歪み
「固有能力さえ知らないって顔だが、丁寧に解説してやる。ちょうどうちにも固有能力を知りたがってるやつもいることだしな」
そう言ってカナタは再び、拳銃を空中から取り出す。見れば見るほど手品か魔法のように見える。
「例えばだ」
立ち尽くすブルゴルムの頬を何かが掠める。遅れて後方から聞こえた仲間の悲鳴と生暖かい液体が頬を伝う感触。なにが来ても反応できるよう心構えだけはしっかりと持っていたつもりだったが、カナタが銃を放った数秒、呆然としていることしかできなかった。
煙を上げる銃。
慈悲などなく倒された仲間たち。
その光景に直面して漸く、自分が1人残されたことを知る。
「俺の能力はこうやって使わないことには次の武器を出すことができない」
雑に背面へ投げ捨てた銃は壁に当たり、ゴトンっと音をさせて転がる。そしてほんの数秒後にはあたかもそこには元からなにも存在しなかったかのように姿を消してしまった。
「しかも手元を離れると約5秒ほどで持ち主の元に帰っちまう。極め付けは武器類以外の物は出せないことだ。非常に使いづらい。これなら金目の物を奪うことのできるメルの能力の方がずっといい」
敢えて説明を省いたが、武器を呼び寄せる前提としてこの世に存在する物、その武器の概要を知っていることがある。
しかし、カナタはそれまでは話さなかった。固有能力は人にバラすものではない、自分にとっての奥の手だからだ。
わざわざ不利益をもたらすような事など、まして自分の命の危機に関するものをみすみす人に明かしたりはしない。
「ちなみに俺の筋力で持てるものであればなんだって出せる」
一瞬にしてカナタの手に握られた大剣。到底、身体のどこかに隠せるような物ではない。
ブルゴルムは身震いをしてそれを眺めた。
それはカナタの能力についてではない。
出された大剣の禍々しさ、それが無意識にブルゴルムの身体に恐怖を覚えさせた。
漆黒よりも黒く、飲み込まれそうな刀身の中央に淑女の血のような鮮やかな紅いラインが縦に引かれたその巨大な剣。ブルゴルムの持つサーベルなどで受けきる事など不可能に近そうなその剣こそブルゴルムに背筋を凍らせた要因である。
「おいおい…」
壊れかけが座る者の体重でさらに悲鳴をあげる椅子に腰を据えて、酒を片手に観戦していたブドーリオは呆れたように呟いた。
「ありゃりゃ、魔剣ゴーシュだね」
自身の命の保証が確約され、横柄な態度で同じく子供のように目を輝かせていたアトリエッタがそれに続いた。
「なによ? 魔剣ゴーシュ? 聞いたことがないわ」
カナタの銃撃によって無事、無傷で解放されたファレンは腕を組み、首をかしげる。
「魔族国の保有する忌まわしき宝剣でございます」
「なに? 呪われてるのあの剣」
「いえ…そういうわけでは」
ファレンの問いにエルザは口を濁した。
「あれが英雄の剣…本と全然違うや」
見ているだけで何か背筋を凍らす恐ろしい気をさせるが、それでもその剣から目を離せない。
カインが本と全然違うと零したのも無理はない。全年齢向けに書かれたアトリエッタの本では光剣、まさしく光の剣と書かれていたが、目の前にあるのは真逆の、暗黒の剣が不気味に存在していた。
歪み。その剣が冠する名の通り、魔剣ゴーシュは切っ先に触れた者の全てを捻り切る。かすり傷でさえ、その部分は捻れ、歪み両断する魔剣。
その痛みは斬られた者を恐怖と苦痛に顔を歪ませるだろう。
あまりの残酷さに魔族国の代表、大教主リリス・ポップルウェルでさえ使用を禁じた代物だ。
「壊した家具や床、壁の弁償代ぐらいはもらうぜ」
軽々とその魔剣を肩に背負い、怯むブルゴルムの前に歩み寄ったカナタは力任せにその剣を振るう。
剣はブルゴルムの右腕、そして床へと通り過ぎ、剣先がそこに深々と刺さった。
「…あ?」
斬られたはずの手は何ともない。
見た目だけのハッタリだったか。
口元に笑みを浮かべてブルゴルムは無防備に佇むカナタを返り討ちにせんとサーベルを握り直した。
ブチッ……。
耳の奥で嫌な音がする。
何かがちぎれる音だろうか。
ゆっくりと止められた時が再び動き始めたかのようにブルゴルムの腕に傷口が浮かび上がる。
垂れ落ちる血液。
ポタポタと赤いシミを作って床を染める。
「あ…が…!」
突如として自覚できなかった激痛がブルゴルムを襲う。
右腕が熱い。焼け焦げるように熱い。
斬られた傷口が渦巻いて肉を、骨を捻り切ろうと暴れまわる。
皮膚は裂け、夥しい血を飛び散らせながら。ブルゴルムの悲鳴など痛みの緩和剤としてはなんの意味を成さない。肉、血管、骨を裂く不快な音が耳の奥で鳴り止まない。
意思とは関係なく失禁し、痛みに悶え苦しみ、床をのたうち回る。
長い苦痛を味わせるためか、腕の捻れはゆっくりとだが、確かな殺意を持って広がる。
気が遠くなるような苦しみの時間。まるで地獄の拷問を受けているかのような時間。
力なく落とされたサーベルと水分を含んだ耳障りな音をさせて落ちたブルゴルムの右腕を持って漸く、その時間は終わりを告げた。




