英雄の宝物庫
「ティーパーティの次はダンスパーティか? この世界の住人のパーティ好きには呆れるな」
敵陣のど真ん中にて壊れた椅子に大胆不敵に座るカナタは皮肉めいた微笑を浮かべる。
「クソがっ! お前らやっちーー」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
ブルゴルムを囲っていた手下たちが何かで撃ち抜かれてその場に崩れ落ちた。
辺りに蔓延する硝煙の香り。
椅子に座ったままカナタは挑発するように顎を上に眉を動かした。
その手に握られたていたのは正真正銘、カナタのいた世界で多くの人々の命を救い、奪ってきた武器。
拳銃だ。
バレルやスライドなどの銃身自体は銀色に怪しく輝くが、グリップ部分のみ赤黒く塗装され、カスタムされたその銃。
SW1911。
メジャーなグロック系や日本警察の使うM60ではなくなぜかカナタの手にそれは馴染んだ。
しかし、銃自体この世界においては存在さえ知られていないものだ。
なぜカナタがそれを手にしているのか。
「おいおい、多人数でのいじめは卑怯じゃねーか?」
銃口から白く薄い煙を吐き出す銃。尚も椅子から離れないカナタはブルゴルムの眉間に照準を合わせた。
ーー突然現れやがった。…なんだあの武器…いや魔具か? あんなもん見たこともねぇ。
攻撃速度は速く、威力も高い。
攻撃の際、爆発音を鳴らすのは何か火炎魔法の加護を受けた魔具なのか。
いつでも反応できるようにブルゴルムはじっと銃を観察する。
確かにそうだ。
ブルゴルムはカナタから目を離してなどいない。
にも関わらず、その手には突如現れたあの武器。
メルクリアはこちらの武器を盗み、同じようなことをして見せたが、カナタに至ってはまるで違う。
ここにいる誰のものでもない武器を空中から取り出したかのように見えた。
またエルザの鎌とも違う。
あれは大気中に漂う精霊の加護を物質化する魔族特有の術だ。
魔族にまるで見えないこの相手は一体何をしたのか。
「…『英雄の宝物庫』だ…」
無力と怖気に見ていることしかできなかったカインは目を瞬かせ、呟く。
何度だって見たことのある。
ただそれは本の中だけのことだが、カインは確かに知っていた。
いや、知っているものと酷似していると言った方が適切だろうか。
『英雄の宝物庫』
英雄カンタレスが戦う際に見せる奇跡の能力。
本にはそう書いてあった。
世界、いや宇宙中の如何なる武器も己の特異空間に保有し、扱い蹂躙する英雄にだけ許された能力。
「ははーん、暗器使いだなお前」
ブルゴルムは顎に手を置いていやらしく口の橋を曲げた。
ゆったりとしたコート。それが暗器使いの特徴だ。
ならばとブルゴルムは虫の息の仲間を盾に、カナタ目掛けて突進する。
「当たらなきゃなんてことねーんだよ!」
咆哮染みた雄叫びを上げて、ブルゴルムは勇猛果敢にカナタへ走り寄り、銃撃を受けて穴だらけになった遺体を放り投げる。
武器を持ち替える暇など与えない。
右手にしっかりと握られたサーベルを渾身の力を込めてカナタに振り払った。
いや、振り払おうとした。
喉元に当たる冷たく、狂気的な感触。
それ以上動こうものならば、容赦なく喉を切り裂かれ鮮血を噴き出していただろう。
「そうだ。当たらなきゃ意味がねー。まったく使いづらくて仕方がない。」
疾風のように、いや幻のように目の前から消えたカナタは氷のように凍てついた真っ黒な瞳を向け、ブルゴルムの背後からナイフを立てていた。
「な、ちくしょー!!」
もがき暴れるようにナイフを叩き。そこから逃げ出してブルゴルムはカナタを次は仕留めんと両手でサーベルを握りしめた。
手汗で滑らないようにしっかりと。
命の危機に冷や汗は止まらないが、やはりと心中でブルゴルムはほくそ笑む。
ーーやっぱり暗器使いだ。
先ほどの魔具はいつしまったのかわからないが、次に取り出したのは小ぶりなナイフ。
よく鍛えられていて鋭い切れ味を持っていると考えられるが、リーチはこちらが上だ。
やつはあのコートに隠せるものしか出せない、そう確信した。
「それはメルの店のナイフにゃ! 返すにゃ!」
カナタの手に握られたナイフが自分の物だとわかり、メルクリアは大声で咎めた。
見てすぐにわかる。
メルクリアは必ず、作り上げた武器に自身のサインを刻み込むからだ。
目の良いメルクリアにはそれがしっかり視認できた。紛れも無い、父から受け継いだ獣人の牙とドワーフのハンマーが描かれた紋章のサインが。
「少し借りただけだ。すぐ返すさ」
カナタはナイフを空に放り投げる。
「みぎゃ! なんて事するにゃ!」
放物線を描いて床に落ちたそれは高い金属音を鳴らして床に転がった。
占めた、とブルゴルムは無手のカナタに再度攻撃を仕掛けようとつま先に力を入れるが、視界の端に転がっていたナイフが霧のように消えた様に目を奪われてしまった。
信じられない光景にブルゴルムは目を疑う。
あれも魔具だったのだろうか。
何の変哲もないナイフのように見えたが。
「ははーん。お前、俺が暗器使いだとでも思ってるだろう?」
跡形もなく何もなくなったその床を凝視し、目を大きくしていたブルゴルムにカナタは意地悪に目を光らせた。




