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盗みの罰

 生首がこちらを見ている。

 意思もなく、もう言葉さえも発することができないボペボの首を目の前にカインは人を殺すということを理解した。

 あれほど憎かった相手。今しがた自分が殺されそうになっていた、そして自分が命を奪う覚悟さえしていた相手に関わらずカインは何故殺してまで…と問いたくなる。

 だが、その衝動を抑え、カインは肩を抱いた。

 護る。

 殺す。

 何一つ成し遂げられなかった。護るために殺す。そう心では決めていた。

 でも、きっと心の奥底ではその覚悟などできていなかったのであろう。

 人を殺すということは恐ろしい。


「き、貴様らぁ! 八つ裂きにして構わねぇ! テメェらやっちまえ!!」


 腰を抜かし、震えるカインになど目もくれずブルゴルムは新たに現れた敵衆に激昂する。

 無理もない、仲間が殺されてしまったのだから。


「にゃ! にゃにゃっ!? なんでメルに向かってくるにゃ! あっち行けにゃ!!」


 何をしでかすかわからないカナタやボペボを圧倒的強さで斬り伏せたブドーリオよりは与し易いと考えたか盗賊3人程がメルクリア向けて襲い掛かる。


「イ、イヤにゃー! むさいにゃ! 臭いにゃ!」


「待ちやがれ! クソ娘」


 床を這うように逃げ惑う姿はまさに猫そのもの。

 目にはうっすら涙を浮かべ、メルクリアは次々と襲ってくるナイフを器用に避けて行く。


「う、うみゃ!」


 すばしっこいメルクリアを捉えるのは至難の技か、そう思われた矢先に手を滑らせ、下顎を床にしこたまぶつけたメルクリアは小さなお尻についたフワフワの尻尾を力なく垂らしてその場で沈黙した。


「死ねや! 獣人!!」


 シメた、と盗賊の1人は赤錆のついた刃渡り30センチ程のナイフをメルクリアの背中目掛けて振り下ろす。


 ドッ!


 鈍く重い音がした。


「痛いにゃ〜!!!」


 拳で力一杯背を叩かれたメルクリアは悲鳴を上げて再び、高速で動き出す。その様は猫というよりむしろゴキブリか。


「あ…あれ?」


 そのナイフを突き立てた本人は己の手のひらを見やり、情けない声を出す。

 そう、自分はメルクリアの背に拳ではなくナイフを突き刺したはずだ。

 だが、手の中は空っぽ。錆びたナイフだ。折れるというのも考えられるが、もしそうならば折れた刃がどこかに飛んで行っているはず。それに手には柄だけでも残っているはずだ。


「お前酷いやつにゃ。メルは何もしてにゃいのに…」


 背中を摩りながらメルクリアは男たちから離れた所で立ち上がる。

 顎の下は赤く腫れ、手にはまさしく、あのメルクリアに突き刺す予定であったナイフが握られていた。


「は? なんで? は?」


 困惑する男に影響されるように他2人も激しく狼狽えてその場に固まる。

 奪われた…いや、盗まれたという方が適切か。

 感覚もなく、記憶もない。ただあるのはいつの間にかメルクリアの手に自分のナイフが握られていたという事実だけ。

 そう盗んだ。

 それこそがメルクリアの固有能力である。

 対象の1人から自分が欲しいと思うものを50パーセントの確率で盗むというもの。

 範囲はメルクリアの周囲3メートルと短いが、欲しいと願ったものが相手に気付かれずに奪うことができる。


「テメェらなに怖気付いてやがる! 相手は獣人の小娘だぞ」


 ここまで手こずることは想定外だったブルゴルムは足踏みをする男たちに後方から檄を入れた。


「へ、へい!」


 尻を叩かれ、動いたのはナイフを奪われなかったもう2人のうちの1人。

 数歩で距離を詰めるとメルクリアに再びその鋭く尖ったナイフの切っ先を突きつけた。


「死ねやぁ!」


 口をへの字にギリギリまでナイフを見つめていたメルクリアの顔に突如として現れた焦りの色。


「失敗したにゃー!!」


 父親譲りの小柄な身体と母親譲りの身軽さが助けたか、すんでのところでメルクリアは頭を抱え、身を屈めてナイフを躱した。

 先述した通り、メルクリアの固有能力は50パーセントの確率で成功する。勿論、失敗もある。先程の攻撃だってメルクリアにとっては賭けに近かった。

 そして便利だからこそ裏もある。


 失敗こそがそのデメリットだ。


 メルクリアの能力は失敗を3回連続で重ねてはならない。

 もしも、メルクリアが失敗を3回連続でしてしまった場合、盗みたいと願った物の価値と比例した罰を受けなくてはならない。

 対象によって擦り傷程度で済むかもしれないが、逆に命を失う危険性もある。

 また、自身に降りかかる罰だけで済むのかも幸運なことに未だに罰を受けたことのないメルクリアは知らない。


「へ…へへ。なんだよビビらせやがって…さっきのは何かの間違いだったらしいな」


 握られたままのナイフを見て、盗賊は安堵の息をつく。

 こんな小娘に自分が翻弄されるはずがないと。


「だから嫌にゃ。盗みなんてやるものじゃないにゃ」


 ムスッと頬を膨らませ、メルクリアは独言る。


「保険をかけといてよかったにゃ…」


 男の足元で何かが光る。


「は?」


 ピシッと何かが爆ぜる音がした。

 恐る恐る覗き見た自分の足の下には小さな魔法陣が怪しく、淡い光を放っている。


「あぎゃあぁぁぁ!!!」


 男の身体を凄まじい電流が駆ける。

 身体を痙攣させ、まばゆい光を放つ。

 男が自立できなくり、その足が魔法陣から離れるまでその雷撃は続く。やがて口から黒い煙を吐き出してゆっくりと床に倒れこむとようやくそれは納まった。


「うみゃぁ…焼くのはやっぱり魚に限るにゃ」


 メルクリアは固有能力『盗む』を多用しない。

 日常においても戦いにおいても、きっとそれはバチが当たるはずだから。

 盗賊の娘ながらそう思う。

 彼女に天がこの能力を与えたのは何かを因果めいた物を感じるが、それはメルクリアにとって関係のないことなのだろう。


「元794小隊、メルクリア・ケットシーをナメるにゃよ!」


 ぷすぷすと煙を上げる地雷魔法『サンダーマイン』の魔法陣を書き足してメルクリアは挑発的に口の端を吊り上げた。


「…カナタ…あとは頼むにゃ!」


 だが、そんな威勢は長く持たず、メルクリアはふにゃっと気の抜けた顔をしてその場に寝転んでしまった。

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