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暗闇のティーパーティ

 王都アルシュタインから馬車で揺られること8時間程、広大な草原から緑生い茂った林道を抜けた先に広がる湖のほとりに目的の場所、暗黒城はある。

 本当の名はレイクエリア城という古くからこの地に建つ古城であったが、大罪人ヨハンネス・ウィル・アルトリアが幽閉されてから人々には畏怖の念を込めて暗黒城と呼ばれるようになった。

 透き通った湖のほとりに建つその城はお伽の国のような赤い屋根が印象的な幻想的、むしろ情緒的な名城といってもいい。暗黒という名を冠するにはあまりに不釣り合いのように思えるが、その実は内部にこそある。

 遠目からではわからないが、城の窓、灯りを取り込む場所は全て漆喰で塗りつぶされ、その頂上には悍ましく断首台が不気味に置かれている。

 一切の光が差さない城の内部はまさに暗黒という言葉が相応しい。分厚く重そうな門の横には見張り兵の詰所と思われる簡素な小屋。そして物々しく重装備をした兵士が厳しい面持ちで入り口を固めていた。


「馬車ってのはどうも慣れない。早い所、自動車、贅沢を言えば目的地までひとっ飛びなんて魔法が出来るのを願うな」


 長旅に凝りに凝った身体をほぐし、長く背伸びをしたカナタは馬車をだるそうに降りた。

 突如現れた不審な人物に門番たちは槍を構えるが、カナタは生意気そうに口の端を上げて騎士団長リアムからの紹介状を渡す。すると疑心の目を紹介状とカナタへ交互に向けて、門番は踵を揃えて綺麗な敬礼をしてカナタを見送る。

 2人の門番に扉を開けられて、城内部に足を踏み入れたカナタはゆっくりとその深い闇に身体を溶かす。

 まったく使い物にならない己の視界を物ともせずにまるでよく知った馴染みの場所を歩くかのように颯爽と迷いなく歩を進めた。


「やぁ、待っていたよ」


 大広間にたどり着くとまず最初にカナタの目に飛び込んできたのは一本のろうそくの灯り。そして次に大きな晩餐用テーブルの上座に座るヨハンネス第3王子の姿。


「なんだ、暗黒という割には灯りがちゃんとあるじゃねーか」


 用意されていた古いが決して汚らしくはない、凝った装飾のされた椅子を乱暴に引いて、カナタは腰を下ろした。


「来客が来る際の特別なんだ。ちなみにこの紅茶だって安物だが、特別な日にだけ出される唯一の嗜好品さ」


 華麗に物腰柔らかにわざわざカナタの側まで歩み寄ったヨハンネスは先程淹れたばかりと思われる湯気のたった紅茶をカップに注いで差し出した。

 それを一口、含みカナタは席に戻ったヨハンネスをじっと観察する。

 眉目秀麗と呼ばれた王子の面影はどこへやら、放ったらかしにされた髪はボサボサに長く伸び、髭は端正な顔立ちを隠すようにボウボウと生えている。目には深い隈、顔色は青白く、酷く痩せたよう見える。


「はっ。今のお前になら自分が吸血鬼だって言われたら信じちまいそーだ」


「生憎、人の血を吸うほど喉が渇いているわけではないんだ」


 ヨハンネスは柔和な表情に顔を綻ばせた。


「まさか、私の出した紅茶を君が飲んでくれるとは思わなかったよ。もっと警戒され、嫌われていると思っていた」


「今更毒殺なんて仕様もないことをしないだろ? それとも俺を呼んだのは積年の怨みを晴らそうってことだったか?」


 相手を逆なですることに関しては先代譲りの対話術を心得ているカナタには自信がある。

 挑発的にヨハンネスの目を見ながらカナタは紅茶をまた一口煽った。


「はっはっはっ。安心してくれ。その紅茶は正真正銘、ただの紅茶だ。まぁ、味も香りも最悪なのは確かだが、こんなとこでできる私の最大限のもてなしの気持ちだと思って目を瞑って欲しい」


「どうせ紅茶の良し悪しなんてわからないさ。それで…」


 カナタは足を組み直して、テーブルに頬杖をつく。


「まさか俺をこんな素敵なティーパーティに招きたかったってだけじゃねーだろ? 次はダンスパーティか?」


「…滅多にない来客だ。話し相手など久しぶりなものだからね。私としてもう少し君との会話を楽しみたかったのだけれど…仕方あるまい」


 心底残念そうに首を振り、ヨハンネスは舌回りを良くするためか、ほんの微量の紅茶を口にする。





「私は外に出るよ、カナタくん」





 少し買い物に行ってくる、と何気ない日常に行われる他愛のない会話のようにヨハンネスは短くそれだけ告げて、ニッコリと微笑んだ。

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