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2つの秘密


「到頭、処刑の日取りが決まったか? ……っとまぁ、喜んでやりたいところだが、そうじゃねぇって顔をしてやがる」


 カナタは口に運んでいたカップを机に置いた。


「何を企んでやがる」


 静かな大広間にカナタの低く脅しかけるような声が幾重にも重なって反響した。


「ふむ…」


 少しだけヨハンは悩むような仕草で顎に手を置いて考えた後、静かに短く詠唱を始める。

 唱え終わると共になにか得も言えぬ居心地の悪さが2人を含む半径数メートル程を包み込んだ。

 

 ーー間違いない、魔法をかけられた。もしくはその効果の範囲内にいる。


 依然として席を離れることなく、悠長に優雅にティータイムを愉しむヨハンネスにカナタは気を張り詰めて警戒する。

 その僅かな態度の変化を悟ってか、ヨハンネスは緊張を解くように至って敵意なく、優しげに笑みを浮かべた。


「安心したまえ。別に害のある魔法ではない。私が今、唱えた魔法は『ゲイズ』。会話を偽装する魔法さ」


「会話を偽装…?」


「私を中心に半径3メートルに広がる円の中にいる者の会話が外からではまったく異なった会話に聞こえる、というつまらない魔法さ。例えば、私と君が脱獄の計画を企てようと円の外からは好きな女性のタイプは、なんて他愛もない日常会話に聞こえてしまう」


「なるほど。つーことは、今から話す会話は他には聞かれちゃまずい話ってことだな」


「それはそうさ。ここから出ると大見得を切ったのはいいが、その計画内部まで晒すほど私も大物ではない」


「それじゃ、聞かせてもらおうか」


 眉根を寄せながら首を振るヨハンネスにカナタは背もたれに深く身体を預けて片足を膝の上に置く。


「私には秘密にしていたことが2つある。親族にも言わないでいたことさ。その1つ目が私は3つの属性を使いこなす魔法使い『三重魔法使トリプルい』と周囲には認知されていたし私もそう公言していたが、実は『四重魔法使クアドラプルい』であること」


「能ある鷹は爪を隠すってやつか? それともお前には隠さないといけない理由があったかってか?」


 ヨハンネスは静かに頷く。


「どちらも正解さ。何かあった時のためと常に用意を怠らないのが王族、というよりも私の考えだ。暗殺者を油断させ欺いたり、投獄された際、入り口にかけられた封印術士の術式を解くのはクアドラプルの私にしてみれば容易いということだったりね」


「いつでも出ようと思えば出れたってわけか。…なぜ、お前は10年もの間我慢し続けていたのに今になって出ようと思ったんだ?」


「端的に言えば、時が来たのさ。それこそ私のもう1つの秘め事に繋がる。実は私は魔族との戦争の引き金であり真の黒幕、そしてその邪悪な者がこの国だけでなく世界を乗っ取ろうと画策しているのを随分と前から耳にしていた」


 なるほど、とカナタは薄く口の端を上げた。


「確かに閉鎖的な魔族の国だが、辺境の地で細々と暮らしていた魔族の領地を奪うためという名目であそこまで争うのは理由として弱すぎる。それならもっと奪うべき国があるからな」


 大仰に手を広げるカナタにヨハンネスは口は開かず、視線だけで同意する。


「そしてなぜかお前は黒幕が10年後に動き出すと知っていた。つまりお前は幽閉されていたわけではなく、今まで力を蓄え待っていたってわけか。…その口ぶりだ。その黒幕とやらの正体は特定してるんだろ?」


「…誰にも話さなかった秘密をまさか敵対していた君に話すことになるとはね」


 静かに席を立ち、ヨハンネスは空になった来客のカップに紅茶を注ぐ。飲むのには時間が経ち過ぎてぬるくなってしまったその紅茶をカナタは受け入れ、含む程度に口を潤した。

 そのカナタの肩に手を置いて、ヨハンネスは当人以外の誰が耳を澄ませても聞こえないほどに小さな声量で、しかし確かにはっきりとその黒幕の正体を明かした。


「それ…確かか?」


「確実ではないが、十中八九」


 驚きはしたが、慌てふためいたりはしなかった。なんとなく深層では予感めいた予測をしていたのかもしれない。

 それ以上は何も問わず、席を立ったカナタは外の灯りを求め、出口に向かう。

 が、不意にどうしても気になり、首だけを回し後ろを振り返った。


「なぁ、なんで俺にだけその秘密を明かそうと思った?」


「敵として戦った君を私が一番に信頼しているからさ」


 ロウソク一本。その僅かな灯りに照らされて腰を据えるヨハンネスの姿を背に手を上げてカナタは悪態吐く。


「人を見る目がないな、お前は」


 振り向かず、コツコツとブーツを鳴らし、背のヨハンネスが徐々に小さくなっていく。




「けど、お前が一番この国のことを思っているのかもな」




 独り言のように呟かれたその言葉が聞こえたか定かではないが、不思議にもヨハンネスは薄い微笑でそれに応えたように見えた。




 外からのみ開くように封印の術式を施された扉をノックすると、数秒も待たずに重そうな音を立ててゆっくりと扉が開けられる。

 途端、目が眩むような太陽光がカナタを出迎えた。闇の中に溶かした身故に、外界の光量はあまりに過多。手で太陽光を遮断するように日除けを作りながら外に出たカナタは門番2人の肩を組み、開口一番にこう告げる。


「あいつ脱獄するってよ」


 聞き間違いではなかろうかと狼狽、身体を固めた門番2人の間をするりと抜け、カナタはそれ以上のことは話そうともせず、馬車へ飛び乗った。

 リアムとの約束は破ってはいないはず。全てを一言一句話せとは言われていないし、嘘をついたわけでもない。

 別にヨハンネスの肩を持つわけではないが、カナタ自身がなぜかそうしたいと思った。

 背を伸ばし深々と椅子に座って馬車に揺られるカナタは流れ行く景色を眺めながら口笛を吹いた。





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