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魔女の免罪

 死人のようにぼんやりと虚空を見つめる。

 未だ、斬られた傷口は痛むが、先ほどまでの想像を絶する激痛よりかははるかにマシだ。

 意識を失わず、それに耐えきった自分を褒めてやりたい。

 血や涙、小便と身体中を濡らし、情けなくはあるがブルゴルムは生きている。


「ははっ、根性だけは一級品だな」


 剣を肩に芝居でも眺めているかのように気楽だが、残酷なカナタの目。

 背負われた凶悪にブルゴルムは亡き腕を庇って身体を引きずり後ろに下がった。

 二度とあの剣では斬られたくない。

 痛みと恐怖がブルゴルムの脳にしっかりと焼き付いて離れない。

 最恐の賞金稼ぎと自負していたブルゴルムでさえ引かざるを得ない状況だ。

 すぐさまトドメを刺すことのできるにも関わらず、カナタはニッと口を緩めて背を向けた。


「後の采配、お前に任せる」


 剣がその凶悪な姿を消し、空になった手をカナタはエルザの肩に置いてそう告げた。

 数秒の制止。壁に寄りかかり黙って顛末を見守るカナタの姿を見つめ、エルザは小さく頷いた後、静かに前へ歩み出た。

 とどまることを知らない血液。

 変装のために仕立てた冒険者風の服は真紅に染まった。べたべたとする感覚。皮膚についた血が固まりかけているのか。

 残った左腕で必死に止血を試みながらブルゴルムは眼前で見下ろすエルザを睨んだ。

 酷い目にあったが、未だ敵意はある。

 何もかもがこの魔女のせいだとブルゴルムは当てつけに心の底から憎む。

 こいつが黙って殺されれば、カインなど構わずに殺してしまえば…。

 後悔は数多に溢れてくる。


「…止血を」


 エルザが手をかざすとブルゴルムの腕に淡い光が宿り、温かに痛みが和らいでいく。

 予想だにしなかったエルザの行動にブルゴルムは思わず、自分の腕とエルザを順に見やった。

 そしてエルザは極めて丁寧な所作でブルゴルムのサーベルを拾うとそっと持ち主の目の前に横たえた。

 てっきり自身のサーベルで首を飛ばされると思ったが、それもどうやら違うらしい。


「…なんだテメェ…」


 憐れまれたかのようなエルザの態度にブルゴルムは苛立ち、歯を鳴らす。

 今にも飛びついて来そうなその相手を前にしてもエルザは整然としたお辞儀をし、大事な客を接待するよう扱った。

 その態度が逆にブルゴルムの怒りを刺激した。


「あなたは何故、魔女わたしの命を狙うのでしょうか?」


「…金になるからだよ」


 目を血走らせ、ブルゴルムは憎き魔女の問いかけに答えてやる。


「戦争が終結して10年。世は魔族を許し、手を取り合おうとしているが、それは全員じゃねぇ。魔族を…魔女を恨んでるやつなんて世の中にはごまんといる。何より裏社会で討伐対象ターゲットとしてお前や他の魔女が多額の報酬をかけられていることが何よりの証拠だ。魔女を憎み殺してくれと願う人間もいれば、俺様たちみたいに金欲しさに引き受ける奴もいる。すべてはお前が蒔いた種だ。数えきれない人々を殺し、のうのうと生きているお前のな!」


 卑屈と欲望、恨み、妬み全てを混ぜ合わせたまさに醜悪に笑うブルゴルムをエルザは哀しそうにじっと見つめた。


「いずれその贖罪はするつもりです」


 ぽつりと呟いてエルザは続けた。


「…ブルゴルム様と仰いましたか、もう二度と私たちに近づかないでください」


「あぁ?」



「私はあなたの約束を守りました。だから貴方も私との約束を守ってください」



 再び、両手を腹部に添えて綺麗なお辞儀をしたエルザは踵を返して、ブルゴルムに背を向けた。


「お仲間の何人かはまだ息のある方もいらっしゃるかもしれません。どうか、迅速に…」


 ふつふつと湧き出る怒り。

 見逃された。逃がされた。憐れまれた。

 屈辱。

 女に、魔族に、魔女に!

 もう魔剣に対する恐怖なんてものは吹き飛んだ。

 ブルゴルムの怒りに呼応するように無意識に無自覚に動いた左手はエルザの返したサーベルに伸びる。

 あいつだけでも殺してやる。

 直接的な恨みはない。ただ、偏見を持ったブルゴルムの思考には魔族は卑しく、駆逐しなくてはならない存在。そして魔女とは最大級に忌むべき存在であり、決して屈服してはならない存在とあった。

 それも討伐対象に、自身を殺しにきた相手にエルザは哀れみをかけたのだ。

 プライドと劣等感の人一倍高いブルゴルムにとってはそれが何より許せない。


「殺してやらぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 喉を切り、血を吐きながらブルゴルムは発狂。飛ぶようにエルザの背目掛けて突進した。

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