呑気な人質
「アトリさん! 助けに来てくれたんですね」
剣を構え、臨戦態勢を取っていたカインの目が輝く。
アトリはカインを見つめるとにぃっと歯を見せた。
「ブルゴルム一家。実に残虐非道な強盗集団。時に彼らは略奪相手の1人を処刑と言う嬲り殺しを行う。一見、1対1の対決という形をとり、公平性を保つが腕利きの兵士であった彼らに敵う者は少ない。何も知らない人々が殺してくれ、と懇願しようも彼らは相手がギリギリ生存活動を維持できる状態に留め、目の前で他の人質を惨殺する。勿論、その後に生存者は誰1人として残らないのだけどね」
柵に手を添えながらゆっくりと階段を降りてくるアトリエッタに皆の視線が集まった。
悠々自適に男たちをかき分けて鼻を得意げにふんと鳴らすアトリエッタ。
ヒーローは遅れてやってくる、というのを体現してるかの如く。カインには頼もしくその姿が映る。…が、
「前にも言ったろ? ボクは腕っぷしはからっきし。ケンカなら幼子にも負ける自信があるよ」
言っていることはなんとも情けない。
「誰だ…テメェは…?」
「ボクかい? あぁ、自己紹介がまだだったね。ボクの名前はアトリエッタ」
ブルゴルムの問いかけにアトリエッタはこぼれ落ちそうな胸を揺らし、くるりと回るとズレ落ちたメガネを人差し指で直した。
「君たちの新しい人質さ!」
突飛なその言葉に当然、ブルゴルム一家全員が目を白黒させる。カインたちも例外ではない。
そんな視線さえも気にすることなく、アトリエッタはつかつかと近場の椅子まで歩き、小さな身体をちょこんと収まらせた。
「ボクも人質なんだ。特等席での観戦を許してもらうよ」
「ア、アトリさん!?」
「ひっひっひっ。テメェの仲間は頭がイカれちまったらしい」
「あははは! 確かにボクは頭がイカれてるのかもしれない。確かに! もっともだ!」
ブルゴルムが吐いた悪口にもアトリエッタは手を叩いて心からの賞賛を送る。
「アトリさんってば! 何やってるんですか? 正気ですか? 本当に頭大丈夫ですか!?」
「この村にイカれてない連中なんていないだろ? ボクは物書きとしてこんなドラマティックで心を揺さぶるイベントを見逃すことなどできないんだよ」
「いやいやいや! 殺されちゃうかもしれないんですよ!!」
「およ?」
惚けた顔だが、意地の悪い表情でアトリエッタは小鳥のように首を傾げた。
「キミはここにいる連中をすべて倒して、ファレンちゃんやエルザちゃん。そしてこの宿屋を守るんじゃなかったのかい?」
「そ、そうですけど!」
「男の子が啖呵を切ったんだ。それなりの度胸と意地を見せてもらわなくちゃ。それに遅かれ早かれボクのことはこいつらにバレちゃってただろうしね。ボクの命はキミに預けることにするよ。それに、ボクって案外運が良いんだ」
まるで王様気分。椅子に深々と座るアトリエッタはどうやら本気らしい。
一層、負けられなくなったとカインの肩に力が入る。
呑気な表情をしているが、きっとアトリエッタも殺されるのは怖いだろうし、ファレンやエルザさんを助けたいのも本当だ。
「…いい顔だ。唆られるぜぇ」
ボペボの方はもう準備万端を通り越して、待ちくたびれた様子。
ーー僕もこの5日間。ただ寝て過ごしてきたわけじゃない。
ブドーリオの特訓。毎日身体中に痣を作り、血反吐を吐いて頑張ってきた。
全ては仲間を守るために。
少しは自信だってついてきてる。
こんなとこで死んでしまったらせっかく鍛えてくれたブドーリオに申し訳も立たない。
「…行きます」
初めて人の命を奪うために向ける切っ先。
意外なことに動揺はなかった。
川のせせらぎのように静かにゆっくりと息を殺し、対峙した相手を観察する。
ーー武器は大斧。リーチはあちらの方が上か…。
ちりちりと殺気が前髪を焼く感覚。
一分一秒が恐ろしく長く感じる。
「ぶへへ。こねぇーならこっちから行くぜぇ」
先に動いたのボペボの方だ。
慎重に間合いを取るカインに痺れを切らしたか、真っ直ぐにだが鈍足に向かい大斧を大きく振りかぶる。
隙だらけの構えにカインも咄嗟に反応。
一気に軸足に力を込め、懐に飛び込もうとするが、
「…っ!!?」
嫌な予感を感じ、すんでの所でブレーキをかけたカインの鼻先を大斧が掠める。
背筋を凍てつかせるような寒気がカインを襲った。
「おぉ? よく躱したな。大体のやつはこれで真っ二つなんだがなぁ。グヘヘ」
恐ろしく早い。
武器を振るスピードは体重の重さを差し引いてもお釣りがくる。
バックステップで素早く距離を取り、カインは額に浮かぶ冷や汗を拭った。
ーーあんな風に隙と言う名のエサを撒かれたら攻めるに攻められないぞ…!




