」
座り込む三人の中央で燃える焚き木の炎を見つめながらカインはポツリと漏らした。
「アホ。俺たちが無理してとちればファレンだけじゃなく、全員が死んじまうんだ。ここは休息をとってどんな危険にも備えられる準備を整えろ」
「そうです。まだ時間だってありますし、きっとファレンちゃんが元気になる薬草を持ってみんなで戻りましょう」
ファレンの身を案じるのは皆同じと言わんばかりに二人が言うと、カインは小さくうん、と呟いて首を振った。
「しっかしよぉ〜」
仲間の命がかかったその重たい空気を払拭しようとぼーっと焚き木を眺めていた二人にエリオットは明るい声を出した。
「あの宿屋は最悪だったな。今までボロ宿なんていくらでも泊まったがあそこが一番最悪だ。キングオブクソ宿屋だ」
ケッケッケっと笑いながら長い髪をかき乱すエリオットに二人は小さな笑みを浮かべる。
「は、はい。なんだかみんな怖かったし…」
「エリオットはまずいお酒を飲まされたしね」
「そうそう! あの酒は本当にヤバい! まず臭いがドブみたいなんだよマジで! あの時の俺は本当によくやったよ。怒ってたとはいえな…いや、怒りに任せてじゃねーとあんな酒飲む前に吐いちまうわ」
そう言ってエリオットは両腕を組んでウンウンと一人頷く。
「エリオットは喧嘩っぱやいから」
「はい、施設でも毎日のように喧嘩してましたし」
「お、おい! ちょっと待て! 俺の短気を非難する話じゃねーだろ! 今はあのクソ宿屋の話をする時間だ!!」
突然の自分への攻撃にたじろぎながらエリオットは声を上げるとカインとネネはその様子が可笑しく、くすくすとことさらに笑いだす。
しばらく二人が笑い続けるのをエリオットが頭をかいてバツの悪そうに黙っているとぽつり、とカインが漏らした。
「でもさ…なんかあの人たち悪い人じゃない気がするんだ…」
「はぁ!?」
怒りにも似た疑問の声を上げたのはもちろんエリオット。
「お前は昔っからバカみてーなおお人好しだなおい」
呆れたと言った感じに言うエリオットにカインは頭をかいて苦笑いを浮かべた。
「でも本当に悪い人なら薬を作る方法なんて教えてくれないと思うし…」
「だから、詐欺としか思えない酒に太陽石っつう対価には不釣り合いすぎるものを求められてるんだろーが」
「う、うん。そうなんだけど…なんていうか悪い人には見えない。根拠なんてないし、なんでそんなことを思うのか自分でもわからないんだけど…う〜ん…」
「お前…少しは懲りろよ…。前にもそう言って性悪な女に騙されただろうよ」
「それはエリオットさんです!」
「それはエリオットだよ!」
ほぼ同時になすりつけようとした罪を否定され、エリオットはははは…と乾いた笑いを浮かべる。
「うおっほん!!!」
気まずい空気を振り払うように大きな咳払いをした後エリオットは腰をあげた。
「俺たちはファレンを助け、そいでもってあの宿屋のいけ好かない主人をぶん殴る!」
「気まずいからって逃げるのはどうかと思います…」
ふくれっ面で咎めるようなネネの視線を軽やかに無視してエリオットは背を向けて拳を突き上げた。
「さぁ、いざ行かん! ファレン姫を助けるために」
「エリオットさんはずるいです」
尚も冷たい視線を浴びせるネネ。
それもそのはず。
彼のせいで一時期、チームが大きな資金難に陥ったのだから…しかし、それはまた別のお話。
反省の色見えないエリオットが『カンタレス物語』を真似て大仰な振る舞いで前を歩いて行くのを二人は苦々しげに後を追った。