翻弄する銀光
「なんだなんだ、びびっちまったかぁ?」
強者の余裕か、カインに素早く手痛い速攻を受けるやもしれぬと言うのに天を仰いでゲラゲラ下卑た笑い。
ーー攻撃スピードは剣の僕より驚くべきことだが、大斧の…ボペボの方が遥かに速い。
ならばと横っ飛びでカインはボペボの視界から消える。
死角からの攻撃には反応できないはず。
ブドーリオの特訓のおかげで怪物級とは言わないが、それなりの身体能力と瞬発力を手に入れた。
いくら手練れのボペボと言えども、今のカインのスピードにその巨体で追いつくには無理があるだろう。
「ここだッ!!」
ボペボのやや背面寄り、斜め後ろに回り込んだカインは低い姿勢からの一撃を繰り出す。
鋭く研がれた刃先が大気中に銀光の線を引き、ボペボに襲いかかる。
「んがっ!!」
その刃はボペボの背中を見事に斬りつける。…が、浅い。
厚い脂肪に守られたボペボの身体を切り裂くには後一歩、踏み込みが足りない。
「いっでぇ〜なぁあ!! クソガキィ!!」
すぐ様ボペボは態勢を立て直し、あの強力な一撃を繰り出そうと豪快に斧を振りかぶった。
その鈍重な攻撃を見てから躱すことはそう難しいことじゃない。
ただ、それは今のカインのように不安定な態勢ではないことが前提だ。
振り切った剣はボペボの身体から虚空に曲線を描き、頼りの綱は後方高くに掲げたままだ。
「…ッぐぅ!!」
咄嗟に刃先を下方に返し、胴を真っ二つに両断しようとした重い一撃を剣の腹で受け止める。
しかし、裂傷は防げたが衝撃までは殺しきれない。
空中をまっ直線に吹き飛び、派手にテーブルにぶつかりながらようやくその威力は抑えられた。
バラバラに崩れ散らかるテーブルや椅子の残骸。打ち付けた背中を骨まで響くような痛みが襲う。受け止めた剣こそ無事だが、手は痺れ震えが止まらない。
ーーでも…。
カインはぐっと剣を握りしめ、笑みを浮かべた。
ーー師匠やオーナーほどじゃない。
この5日間、嫌という程体感したブドーリオの強さ。巨体な上に速く、攻撃の威力はボペボ以上。
そしてカナタの与える威圧感の方がずっとカインには恐怖を与えた。
こう思うと改めて自分がどんな怪物たちと戦ってきたのかがわかる。
どんな凶悪な魔物を相手にするよりもカナタ達よりはマシだと考えてしまうほどだ。
無論、カインの戦闘力の向上が強者に間違いないボペボを相手にしながらもそう考えさせたのは言うまでもない。
「何笑ってやがる!!」
まさかこんな細く小さな少年に自分の身体を傷つけられるとは思っていなかったブペボはこめかみに青筋を立て、追い討ちの斧を振り下ろした。
「ぐぎぃ!!」
だが、今のカインにそんな攻撃など通用するはずもない。
転がり、ボペボの斧が木の床に大穴を開けた頃にはカインの剣がボペボの太い足を切り裂いていた。
太い足から垂れる赤黒い液体がシミだらけの床をさらに汚す。
「ヒュ〜やるじゃねーかあのガキ」
壁に寄りかかり、2人の戦いを見ていたブルゴルムは唇を尖らせ、笛を吹く。
そのブルゴルムの態度が一層、ボペボをイラつかせた。
「オヤジ! 処刑は中止だ! このガキ絶対に許さねぇ!! ズタズタにぶった切ってその生首を食ってやる! ちょっとは遊んでやるつもりだったがもう我慢ならねぇ!」
処刑の中止。
即ち遊びは終わりということだ。手加減抜きに一方的な虐殺予告ともいう。
深い切り傷を負ったブペボは鮮血を流しながらギリギリと奥歯を鳴らして、カインに迫る。
「僕はあなた達が嫌いだけど殺したくはありません。だから…退いてください」
「調子に乗るなよクソガキがぁ!!」
ガムシャラに振り回された大斧。
どの一撃も当たりさえすれば致命傷は避けられない。だが、それも虚しくカインを捉えることはなく、空を切るばかり。
完全に手玉に取ったように見えるカインに勝機が見え、エルザ、ファレンの顔に希望が灯る。
ブルゴルムは言った。
『ボペボ。お前か。そいつは運が悪い』
なぜ運が悪いのか。
その口ぶりから察するにボペボの強さは一味の中でも上位に違いない。
その相手をカインは翻弄し、優勢に戦いを進めている。
ひょっとしたら本当に言葉通りになるのかもしれないと3人は一様に思った。
アトリエッタは自身のことではないにも関わらず、得意げに椅子に踏ん反り返る。
憤怒の魔女の魔法で壊滅したあの村での唯一の生き残り。自分がそう簡単に死ぬわけがない、と根拠のない自信がアトリエッタに余裕を持たせる。
「オレがぁ…ゲハハ…闇雲に斧を振り回してただけだと思うかぁ?」
だが、事はそう簡単にはいかない。
身体で大きく息をし、身体中の切り傷から血をダラダラと流すボペボ。一見、追い詰められているのはボペボ自身のように思えるが、そうではない。
壁にぴったりと背をつけ、いつの間にか部屋の隅まで追いやられていたカインに逃げ場はない。
横に避けようもののボペボの巨体がそれを邪魔する。
「あいちゃ〜! ボクの幸運もここまでかなぁ…」
大げさに目を覆い隠してアトリエッタは力の抜けた声を出した。




