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10人の客


「遅いですね、オーナー」


 ボッタの宿屋、ロビーに並べられた背の高さも材木の種類もバラバラの机やテーブル、その一角に座って店番をしていたカインはバーカウンターで並んで魔法の授業と料理の授業を互いに執り行うエルザとファレンにぼそりと言った。


「ちょっと待って、なんで? ここの魔法式はこれでいいはずよ」


「それでも詠唱は可能ですが、こちらの方が詠唱を短縮でき、迅速に魔法を放つことができます。…それでこちらのガルフレムの山椒焼きなのですが…」


 そんな呟きなど喧しく教えを互いに請う2人には届かない。蚊帳の外にされ、虚しく独りごちるカインは手持ち無沙汰に新しくメルクリアから購入した剣の手入れを始める。

 好きに酒が飲める身分となったブドーリオは肝臓を痛めるほどに飲み更けてしまい本日の修行は二日酔いのため休み。

 早く力をつけたいと意気込んでいたカインはなんとなく肩透かしを食らった気分だ。

 こんな時こそカナタがいればもしかしたら稽古をつけてくれるかもしれないし、ダメならダメで仕事に精を出したいところではある。

 鋭いが美しく光る剣を丁寧に布で磨きながら何気なく入口のボロ扉に目を向ける。

 しかし、カナタが帰ってくるどころか来客さえもない。

 虚しくも開くことのない扉。日が落ちた今こそ、本来ならば宿屋の掻き入れ時なのだが。


「まぁ、いつものことなんだけど…」


 カナタが王都に行くと出かけてからもう5日ほどの時間が経った。

 王都に行くことさえ、ここから馬車で一日半程。移動と何か用事のことを考えれば何かと時間がかかるのは当然。

 それにカナタに限って何か問題ごとに巻き込まれ、帰りたくても帰れないという状況ではまずないだろう。


 だが、ほんの少しだけ嫌な予感がしてならない。


 剣を磨き終え、鞘にしまったところでカインのその嫌な予感とは裏腹に扉がガチャリと音を立てて開かれた。

 あれだけ痛い目に遭わされ、酷い扱いを受けていたにも関わらず店主の帰宅にカインは目を輝かせるが、


「すまない、宿を頼めるか」


意外にも姿を見せたのは汚らしい格好をしたオーナーカナタの姿ではなく、どことなく歴戦の兵士の雰囲気を醸し出す手練れ風の男たちが10人。

 こともあろうに団体での来泊を申し出てきた。

 その先頭に立つ無愛想だが、嫌な感じのしない横髪を刈り上げた茶髪のリーダー風の男が一番近くにいたカインに声をかけた。


「森を抜けるには少しばかり日が落ちすぎた。偶然にも村を見つけ、宿を探していたわけだが…頼めるか」


「あ、はい! 少々お待ちください」


  慌ててカウンターに走り、各部屋のカギを引き出しから引っ張り出す。

 どれも使っていないため埃だらけだ。

 おまけに現在空いているのは2階の5部屋だけ。エルザ、ファレン、カインの3人がシングルルームを埋めてしまっているからだ。加えて、アトリが泊まる4人部屋。

 10人泊まるだけでギリギリだ。

 相部屋になってしまうその旨をカインは申し訳なさそうに伝えるとリーダー風の男は細い目の目尻にシワを寄せた。


「構わないよ。こんな辺境の地で宿があるだけで御の字だ」


 カギを手渡すとリーダー風の男はそのカギの束を振り分け、それが皆に行き渡った後、再びカウンターに落ち着かない様子で立つカインに向き直った。


「君がここの店主かい? 随分と若いみたいだが」


「あ、いえ僕はただの従業員で!」


 勢いよく首を横に振るカインを笑い、男はじっとどこか怪しげな目でこちらを見ながら姿勢良く立つエルザとその横のファレンにちらりと視線を送った。

 何かを確認するようなそんな感じがした。


「…彼女らは?」


「あ、その僕と同じ従業員で、あでもエルザさんは僕よりも先輩で…!」


「そうか、エルザさんとファレンさんと言うのだね」


 それだけ呟いて男たちはゾロゾロと古びた階段を登っていった。

 あまりの大所帯に階段が崩れ落ちてしまわないか不安になる。


「なにあいつ、あたしとエルザをすんごいイヤラシイ目で見てたわ」


 男たちの姿が見えなくなり、ボロ屋故に聞こえてくる扉が閉まる音を聞いた後にファレンは腰に手を据えてふん、と顔を背けた。

 どうやらご立腹らしい。

 だが、ファレンのような幼さ残る可愛さとエルザのようにどこか悲しみを帯びた大人的な美しさ。可愛さと美しさ、どちらにも対応できてしまうこの宿の女性従業員たちだ。

 思わず、気になって視線がいってしまうのもなんとなくわかる気がする。


 わかる気がするが、何故だかあの目が気になって仕方がない。


 淫靡というよりは敵意にも似た、なにか違ったあの男の細い目がカインの脳裏に焼き付いて離れない。

 こちらを見定めているようなあの目つき…。

 なにも考えていないようで何かを考えていたエルザの目が珍しく輝きを放った。




「もしや…世界の名宿の審査員の方々なのではないでしょうか」




 カナタが出ていってから5日間。

 いらぬ寄り道をしているのだとしたらカナタが帰ってくる前に審査員の方が早くこちらに来てしまうのもまぁ、早すぎな気もするが頷ける。


「ファレンさん、夕食の支度に入りましょう。旦那さまに私は宿を任されたのですから、精一杯のおもてなしを」


 なぜだろうか、張り切りすぎてなのか。はたまた接客することに慣れていないからかどうにもエルザが無駄に張り切っているような気がする。

 急かすエルザに絆されファレンがしぶしぶ後をつけて厨房に入ったのを見届けた後、一人取り残されたカインは天井を見上げた。

 



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